
ブルース・スプリングスティーン 1985
前回の記事「We Are The World / 40th Anniv.」で思い出したのが、同時期である1985年4月に行なわれたブルース・スプリングスティーンの初来日公演のことです。あの頃、日本でもブームと言えるほどに盛り上がったブルース・スプリングスティーンついてを。
もう40年も前のことでなので、ライヴでの細かいことはあまり憶えていないので、音楽的なことよりも当時の現象面を中心にして記事にしてみました。 いくつかの個人的な思い出を絡めながら。
東京公演の日程は、4月10日、11日、13日、15日、16日。他に京都、大阪でも行われています。当日のチケットは紛失してしまったため、東京公演のどの日に行ったのかの記憶は定かではありません。公演パンフレットは手元にあり、これは現在も大切にしています。
場所は国立代々木競技場第一体育館。一般的にはオリンピックプールと呼ばれている会場です。会場としては武道館よりもやや大きめといった感じです。来日の前年、84年に発売されたアルバム『BORN IN THE U.S.A.』が大ヒット。 ブルース・スプリングスティーンは80年のアルバム『THE RIVER』で、日本でも人気アーティストとなっていましたが、『BORN IN THE U.S.A.』で決定的となった感じだったでしょうか。
そんなわけでチケットを取るのが大変だったのです。ネットなどもちろんない時代。 当時は朝刊記事の下のほうに突然、「来日決定!本日整理券配付します」の告知がされたんですよね。巷に誰々がそろそろ来日するらしいぞという噂が流れるんですよ。噂というのもおかしな話なのですが、おそらくは呼び屋やレコード会社などの関係者が意図的に情報をリークするのだと思います。その日は友人から朝早くに電話がかかってきました。「スプリングスティーン決定したぞ」と。
で、まだ暗い明け方に、友人と電車に乗って指定された場所に整理券をもらいにい行きました。新宿の高層ビルに囲まれた場所でした。到着した時、すでに長蛇の列でびっくり。僕にとってのブルース・スプリングスティーン初来日公演は、この日が始まりの日です。
当時洋楽を聴いていた方ならば、一度は「Born In The U.S.A.」のビデオクリップを目にしたことがあるはずです。テレビ放映されていたいくつかの洋楽番組で、何度も流されましたからね。この曲がライヴのオープニングでした。「俺はアメリカに生まれた」と歌うベトナム帰還兵を歌った曲です。これを日本人が、スプリングスティーンと一緒に拳を上げて歌うというのはすごく奇妙なことなのですが、会場ではみんなして拳を振り上げていました。
ノースリーブGジャンを着て、バンダナを巻いて拳を振り上げて歌うみたいなスタイルは、おそらくはこのクリップ映像の影響が大です。というかほとんどこの映像が原型であり、パロディの元ネタです。

僕は「Born In The U.S.A.」のような社会的なテーマを持った、重たい雰囲気の曲があまり好きではなく、スプリングスティーン独特の、気持ちを高揚させてくれる希望の曲が好きだったんですよね。ロックにしてもバラードにしても、そういった曲が好きでしたね。
だからどちらかというと、全体のトーンの明るいアルバム『The River』のほうが好きでした。このアルバムは随分と聞き込みました。「Hungry Heart」は日本でもヒットしたためライブでも大きな盛り上がりとなりました。もちろん現在も好きな曲です。
僕のスプリングスティーン熱は、あの来日公演がピークでした。急速に冷めていき、88年のE・ストリートバンド解散の頃にはほとんど聴かなくなっていました。そういう人、結構いるはずです。当時スプリングスティーンが好きだった、彼の音楽に魅了されたファンの中には、「ここから抜け出そう。希望のないこの街から」みたいなスプリングスティーンのロックン・ロールのテーマ、その精神性に影響されファンになった人も多くいたはずです。僕の場合は極端で、ある時期から「スプリングスティーンが好き」は、自分の青春期の苦悩を人に見せるみたいで、人に言うのを恥ずかしく感じるようになってしまったんですよね。
当時スプリングスティーンとよく比較されたジョン・メレンキャンプの曲に「Small Town」という曲があります。 そこで歌われている「俺はこの小さな町で生まれこの町で育ちこの町で死んでいくだろう。でもこの町とこの町の仲間たち、この町のすべての人たちが好きだ」のほうがリアルに感じられるようになっていったんですよね。この曲をしみったれた曲だと嫌う人もいましたが。
ブルース・スプリングスティーンを再び聴くようになったのは2000年代に入ってから、純粋に音楽として楽しめるようになってからです。
Born To Run / 明日なき暴走
スプリングスティーン・チルドレンという言葉をご存じでしょうか。浜田省吾、佐野元春、尾崎豊ら、ブルース・スプリングスティーンの影響下にあった日本のロック・ミュージシャンたちを、当時そのように呼んでいました。他にも何人かいました。
75年のアルバム『BORN TO RUN』に収録されたタイトル曲「Born To Run(明日なき暴走)」は、チルドレンたちにとって曲作りにおいてのひな形のひとつであり、この曲の持つ精神性、「疾走する若者」のイメージも大きな影響を与えています。
肉食獣ロッカーたちの4時間近いライヴのクライマックスは、この曲「Born To Run」と、それに続くロックン・ロール・メドレーでした。この曲が始まる際に会場の電気はすべて点けられ、照明による演出がいっさいない、ライヴとしては異様な雰囲気の中で演奏が続けられます。
最後の最後に演奏される、飾りのいっさいがない幻想を取り払ったロックン・ロールこそが、僕たちが味わいたかった本来のロックン・ロールであると、そこで気づかされることになるんですね。計算の上であったのかはわかりませんが、ロックン・ロール再生の試みとしてはすぐれた方法であったと思います。
これはオマケ ( *ˊꇴˋ)
写真に写るのは公演パンフレットと『BORN TO RUN』のアナログレコード。 そして僕の所有するナチュラル木目のテレキャスターです。見てのとおりの左利き用です。
1980年にESPで特注として作ってもらいました。本家FENDERよりも高く付いてしまいました。音的なことよりも、『BORN TO RUN』のジャケ写のテレキャスターに憧れて作ったのです。本家のテレキャスターも所有していますが、音的にはこれが一番好きで今も大切にしています。現在の方が木が締まっていい音がしています。

マギー(ギターの愛称)とのツーショットを残しておきたくて、記念写真として撮ったものです (2018年頃)。 気に入っているショットです。(^^) v
