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奈良マラソン2023

日曜日、奈良マラソン走ってきました。
フルマラソンとしては2020年の館山若潮マラソン依頼の出場で、同年の青梅マラソン以来レースには出られていなかったので(バーチャルマラソン除く)とりあえず完走だけを目標としました。

レースでは気温が19℃まで上がる中、それは予想していたもののコースの環境がわからないため(動物、虫など)タイツを着用して走りましたが、結果的に良くなかったようです。中間点を過ぎたところからきつくなり始め、天理に入ってからの23km地点地点から走りと歩き併用となりました。28kmからの急坂はまったく走る気になれず歩きで登り、その先で下りが出てきたら走るという感じ。道の反対走路に最後尾車が見えてきたのでさすがにやばい感が出てきて、関門の切りのいいところでリタイアしようかとも思いました。しかし、35km地点に到着したところで不思議にやる気が出て、1kmごとにある程度走りの時間を入れる(4分など)というこれまでの大会でもやっていた作戦を復活させ、キロごとのタイムが良くなってきました。そこで余裕ができたのかその後は順調、奈良中心地では観光客の前を走れるのが気持ちいいです。ゴールへの最後の坂は歩きになりましたが、スタジアムに入って有森裕子さんともハイタッチをして、最後は流してゴールしました。

タイムは5時間30分強と、完走した18回の中では自己ワーストですが、完走できただけよいと思っています。
マラソンコースとしては天理からの戻りの坂が確かにすごいです。また出場することがあればこの坂にチャレンジするところまで行きたいです。奈良中心地はこれまで気に入って何回か旅行で来たことがあったのでそこを走れるのは確かにうれしいです。シカは公園内で悠々としているのが見られました。また、天理は初めて行ったのでいろいろな建物を見られたのが興味深かったです。
今回、後半で給水の水とスポーツドリンクが不足したというのが問題視されていましたが、気温がかなり上がったのである程度その可能性も見ておかなければということだと思います。むしろ自分的にはバナナがほとんどなかったのがきつかったです。30kmを越してからようやく1ヵ所エイドで出てきただけでした。しかも、おそらくそのバナナを摂った後に身体の動きが断然良くなったような…。

前日受付だったため、宿泊は京都にして前乗りしました。受付の前に瀬古さんのトークイベントを聞きました。マラソン漫談という感じでなかなか楽しい内容でしたが、その中でも随所に実際に役に立った発言がありました。京都は夕食や(朝食代わりの)弁当が予定通りに食べられてよかったですが、レース後計画していた温泉が電話をかけてみてつながらず断念したのが残念。レース後近鉄奈良駅に向かう途中に寄った民家的なカフェは地元っぽさがあってなかなか良かったです。

シネマイレージ018:ノマドランド

ノマドランド ☆☆☆☆
(監督:クロエ・ジャオ)

アカデミー賞直前のタイミングでレビューします。
映画の前半は話が陰鬱としていて、またどこへ話が向かっているのかわからず、なかなか観ていて手持ち無沙汰な印象でした。何といっても若い人がほとんど出てこずに、ノマドの人たちの危険や病気と隣り合わせの生活を描いているので楽しいわけではないです。そんな中でも主人公の女性は力強くとは言えないけれどもしたたかに生きていきます。途中のシーンでノマドの先輩女性に住まいとしている車(バン)について注意あるいはアドバイスを受けるところがあり、ノマドとしてはまだまだ未熟なのかもしれません。
後半になって、主人公がノマド生活から“解放”される可能性が描かれます。一度目は車の故障の費用のためお金を借りに行った姉、もう一度は好意を寄せられた男性から。その結果についてはここでは伏せますが、主人公および他のノマドの人たちがノマド生活を“悲惨な”ものと考えているわけではなく、それによって得られる自由であったり、他の人々との交流を大切なものと思っていることが感じられます。姉のセリフだったと思いますが、アメリカ人はもともと東から西海岸に向けて移っていったのがルーツにあるということを言っており、主人公の意識の深部にあるものを考えさせられます。実際、この映画はアリゾナ州やネバダ州など西海岸の手前の内陸部が舞台となっています。主人公がその辺りの観光地を仕事を変えながら渡り歩くため、アメリカ人にとっては有名観光地を満喫できる内容なのかもしれません。少し話がそれましたが、その舞台設定があるため、終盤に出てくるカリフォルニア州のまさに西海岸が大きな意味を持ってくるのだと思います。
このように、書いてみるといろいろ書ける内容ですが、全体的には悪く言うと地味、よく言うと映画ファンにはたまらない内容といったところでしょうか。一点挙げたいポイントは好意を寄せられた男性とその息子のピアノの連弾のシーン。音だけで何かを表現しようとしているところに味わいを感じました。最後に、エンドクレジットでもわかると思われますが、主演者の大半は実際のノマドの人たちだということです。

シネマイレージ017:私をくいとめて

私をくいとめて ☆☆☆☆★
(監督:大九明子)

映画紹介の画像を見て、のん、こと能年さんの「あまちゃん」当時を彷彿とさせる魅力を感じて観ることにしました。それはある程度当たっていて、その魅力を堪能することはできたのですが、いざ書こうとするとなかなか筆が進まないものです。

この作品は、主人公の頭の中に「A」というもう一人の自分がいて(声は男性の声)いつでも会話しているという設定です。主人公はAと話しながら「おひとりさま」を謳歌しているのですが、会社に営業に来る男子から徐々にアプローチを受け、それを受け入れることになるのですが…、という話です。Aとのやりとりなど、原作の綿谷りさの筆致なのかのんの持ち味なのか、なかなか楽しく見ることができたのですが、途中で明らかになる主人公の「心の傷」と、それを思い出したときに主人公が見せる「激情」がなかなか強烈で、それによって観ている方としては引いてしまったところはあります。これは見る人の性別によっても感想がだいぶ違いそうですね。また、これが原作によるものか、脚色によるものか、それとも製作者が女性中心だからなのか、気になるところです。

このように書きましたが、観た後の印象は結構良かったのですよ。終盤の某シーンはうーん…と思いましたが。ローマにいる親友(橋本愛)を訪ねるシーンは、なかなか行っていない、そして今では行くことのできない海外旅行に行った疑似体験ができて、ちょっと癒されました。舞台が浅草の近辺なのもいい味を出しています。あと、主人公の会社での先輩役の臼田あさ美、素晴らしいです。