BOBlog -62ページ目

BOBlog

 日本はまだまだ大丈夫!

茅ヶ崎MARRYのYT野さんのセッションデー。

中学3年生というベーシスト君が初参加なのだが、これがまた凄いのである。何が凄いって、音、フレーズともにマーカスなのである。。。((((((^_^;)
彼がなにか弾くたびに、Y田部さんと顔を見合わせ狂気乱舞したのでありました。σ(^◇^;)。。。

竜之介くんや瑠璃ちゃんより年齢が上な分、完成度が高いのは当たり前ではあるが、弾き始めたとたんに「マーカス!」と叫んでしまう程のブッ飛び中坊でした。ヽ(´ー`)ノ

 マーカスは たくさんいたけど 初中坊
朝日社説(2007年05月05日)
「こどもの日に―思い切って任せてみたら」
 小学生だけに出される文学賞の受賞作品集「12歳の文学」を読んだ。
 真夜中のプールに浮かび、水面の月を眺める孤独な姉妹の話があれば、明太子王国の危機を救うおにぎりのお話もあって、奔放な創造力が読ませる。自殺した教師の心を思いやる作品もある。
 子どもなりに今の世の中の矛盾を感じ取っているのだろう。ゲーム漬け、携帯電話漬けといわれがちな子どもたちの感性も、捨てたものではない。
 良くも悪くも今時の子はメールに慣れ、文を書くことへの抵抗感が薄い。相手との衝突を招かないよう表現に気を配り、神経もこまやかなのだ。


おたくももう少し文章に気配りした方がいいと思うぞ。ヾ(^_^;

 西洋の中世史の研究を思い出す。当時は5、6歳を過ぎれば小さな大人として扱われ、遊びも仕事も大人たちの間で過ごしていた。子ども期を区別し、学校や家庭で教え育てていく、という考え方は近代以降のことだ。
 子どものためにといって自分の考えを押しつける大人こそ、実はひとつの価値観に縛られ、不自由なことが多い。


「特亜のためにといって自分の考えを押しつける新聞社こそ、実はひとつの価値観に縛られ、不自由なことが多い。」ということか?ヘ(゚◇、゚)ノ

 せんだって行われた全国学力調査を自治体で唯一拒否した愛知県犬山市の教育委員会は、「子どもの学び合い」を唱えている。黒板を背に教師が教えるのではなく、子ども同士で教え合い、考えていく。ここには、子どもが自分で成長する力への信頼がある。
 小学校の算数の授業をみせてもらった。30人学級をさらに二つの教室に分けたうえ、3、4人ずつのグループで一つの問題を解いていく。「次は僕の番だ」「こうやるんだよ」とにぎやかだ。1人で問題を解く時間も設けて、理解度を確かめる。
 先生が「静かに」と大きな声を出すことはない。子ども同士の会話が弾み、楽しそうだ。「不登校はゼロ」と校長が誇らしげだった。
 学力調査への参加を求める父母もおり、拒否の教育委員会と市長が対立する騒ぎにもなった。だが、競争原理で教師や子どもの尻をたたく文部科学省にくらべ、夢を感じる。市費で非常勤講師や雑用担当の係を雇い、地域の支援も受けて、教師が本来の授業に専念できるようにしている。
 山形県遊佐町では、もうすぐ5回目の少年町長と少年議員の選挙がある。有権者は町内の中高生約1100人。公約を役場職員が聞き取ってチラシを配る。
 当選後、本物の議場で本職の町長や課長らと年3回、質疑をする。自分たちで話し合い、年間約40万円の予算を使う。これまでにバス停に雨よけをつけ、自ら出演者を募集してコンサートを開いた。


愛知県犬山市ならびに、山形県遊佐町にお住まいの方には心から同情申し上げます。しかし、そんなんを許してきたのも皆さんですから、自業自得ですからね。

 「任せれば、できる」。周りの大人にそう思わせる実績をあげてきた。
 「いまの子は夢がない」「覇気がないねえ」と言いがちな大人たち。でもそう嘆く前に、子どもが活躍する場を試しにつくってみませんか。意外なセンスに出くわすかもしれませんよ。


その結果が「キレる子供」と「犯罪の低年齢化」を推進してきたのです。ガキのうちから物事の判断力を鈍らせておいて、洗脳するのは共産主義者の常套手段ですよ。気をつけませう!(・ω・)ノ

 子の自由 共産主義者の 常套句
070504
『Free Salute』/Little Barrie

イギリスの3ピースバンドのデビューシングル。
ブルースやファンクテイスト満載で、メチャメチャかっこいいじゃありませんか!(o^-')b

極限まで無駄を取り除き、加工の少ない音の存在感がGJ!
是非アナログレコードで大音量で聴いてみたい。

 エフェクター ないのもアリで いさぎよし
朝日社説(2007年05月01日)
「阪神支局襲撃20年―言論はテロに屈しない」

先日、安倍首相に「これはいわば言論によるテロではないか」とテロ組織認定されてますけど。。。

「それでも私たちは信じている、言葉の(暴)力を」ですか? ヘ(゚◇、゚)ノ


【ご参考】阿比留ルイさんのページ(2007/04/25)
「安倍首相の怒りのコメントと懲りない朝日新聞」
 私はこの週刊朝日の広告を見まして愕然としました。まるで私や私の秘書が、あの卑劣な凶行を行った犯人、あるいはその彼が所属している暴力団と関係があるかのごとくの記事です。一切関係がありませんし、これは全くのでっち上げで、ねつ造ですね。私は驚きとともに憤りを感じています。全くこれは私や私の秘書に対する中傷でしかない記事です。私にも私の秘書にも家族や親族もいますし、その中には子供もいるわけです。この記事を書いた朝日の記者、あるいは朝日の皆さん、恥ずかしくないですかと、このように申し上げたい。いくら私が憎くて、私の内閣を倒そうということであったとしても、これはもう全く事実に基づいてないのであれば、これはいわば言論によるテロではないかと、このように思います。これは報道ではなくて、むしろ政治運動ではないかとすら申し上げたくなります。私や私の秘書が、犯人や暴力団の組織と関係があるのであれば、私は直ちに総理大臣を、衆議院議員もやめる考えです。そのことを、関係を証明できないのであれば、謝罪を、潔く謝罪をしてもらいたい。

一国の首相にここまで言わせるのは、さすがである。

 新聞屋 首相も認める テロ組織
不謹慎を承知で書きます。

あんなスゴいお通夜は初めてでした。
もちろん先日亡くなった〝シゲゾー〟こと重ちゃんのお通夜です。

何がスゴかって、恐らく湘南地区で活動するジャズミュージシャンの大半が、プロ/アマ問わず楽器を持って一堂に会し、次々と演奏を捧げたのですから。受付やった方の話によると、その数は120名を超えていたとか。。。ご親族の方も予想外だったらしく、ロビーは楽器を抱えたミュージシャンで溢れかえっていました。

もちろんオイラも一曲やらせていただきました。重ちゃんに届いたかな。。。

とにかく、最高のお通夜だったと思います。もし自分が逝ったときにああやっておくってもらえたら、という意味で。

 おはなより おとをたむけて おくるつや

 音楽葬 響く木魚も バックビート ヘ(゚◇、゚)ノ
朝日社説(2007年04月28日)
「戦時個人補償―扉を閉ざした最高裁」
 1972年の日中国交正常化に伴う共同声明には、中国が日本に対する戦争賠償の請求を放棄することが盛り込まれていた。これによって、中国は政府だけでなく、国民も個人として裁判で請求する権利を失った。
 最高裁はこのような初めての判断を示した。そのうえで、日本に無理やり連れてこられて働かされたり、日本軍の慰安婦にさせられたりした中国人が、日本の企業や国を相手に起こした裁判で請求を退けた。
 残っている二十数件の同じような裁判も原告敗訴の見通しとなった。今回の判決の影響はきわめて大きい。
 強制連行訴訟の原告らは、日本軍の捕虜だったり、日本軍の施設で働いていたりしていて拉致され、日本の建設現場や炭鉱に送られた。劣悪な労働条件下で働かされ、亡くなった人もいた。
 元慰安婦の原告のなかには、13歳と15歳のときに日本軍に拉致された女性がいる。監禁されて強姦(ごうかん)された。解放されたあとも心身に大きな傷が残った。
 こうした最高裁も認めた事実は、目を覆いたくなるものだ。


うそこけ!
最高裁は、中国人個人に賠償請求の権利があるかどうかに絞って審理を行ったのであって、
サンフランシスコ平和条約で、日本と連合国の各国が、個別に戦争賠償の取り決めをした後は、個人の損害賠償請求権を含め、戦争で生じたすべての請求権を日本と連合国側が互いに放棄する
と結論付けたのであって、原告個々の事実認定について審理したと言ってないぞ!

 強制連行で企業に賠償を命じた広島高裁は「外国人から被害を受けた国民が個人として賠償を求めるのは、固有の権利であり、国家間の条約で放棄させることはできない」と述べた。被害のひどさを見れば、この判決の方がうなずける。
 請求を退けた最高裁も、さすがに気が引けたのだろう。「被害者らの被った精神的、肉体的苦痛が極めて大きかったこと、被告企業は相応の利益を受けていることなどの事情にかんがみると、被告企業を含む関係者においてその被害の救済に努力をすることが期待される」と付け加えた。
 企業の自発的な行動に期待するくらいなら、最高裁は自ら救済を命じるべきだった。


これ書いた方は中学校で「三権分立」を習わなかったのでせうか?
裁判所は、法律に基づいて判断するところであって、そこに善悪の観点を持ち込んで判決に影響が出ることは許されません。(キッパリ!)

 司法が救済の扉を閉ざしたとしても、政府と国会、企業は何もしなくていいはずがない。いまからでも、高齢化した被害者らの救済の道を探っていくべきだ。この問題を日中間のトゲのままにしてはならない。
 被告になった企業のなかには、資金を中国赤十字会に託して元労働者の救済を図った例もある。そうした方法を改めて考えるべきだろう。
 元慰安婦に対し、日本政府は補償問題は国家間で決着済みとして、代わりにアジア女性基金の設立の音頭を取った。基金は韓国や台湾、フィリピンなどで、償い金を贈り、「おわびと反省」を表す首相の手紙を渡した。アジア女性基金が重要な役割を果たしたのは間違いない。
 しかし、日本政府による明確な謝罪と補償を求める人も多い。中国の元慰安婦は1人も償い金を受け取っていない。
 さらに手立てはないか。政府も国会も人道的立場から、解決の道を探る努力を続けなければならない。


いずれにしても、朝日らしい洗脳ウソ社説でした。(-ω-;)
「ジャズ・フューネラル」とは、いわゆる「ジャズ葬式」のことで、100年ほど前からニューオリンズで行われているもの。

街角のバーに集合したブラスバンドがジャズを演奏しながら葬儀のおこなわれている教会まで、賛美歌の『今しばしここにとどまらん』などを演奏しながら行進を始める。
辺りには音を聞きつけた人々(いわゆる「セカンド・ライン」メンバー)がぞくぞくと集まってきて、バンドとともに教会まで行進する。教会の鐘が鳴り棺が出てくると、葬送行進曲『主の御許近く歩まん』の悲しげな演奏にあわせ墓地まで行進する。
墓地で棺を土中に埋めてしまうと、ドーン、ドーンとベードラのビートが鳴り響き、バンドは一転して『聖者の行進』の陽気な演奏を始め、踊り狂うセカンド・ラインの一団とともに行進を始めた街角まで練り歩きながら帰って来るのである。

なぜ葬式なのに後半陽気なのかというと、
「これでやっと奴隷労働から解放され、自由の身になってよかったね!オメデトー!」という意味が込められている。だから『聖者の行進』なのである。

数年前、オイラにニューオリンズ・ジャズを教えてくれたT田さんの音楽葬をやった。「ジャズ・フューネラル」のことを教えてくれたのも氏でした。
このとき、市内の公園にゲリラ出没して公園内を練り歩いたのも、もちろん『聖者の行進』。

 ジャズ葬式 身罷ってこそ 自由の身

 「このたびは・・・」 はらのなかでは 「よかったね」
Little Walterがやってる『Last Night』という曲が頭から離れません。
「Last night I lost the best friend I ever had」から始まる曲です。

どうにも辛気臭いので、Dave Bartholomewの『聖者の行進ブギ』で持ち直してます。
音楽仲間でボントロ&ベースのS田さんが急逝されたとの報が入りました。
もともと心臓が悪いと聞いていましたが、心肺停止だそうです。

明るくて気さくで、ちょっと変なところが大好きな方だったので、ホントに言葉がありません。

ご冥福をお祈りします。
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」によると、

ココに、ドイツの新聞記者になりすまし日本に潜入し、スターリンとコミンテルンとの謀略で日本をひっくり返す世紀の陰謀に加担した「リヒャルト・ゾルゲ」の墓が曝かれることなく、ひっそりと鎮座しているそうな。

日本人って寛大ですね。(どっかの近隣諸国と違って)( ̄ー ̄)

 仇敵も 死すれば神と なりにけり