
ヒプノシス レコードジャケットの美学
(原題:Squaring the circle (The Story of Hipgnosis) )
● 監督:アントン・コービン
○ 出演:ヒプノシス(オーブリー・パウエル、ストーム・トーガソン)/ ロジャー・ウォータース / デヴィッド・ギルモア / ポール・マッカートニー / ジミー・ペイジ / ロバート・プラント / ピーター・ガブリエル / グレアム・グールドマン / ノエル・ギャラガー ほか
現在公開中の映画、『ヒプノシス レコードジャケットの美学』を観てきました。アルバムジャケットに興味のある方、あるいはヴィジュアルアート全般に興味のある方にも薦めたい映画です。僕自身も、非常に興味深く見ることが出来ました。
ヒプノシスというのは、主としてアルバムジャケットのデザインを手掛けたアート集団のことです。70年代ロックが好きな方であるなら、彼らのデザインを見たことがないという方はいないと断言してもいいぐらい、多くの有名なジャケットデザインを生み出しています。
ネタバレしすぎないように、映画で語られたことに、映画では語られなかった僕自身の知識も加えて記事にしてみました。少し長くなりますが良かったら。
1968年、グラフィック・デザイナーのストーム・トーガソンとオーブリー "ポー" パウエルのふたりは、デザイン・チーム "ヒプノシス" を結成。きっかけは、友人であったピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズから、アルバム『神秘』のジャケットを依頼されたことからだそうです。後にピーター・クリストファーというメンバーも加わりますが、映画ではストームとオーブリーの物語としてまとめられています。
ヒプノシスと言えば、すぐにピンク・フロイドのアルバム・ジャケットが頭に浮かんできます。70年代のほとんどのアルバムのジャケットデザインを手掛けていますからね。ただピンク・フロイドのアルバムのどこをどう聴いても、そのアルバムのジャケットデザインとはつながらないんですよね。 真剣に考えると悩んでしまいますが、どうやらジャケットデザイン自体が音楽とは別の独立した作品と考えた方がよいようです(この映画でそれをあらためて確認した次第です)。
アルバムにアーティスト名もアルバムタイトルもないのが、ヒプノシス/ピンク・フロイドのアルバムの特徴です。そしてデザインそのものが強烈です。おしりを向けてこちらを見る牛が作品全体を陣取る『原子心母』。 体に火のついた男が握手をする『炎』。 発電所の上空を豚が飛ぶ『アニマルズ』に関しては、人間を動物に例えて表現したアルバム・コンセプトに基づいて、ということになってはいるのですが。
現在のように、CG合成などない時代のことです。本物の牛を引っ張ってきて撮影し、実際に体を炎で燃やして撮影するもスタントマンが火傷を負ったり、実際に上空に飛ばした巨大な豚のバルーンがどこかに飛んで行ってしまったりと、いろいろと苦労はあったようです。 そういった撮影当時のエピソードが詳しく語られているところが、この映画の見どころのひとつかと思います。

原子心母 (Atomic Heart Mother) 1971 / 炎 (Wish You Were Here) 1975
狂気 (The Dark Side of The Moon) 1973 / アニマルズ (Animals) 1977
映画では、当時の撮影状況が各アーティストの最新インタビューによって語られています。ジミー・ペイジ、デヴィッド・ギルモア、ポール・マッカートニーなど凄いメンツが次々に登場します。そしてそのインタビュー映像は白黒映像で撮影され、アルバムジャケットのみをカラーによって浮き立たせる手法が使われています。アントン・コービンという監督については詳しくはわかりませんが、写真や映像、アート全般に精通した方なのではないでしょうか。素晴らしい映画に仕上がっていると思います。
強烈でシュールな作品の多い中にあって、ポール・マッカートニーのアルバムデザインはわかりやすいものです。ポールからジャケット制作の依頼があった時には、さすがにチームも「神様からの依頼」として多少のビビりはあったようです。解散から数年、ビートルズの記憶がまだ生々しい時代でしたからね。
映画の中では、ヒプノシスのストーム・トーガソンに関しての記憶は、誰もが「気難しい」「傲慢」「短気」と証言しています。1983年にヒプノシスのふたり、ストームとオードリーは大げんかによって解散ということになります。 おそらくは傲慢なストームであっても、ポールに対しては気後れした部分があったのではないかと想像します。アルバムコンセプトに沿ったデザインがなされていますからね。

バンド・オン・ザ・ラン(Band On The Run)1973 / ヴィーナス & マース(Venus And Mars)1975
スピード・オブ・サウンド(At The Speed Of Sound)1976 / タッグ・オブ・ウォー(Tug Of War) 1982
映画ではアルバム『BAND ON THE RUN』や『WINGS GREATEST』についてが語られています。映画「大脱走」を思わせる『BAND ON THE RUN』のデザインは有名です。 囚人の中にはジェイムス・コバーン、クリストファー・リーといった当時の有名な俳優の顔も見られます。 デザインは、疾走し始めた バンド(ウイングス)をイメージしたもののようです。
ウイングス全盛時のアルバム『Band On The Run』『Venus And Mars』『At The Speed Of Sound』の3枚のアルバムジャケットは、ヒプノシスによってなされています。この3枚のアルバム、まだ10代であったあの頃、ジャケットを眺めながらどれだけ聴いたでしょうか。あの時代は、皆 LPのジャケットを眺めながらアルバムを聴いたんですよね。
映画の中でノエル・ギヤラガーは、「レコードは貧乏人のアートコレクション」と言っていましたが、なるほど確かに32×32 cm のアナログ時代、それがコンパクトなサイズになってからもジャケットを部屋に飾っていました。いわゆるジャケ買いもしていましたが、それも楽しみのひとつでした。
僕は80年代半ばから音楽産業の仕事に携わりましたが、90年代に売場スタッフとして働くようになってから、お客さんはやはり、ジャケットに商品としての価値の一部を置いていることを認識しました。 具体的には、すぐれたジャケットデザインのアルバムを面出しと言われる、おもてジャケットを前面にして商品陳列をすると、そのアルバムの売り上げは伸びるんですよね。
現在では世界では最も売れたアルバムと言われている、1973年発売のピンク・フロイドの『狂気(The Darkside Of The Moon) 』は、80年代に僕が音楽産業に携わった時も、ビルボードのアルバムチャートにインしていました。超ロングセラー作品です。プログレは苦手な音楽でしたが、さすがにこのアルバムはよく聴きました。
そしてひとつ確信を持って言えるのは、『狂気』はあのプリズムのデザインとセットであるということ。音楽の内容と繋がっていてもいなくても、セットで作品化されているということです。結果から見て、これ以上はない組み合わせであったということです。
。.☆ HIPGNOSIS COLLECTION selected by Yang Hosaka

