
ボブ・ディランの伝記映画『名もなき者』。 2月末の公開以来、音楽ドラマとしてはかなりの好評だそうです。若い女性客の目当てがティモシー・シャラメであり、シャラメ主演の青春映画の傑作としてそこで終わってしまっても構わないとは思いますが、10人に1人ぐらいは、ボブ・ディラン自身の音楽に興味を持ってくれたらなぁ、とも思います。
あの映画は、フォークムーブメントの中でスターとして出現したディランが、やがてその枠には収まりきれず、ロックン・ロールやR&Bに心酔してエレクトリックのアプローチに開眼し、新しい道へと進んでいくまでが描かれています。
僕個人の好きな、ロック化した以降のディランの曲をいくつか選んでみました。ボブ・ディランの音楽を取っつきにくいと考えている方には参考になればと思います。キャッチーでストレートな曲を選んだつもりです。

Hurricane (1976)
1976年のアルバム『DESIRE(欲望)』に収録された曲です。初めてボブ・ディランというアーティストを意識した曲、好きになった曲です。中学生の頃に聴いていたラジオの洋楽番組で流れていた当時のヒット曲と比べると、一聴して異質。
まずは歌い方が独特。でも畳みかけるように歌う言葉の響きがかっこいい!最初はこの曲が無実の罪で投獄された冤罪ボクサー、ハリケーン・カーターの実話を歌詞にしたことを知りませんでしたが、得体の知れないエネルギー、パッションを曲から感じ取ることができたのだと思います。言葉の響きがロック化していて、ボブ・ディランを聴くうえで、歌詞の意味など実は後回しでいいと、この曲でそう解釈しました。
この曲の決定的な雰囲気を作り出しているヴァイオリンを弾いているのは、ニューヨークの女性スカーレット・リヴェラです。ヴァイオリンケースを抱えて自宅へと向かう道を歩いているさい、車から顔を出したデイランに声をかけられレコーディングに参加することになります。まったく面識のない女性を、ヴァイオリン奏者らしいという認識で声をかけ録音に参加させたディラン。何かの閃きがあったのか。感性の人なんですね。
Baby, Let Me Follow you Down (1978)
初出は1961年のデビュー・アルバム『BOB DYLAN』。 ディランのオリジナルではないにも関わらず、ディラン自身は気に入っているようです。ここで選曲したのは、1978年のザ・バンドの解散ライヴを収録した映画、『ラスト・ワルツ』でのライヴ演奏です。この曲で初めて "動くディラン" を観ることとなりました。高校時代のことです。
ディランもザ・バンドもハイテンションでカッコいいんですよね。この曲でひとつ思い出すのが、2014年に吉祥寺の映画館・バウスシアターが閉館となる際に、最後の日の最後の回に「ラスト・ワルツ」が上映され、そこでのボブ・ディラン出演時の客の反応が凄かったことです。スクリーンの中の拍手と映画館内の客との拍手が重なり、うねりの中でこの曲を聴いたことが思い出されます。 ちょっと不思議な感覚。でも感動の体験でした。
Stuck Inside Of Mobile With The Memphis Blues Again (1965)
1966年のアルバム『BLONDE ON BLONDE』に収録。ロックというより軽快なポップ・ソングといった感じの曲です。ボブ・ディランって、実はすぐれたメロディメイカーだと思うのですが、どうもあのディラン節とも言える歌い方が、一般の方を敬遠させてしまっているところがあるようですね。あの歌い方が、本来のメロディの良さを隠してしまっているというかね。
今は亡き音楽評論家の中山康樹さんが、ディランの本質のひとつである歌メロの良さは、バーズが歌ったディランのカバー曲を聴くことでわかる、みたいなことを言ってバーズのアルバムを薦めていたのを思い出します。
この曲では、上へ下へと駆け回るディラン節を堪能できます。ポップなメロディを持ったこの曲は、ディランの曲の中でもかなり好きな曲です。
A Hard Rain's A-Gonna Fall (1975)
初出は62年の作品『THE FREEWHEELIN'』
これは75年のツアードキュメント映画『ローリング・サンダー・レヴィー』でのバージョンです。 シャッフルのアレンジを聴くと、ロック化もそこまで行くとやり過ぎだろ!という気もしないでもないですが、カッコいいのでOKです。
70年代半ばの頃のこの時代のボブ・ディランが一番カッコいいの意見が多いのですが、僕も同意見です。荒々しくて 勢いがあるんですね。 ローリング・サンダー・レビューは白塗りの顔が有名です。 映画の中ではKISSの影響だと明かされてはいますが、ホントの事なのか。ボブ・ディランのことを「嘘つきだ」と『名もなき者』でバエズになじられていたシーンが頭をよぎります。
マーティン・スコセッシ監督による映画『ローリング・サンダー・レビュー』は、現在Netflixで観ることが出来るので、興味のある方には薦めます。
Like A Rolling Stone (1974)
最後はやはりこの曲です。『名もなき者』でも、クライマックスに登場する曲です。2004年にローリング・ストーン誌が選ぶオールタイム・グレーテスト・ソングで1位となった、ロック史上最も重要な曲のひとつとされている曲です。
この曲のベスト・バージョンは、現在も世界中の多くの人が耳にしている、アル・クーパーのオルガン・プレイも光る、1965年録音のスタジオ・バージョンなのは間違いないとは思いますが、ライヴ音源にも素晴らしいものが残されています。
もっとも好きなのは1974年のライヴ・アルバム、"偉大なる復活" という邦題でリースされたアルバム『BEFORE THE FLOOD』に収録されたバージョンです。ザ・バンドと共演したこのアルバムは、歌も演奏もパワフルで勢いがあります。特に勢いに任せたように歌うディランは、「ディランにもこんなロックした時代があったのか」と思わせる素晴らしさです。
