ジョージ・ハリスン 生誕祭 | Get Up And Go !

Get Up And Go !

音楽を中心に、映画、文芸、スポーツ など・・・。

より高く! より深く! けれど優雅に・・・ 冗談も好きなんですけどね (*゚.゚)ゞ







今日 2月25日はジョージ・ハリスンの誕生日です。ジョージは1943年の生まれなので、生誕81年ということになります。

これまでジョージの誕生日、あるいは命日 (11月29日) に記事にしたことはなかったのですが、昨年ジョージのトリビュート映画『CONCERT FOR GOERGE』が日本で劇場公開され、またパティ・ボイドが来日にしてトークショーを行ったりで、ジョージについて考えることが多かったので、いくつかの曲と共に簡単に記事にしてみました。


You (1975)
邦題は「二人はアイ・ラヴ・ユー」。 なぜ1曲目がこの曲なのかと言えば、初めて買ったジョージのシングル・レコードだからです。アメリカではそれほどのヒットではなかったようですが、日本ではラジオ局のリクエスト番組では軒並み1位となっていました。

あの当時、ビートルズの『赤盤』『青盤』、ポール・マッカートニーの『VENUS AND MARS』、ジョン・レノンの『SHAVED FISH 』と共によく聴いていたレコードです。 この曲が好きだったので、あとからアルバム『EXTRA TEXTURE』も買い、自分にとってのジョージ・ハリスンが始まった感じでしょうか。個人的な思い出の曲ということです。

当初は、ジョージがビートルズ時代からファンだったというロネッツのロニー・スペクターのために書いたという曲です。この曲のテンポを遅くして、ロニーのあの "ウオッオッオッ~ ♪" を入れれば、まさにロニー・スペクターの曲になると思います。





All Those Years Ago (1981)
邦題は「過ぎ去りし日々」。 1980年12月に亡くなったジョン・レノンへの追悼歌です。ポール・マッカートニーが「Here Today」で、あの世のジョンに友として語りかけるようにして歌ったのに対し、ジョージは明るい曲調で過去のあの日々を振り返りながら、ジョンへの敬意の気持ちを表しています。

この曲にはポール & リンダ・マッカートニーがコーラスで参加。リンゴがドラムを叩いています。ジョンの死が3人を結集させてしまったわけで、いったいどんなレコーディング風景だったのだろうかと、ちょっと考えてしまいますね





Isn't It A Pitty (1970)
ビートルズのメンバーの中では、ジョージは一番年下です。ひとつ上のポールとは先輩後輩のような関係であったと、これはポールが言っています。 ジョンは3つも上なので、これはもうほんとに親分子分というか弟分という関係であったでしょう。 実際ビートルズがまだ売れない頃から、ジョージはジョンとシンシアの後ろをいつもくっついて歩いていたといいます。憧れの気持ちを持っていたと、ジョンが亡くなった際にジョージはコメントしています。

後にふたりは対等な関係となるわけですが、60年代半ばにジョージがインドの宗教に傾倒し、精神世界を探求するようになった頃から、ふたりは深い会話も出来るようになったと。ジョンもヨーコと出会った頃から、より精神性を深め、それが曲作りに反映していくようになっていったわけで。





昨年 パティ・ボイドのトークショーに参加した際、彼女は「Isn't It A Pitty」をジョージの最も好きな曲として挙げていました。ジョージと生活を共にして来たパティ・ボイドの言葉だけに、ジョージへの深い理解を感じます。

Isn't It A Pitty 。 「それは哀しいことだと思わないかい? / 互いに傷つけあうなんて / 心を打ち砕くなんて / 僕らはみんな同じであることをわかっているのに」 と歌っています。人間同士の不和や対立を憂いながら、普遍的な人間愛を説いた曲です。今 最も必要な曲かもしれません。