「ライアンは人殺しじゃないし、あなたを捨てたつもりなんてない!」

ジェーンの悲痛な叫び声にもジェフは懐疑的な視線を送る。二人の様子にウィルが助け船を出した。

「ジェーン、ライアンのことを教えてくれないか?」

冷静なウィルを見てジェーンも少しだけ落ち着きを取り戻し話を始めた。


「ライアンは...。」


ライアンはジェーンの愛馬を預けていた厩舎で働いていた。愛馬は亡くなった父が買ってくれた馬でジェーンの12歳の誕生日にプレゼントされた。寄宿学校に通っていたジェーンは長期休暇にしか会えなったが、両親が亡くなってから家に帰ったときの最大の楽しみは愛馬に乗ることだった。

ジェーンの15歳の夏休みに二人は出会った。いつも通り、家に戻るとすぐに愛馬に会いにいった。そこには厩舎のスタッフの息子ライアンが夏休みを利用してアルバイトに来ていた。20歳の大学生で獣医を目指しているという。二人は馬を通して急速に親しくなり愛し合うようになるまでに、そう時間はかからなかった。


「ブルーム、あなたの髪と瞳の色は私と同じだけど、その他はライアンに似ているわ。体格もその意思の強そうな瞳も...。正義感の強いまっすぐな性格も...。」

ジェーンは声を詰まらせたが、深く息を吐くと話を続けた。

「彼は、厩舎の不正をみつけてしまったの。サラブレッドの種付けに関するものだったと思うわ。これはあとからわかったことだけれど、彼は自首をすすめたらしいの。ライアンが黙っていれば分からないはずだから見逃してくれと言われたけどライアンは断った。そこでもみ合いになって相手が倒れた拍子に頭を打って亡くなってしまった...。」

「それが本当なら事故だ。でも、人殺しだと...。」

「ブルーム、それは誰に聞いたの?」

「先代のジェフに...。」

「もしかして記事も見せられた?」

「えぇ。」


ジェーンはため息をつくと、お茶を一口含み話を続けた。

「不正そのものがライアンのせいにされたの。ライアンが交通事故で亡くなってしまったから反論できなかった。不正をはたらいた他の仲間がライアンが仲間割れの末に殺して逃亡したことにしてしまったの。あの厩舎は有名な厩舎だったから捜査が途中なのに面白おかしく記事にされてしまったわ。その後の捜査でライアンは不正に関わっていないし殺人ではなく事故だったと証明されたけれど...。」

「なぜ、交通事故を?」

「ライアンは私に会いにこようとしていたところで交通事故に合ったの。事故とはいえ人が死んでしまったんですもの、きっと動転していたのね。」


「...。」


「彼が亡くなってしまったから本当のところはわからないわ。でも、車は警察ではなく私の家に向かう道で事故にあっているの。これは私の想像でしかないけれど、私に直接、説明して心配させないようにしたかったんだと思うわ。それから警察に行こうと思っていたのだと思うの...。おじい様はライアンと会うのを禁じていたから電話もつないでもらえなかった。私たちは駆け落ちして結婚しようと思っていたのよ。あなたの言うように世間知らずな幼い恋だったけど、あの時の私たちは真剣に愛しあっていた!」


最後は声が震えていた。


「そして、真剣に考えて僕を捨てたんだ。」


ジェフの声も震えていた。


「違う!...いえ、あなたから見ればそうね。私は途方にくれていた。突然、ライアンが亡くなってしまって犯罪者の汚名を着せられて...。そのあと、あなたがお腹にいることがわかったの。もう、どうにもならなくて仕方なくおじい様に言ったの。そしたら...。」

今度は声だけでなく、ジェーンの手も震えていた。


「おじい様は始末しろって。相手の男が死んでしまったのなら、ちょうどいいって。そんなことを言われてYESと言える?あなたは愛するライアンの子どもなのに?!どうしても嫌で家出しようとしたところでおじい様にみつかったわ。どんなに貧しくても自分で育てたいと懇願したけど、私は無力だった。十代のシングルマザーが一人で子育てはおろか出産ができるのか、1ドルも自分で稼いだことがないお嬢様が子育てしながら働けるのか、犯罪者の子どもと言われるのに...と。そうしたらおじい様はこう言ったのよ。その子の父親は人殺しだ。だが、『ジェファーソン』の血を引くことは間違いない。自分の養子にして何不自由なく育てて『トンプソン』の後継ぎにしてもいい。ただし、お前は一切関わるなってね。私はおじいさまの提案を受け入れてしまったの...。ごめんなさい、ブルーム...。」


ジェーンがテーブル越しに手を伸ばしたがジェフは振り払った。


「やめてくれ。その名前は好きじゃない。」


ジェーンは振り払われた手をギュッと握りしめ、言葉を紡いだ。


「あなたは特別な子なの。ライアンと私が愛し合ってできたかけがえのない子なの。私のこの手で育てることはできなかったけれど愛しているの、今もどんな時も。あなたが生まれた日に出ていた月は本当に青く見えて私には吉兆にしか思えなかった...。だからブルームーンとつけたのよ。私があなたに与えることが許されたのは名前をつけることだけだったから...。愛する我が子にこの先もずっと例えようもないくらいの幸せが訪れますようにって。」

恐れていたことが起こってしまった。こんな風に自分のことが知れ渡ってしまうなんて...。こんなことになる前に、ジェフの前からいなくなっていればよかった。私がズルズルと『その時』を引き延ばしてしまったから...。ジェフの足を引っ張ることはしたくなかったのに...。せめて「知らなかった、騙された」とジェフが言ってくれれば良かったのに...。いつも惚気る時の演技力をここで発揮してくれれば、まだどうにかなったかも知れないが今となってはもう遅い。普段、あまり表情をかえない未緒が蒼褪めていった。


「あなたの『総裁』としての立場も悪くなると思いますが?」

「さっきも言ったが、総裁としての仕事なんてないのだから、なんら問題はない。それに親の犯罪で断罪されるなら、僕も同じだ。」

ジェフは憤慨していた。なぜ、親の犯罪を未緒が追及されなければならないのか。未緒が『トンプソン』の妻にふさわしくないというなら、僕こそ『トンプソン』の後継者にはふさわしくない。

「?」

記者も周囲の人垣もなんのことだか分からずに、静まり返る。

「僕の父親も人殺しだよ。」

記者は、突然出てきたとんでもないスクープに固唾をのんだ。

「それは、本当ですか?」

「あぁ、本当だ。こんなことで嘘をつくとでも?」

「あなたは養子だ。それはみんなが知っている。だが、今まであなたの実の両親は若くして事故で亡くなった遠縁の夫婦だといわれていた。違うんですね。今、あなたの父はどこに?」

「事件のあと、すぐに車で事故を起こして亡くなったと聞いている。」

「母は?母親は誰なんです?!」

「...。」

父の件は自分から話したが、母のことは話すわけにはいかずジェフは黙ることしかできない。

「誰なんです?言えないような人なんですか?」

「...。」


「ウィル、ごめんなさい...。」

ジェーンはウィルに小さな声で謝ると人垣を割って前に進み出た。前に出てきたジェーンをジェフは驚いて見る。

「彼の母は私です。彼は何も悪くないわ。」

大きな声ではなかったが決意を込めた声はその場に凛と響いた。突然現れたジェーン~コンラッドのCEOの妻~に一同は驚きを隠せない。ジェフだけが悲痛な面持ちでジェーンを見ていた。未緒もあまりに予想外な出来事に声を発することができず、ただそばにいると知らせるためにジェフの手を握った。ジェフが未緒の手を握り返してくれたのでほんの少しだけほっとする。

「親の犯罪は子に関係ないでしょう?彼を責めるなら私を責めてちょうだい。」

記者はジェーンに向きをかえ興奮して質問を続けた。

「あなたがジェフリー・B・トンプソンの母親ですって?!それだとあなたが18歳くらいで生んだということですか?」

「16歳よ。」

「ミスタートンプソンは、父親は人殺しだと言っていますがそうなんですか?」

ジェーンは沈痛な面持ちで声を振り絞って答える。

「...あれは...。結果だけ言えば確かに人の命がなくなったわ。でも、殺人ではない。事故なのよ。」

「それは、どういう意味です?」

「...あれは...。」


ジェーンが話しかけ始めたところで、ウィルがSPと割って入り、ジェーン、ジェフ、未緒を会場から連れ出した。会場は振って湧いたスキャンダルに異様な興奮に包まれていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



4人を乗せた車はコンラッド邸に向かった。車内では重い沈黙が流れていた。誰も口を開く者はいない。車が玄関につくとウィルは電話をいくつかかけてくると言って書斎へ向かった。残された3人はとりあえず居間へ足を向けた。出迎えた家政婦にお茶は自分たちで用意するからと人払いをしたが居間につくと3人はそれぞれに椅子に座り、やはり誰も口を開かなかった。


しばらくしてウィルがやってくると、さらに空気がはりつめる。ジェーンは下を向いたままだし、ジェフは窓の外を見つめている。未緒はどうしてよいかわからず、ウィルを見上げた。ウィルは分かっているとでも言いたげな目で未緒を見て頷くと口を開いた。


「さて。ブルーム、何か飲むかい?ウィスキー、ブランデー、ワイン?」

ジェフがバーボンと答えるとウィルは2つのグラスにバーボンを注いだ。

「ジェーンは?」

ジェーンは黙って首を左右に振った。

「未緒?」

未緒も首を左右に振った。

「では、レディたちにはお茶を。」

ジェフにグラスをジェーン、未緒にお茶を出すとウィルは自分のグラスを持ってジェーンの横に座った。


「未緒?さっきの話を知っていたかい?」

ウィルが聞くと未緒は首を振った。

「やっぱり...。僕も知らなかった。我々には知る権利があると思う。話してくれるかい?」

ウィルの質問に先に答えたのはジェフだった。


「よくある話です。世間知らずの娘がどこかのチンピラに騙されて、気づいたら妊娠していた。世間体が悪いから養子として祖父がひきとった。それだけのことです。」

ジェーンは下を向いていたが、ジェフの言葉に顔をあげて口を開いた。

「ブルーム、あなたはそんな風に思っていたの?!違う、違うの!確かに私は世間知らずの娘だったけど、あの時の私なりに真剣にライアンを愛していたわ。それに彼はチンピラなんかじゃない!!いくらあなたでもそんな風に彼のことをいうなんて許さない。」

気色ばんでジェーンが言うとジェフも声を荒げて言った。


「でも、僕の父が人殺しなのは事実でしょう?あなたが僕を捨てたのも!」


*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆


あっ、92話の途中からインタビュアーが記者に変わってる...。

まぁ、同じ人だと思って読んでください (゚_゚i) 


授賞式でマッドは素晴らしいスピーチをしてジェフと未緒は誇らしさでいっぱいになった。ジェフも基金の代表としていくつかのインタビューを受けていた。ウィルとジェーンも来ているはずだが、会場は人でごった返しており、どこにいるのかわからない。未緒は会場を見渡して感嘆の声をあげる。

「なんだか、すごいですね。人の多さもそうですが、殺気立ってるというか...。」

「みんな、とりあえず笑ってるけど、新しいビジネスにどうやって食い込もうか虎視眈眈と狙ってるからね。」

その虎たちに狙われているマッドを見てジェフはつい笑みがこぼれる。

「ある意味、ここが正念場だよ。ここで人脈が築ければこの先はもっと楽になる。」


パーティーが一段落してジェフと未緒が帰ろうとしたところで二人は記者に掴まった。始めは、マッドの受賞に関するインタビューだと思ったのだが、先ほどのインタビュアーとは雰囲気が違う。


「ミスタートンプソン。このたび、お義父様の遺産を正式に引き継がれたそうですがご心境は?」

ジェフが養子であることは周知の事実だが例の遺言に関しては親族しかしらないことだ。ジェフは訝しがりつつもとりあえず無難に答えることにした。

「そうですね。QVCは、それぞれの会社が独立してしまいもはやコングロマリッドどころかグループ企業ともいいがたい状態ですが、グループとしてできることは引き継いでいくつもりですよ。ですので、トンプソンファンドや今回その中で新しく立ち上げたプロジェクトの第1号であるマッドの受賞は喜ばしく思っています。」

「なるほど。あなたはQVCの主だった会社の株をかなりお持ちだそうですが、経営にかかわる気はないのですか?」

「その点については今まで通りです。僕は経営については素人ですから。」

「では、『トンプソン』の総裁としては基金の活動のみと?」

「そうですね。あとは、いくつか文化財に指定されている建築物とか美術品とかが残されていますのでそのあたりの管理ぐらいでしょうか。先ほど言ったようにQVCはそれぞれ独立してしまっていますから『総裁』なんてあまり意味はないでしょう?」


そこで突然記者は話題をかえた。

「ところで、ご結婚されたんですね?」

「えぇ。それが?」

「日本の方だそうで...。そちらの方がそうですよね。なんでも元アシスタントだとか?」

なんとなく棘のある言い方にジェフは眉をよせた。なぜ、そんなことを知っているのか不審に思うが記者の意図がわからない以上なるべく穏便にやりすごすことにした。

「えぇ。僕の妻の未緒です。おっしゃる通り、日本人で元アシスタントでした。」

「電撃結婚だそうで。」

「君はゴシップ誌の記者かい?ここは経済誌の記者しか入れないのだと思ったけれど?」

「いいじゃないですか。トンプソンの若き総裁の妻が気になるのは経済誌でも同じですよ。」

ジェフは不快な気分と、今後の基金の活動を未緒も行うことを秤にかけて未緒の顔を売るのもいいかと思い不快な気分を我慢することにした。

「あぁ。運命の人だとすぐにわかったからね。」

未緒は黙ってジェフの横で聞いていたが、ジェフの惚気かたはいつもながら気恥ずかしくて仕方ない。おまけに未緒の頭にキスまでした。未緒が軽く身を引くとジェフが笑って記者に言う。

「ヤマトナデシコって言葉を知ってるかい?まさに未緒はその通りだよ。奥ゆかしいんだ。」

「えぇ。知っていますよ。やはり深窓のご令嬢は違いますよね。なんでも奥様は伯爵の血を引く方とか...。」


未緒は記者の言葉に固まった。なぜ、そこまで知っているのか...。話の雲行きは怪しくなってきたが記者は話をやめない。

「家系を遡ると、『トンプソン』よりも古くまで遡れるそうですね。しかし残念だ。あなたのお父様の代で『本郷』は終わってしまった。まさかそんな由緒正しい血筋の方が弟殺しとは。いや、由緒正しいからこそかな。跡目争いは古代から血生臭くなるものだ。ミセストンプソン、そのあたりはどうお思いなんですか?」

未緒とジェフが口を開けないうちに記者は続けて質問をする。いや、質問というより次々と暴露していった。

「今ではもう『本郷』の名はどうにもならないが、それに負けず劣らずの名家に嫁ぐとは流石ですね。何かコツでもあるんですかね。あれは教えていただけませんか。そのあたりは読者の気になるところだと思いますが?」

先ほどからの険悪な空気に何事かと人垣ができていた。『伯爵』という言葉に周囲はトンプソンの妻だけあると感心していたが『弟殺し』の言葉に今度はざわめきたった。未緒が口をきけないでいるとジェフが未緒を背後にかばって声を荒げる。

「何が言いたいんだ?」

「事実を述べただけですよ。ミスタートンプソン、あなたは知っていてご結婚されたのですか?奥様の経歴は『トンプソン』」にふさわしいと思われますか?」

「妻には何の罪もない。それに彼女は『トンプソン』の名と結婚したのではない。僕と結婚したんだ!僕は未緒を誇りに思っている。逆境に負けずに前向きに生きてきた彼女を!」