4年生の時に受験を覚悟し、3年間の努力の末になんとか中学入学を果たす。
育児については妻にほとんど任せっぱなしで、ほとんど何もしてやれなかった父親が、気持ちを入れ換えて娘と一緒に学校教育と向き合い、いろんな悩みを抱えながらも前向きに歩んでいく様子を綴りたいと思う。
島グニーズ
三線奏者である彼がメジャーデビューしてから、私が把握しているだけで3つ目のユニット。毎回、『今まであったようでなかった』という個性的な音楽を奏でる彼の才能は尊敬もの。それまでのユニットも、音楽界に多くのファンを抱える実力派。彼との人間関係を抜きにしても虜になる本当に素晴らしい音楽を作り上げる。今回は、また今迄とは少し違う新しい側面が見れるかと期待高く参戦。
結論。
ボーカルの女性、Seattle Reese'sが素晴らしかった!オープニングアクトとして彼女が最初にソロで弾き語りをしてくれたんだけど、そのピュアな歌声にグイグイ引き込まれていく。狭い場所なんだけど、彼女の清んだ歌声が空間を埋めていく。まだ若いはずなんだけど落ち着いた声が体の中まで浸透してくる。今回は、彼らが彼女の個性をどうユニットに取り込むか楽しみ。
島グニーズの演奏は、沖縄音楽の優しさを感じさせる曲から、真っ青な空を連想させるスカッと抜けるような元気な曲までいろんな幅をもった音楽だった。
私個人は、Seattle Reese'sの声と沖縄音楽の掛け合わせが、このグループの個性だと感じたので、その個性を感じやすいスローで歌い込む曲の方が好きだったけど、全体的に楽しんで楽に聞けるいい音楽。
気持ち良く酔って帰りながら、こういう曲は、長女の趣味に合うのでいつか彼女を連れて彼らのライブに一緒に行こう、と思った。
過去最大級の号泣?
夏休みの読書感想文のための本らしい。
普段なら外出して夜家に戻って来ると疲れ果てて、すぐに寝てしまうから、その日も自分の部屋に消えた時は寝たんだと思っていた。
そしたら2時間後に居間に目を腫らして入ってきた。
自分の部屋で届いたばかりの本を一気に読みきってしまったらしいが、
『最初から最後までずっと泣けた』
といいながら、晴れ晴れとした表情を見せに来た。
翌日、感想文が書き終わるのを待ってからその本を娘から借りた。
『電車の中で読まない方がいいよ。号泣したらカッコ悪いよ』
長女が忠告してくれたのに通勤中に車内で読んで、何度も何度も涙が溢れそうになった。
『ハッピーバースデー』という本で、娘の言う通り、泣きポイント満載の話。
いろんな状況を自分自身の状況に置き換えて考えていると自分の弱さに気が付き、反省させられることがあったり、自分が知っている人のことを思い出して懐かしく切なくなったりと、本のストーリーとはまた別にいろんなイメージが沸き上がってくる話でした。
この本を読み終えて、ちゃんと子供達と心を通わせながら話をしたいと思った。
子供達にはどう生きてほしいか、なんで受験をするのか、それが彼女達にとってどんな意味を持つのか、まだまだ伝えてないことが一杯あるハズ。曲がって伝わっていることもあるかもしれない。
親の想いを押し付けるつもりは全くなく、理解してもらうための伝達。意見が合わなければ結論を先伸ばししてもいいし、まずは会話が足りてないことへの反省からアクションをつけたいと思っている。。
10年以上振りの異動
うちの会社は転勤が約3年周期くらいであり、全国北は北海道から南は沖縄まで様々な事業場、もしくは海外の事業所への転勤すらあり得る。
そんな中、私は10年以上も同じ部署に留まり、周りからもいつになったら動くのか?という目で見られていた。自分の得意分野を存分に発揮できる部署だったし、他に行きたい部署が見つからなかったから、この10年以上の経験は社会人人生の中で非常に貴重だったと思うし、そんな環境を与えてくれた会社にも非常に感謝している。
しかし、社会人生活の大半を一つだけの部署で過ごしたことが、自分のキャリア上、今後不利になる可能性も感じていた。専門的な能力を求められる仕事だったので、他の仕事にそのままスキルを転用するのは難しいと分かっていたし、いつまでも同じ部署に居られるわけでもないのも分かっていた。このまま同じような仕事を続けていくために転職の可能性も常に模索し、いろんなヘッドハンター達との情報交換も続けていた。
そんな中での異動の発令。
そこは、私が今まで避けて通ってきたスキルを求められる全く新しい部署。
新たに専門的な知識やスキルを身につけないと成り立たないし、会社に入って十数年全く使ってこなかった私の語学力を求められていることも分かった。
コレが意味することは、専門的な知識・スキルの習得のため、そして錆びまくっている英語スキルをビジネス英語として通用するレベルまで引き上げる、つまり日々勉強の生活が始まるということ。
娘の受験勉強の隣で私も一緒になってコツコツ勉強するというのは娘にとっていいことなのかもしれない。
しかもこのタイミングでの異動ということは、しばらく転勤を考えず、娘の受験校選びや今後の住居問題も考えられるということ。
新入社員の時ぐらい新しい気持ちで仕事にも生活に接していきたいと思っている。
写真コンテスト
といっても正式なコンテストではなくて、娘達二人が撮った写真を我々両親がジャッジして高得点者に何かご褒美を与えるというもの。
このコンテストをするために、夏休みを利用して日帰りで鎌倉に行ってきた。
昼過ぎに鎌倉に着いて、そこから長谷の大仏まで被写体を探して歩く。
御成通りの商店街は、昔ながらの看板を掲げる店があったり、小さくて可愛いアイコンがあっちこっちにあるのでのんびりのんびり歩きながら町並みを見て歩く。
娘達に与えたアドバイスは3つ。
◇寄ったり退いたりしてみる。
◇俯瞰、左右等、アングルを変えてみる。
◇フレーム内のどこに被写体を置くか、レイアウトを変えてみる。
後は、写真を撮っている時に、『もっと面白く撮れない?』と聞いてやると、一度撮った被写体をいろんな場所からファインダー覗き込んだり工夫していた。
できあがりは、なかなか。
第一回目のコンテストにしては大成功だと思う。
そもそもデジカメなので、現像代など気にせず、バンバン撮らせてやれる時代になったから、心置き無くこんな遊びができる。また、近々企画を練ってみようと思う。
夏休みの自由課題
今年は更に大きなハードルが。
二女が、今年の課題を近所の同級生と一緒にやると約束をしてきた。
二人の予定合わせ等を考えると1日でやりきれる内容にしたい。
しかも、相手の子も一緒に喜んで楽しめる内容にしたいし、いろいろと考えて二人に提案したのは氷の作り方。
あまりピンときてないみたいだけど否定されなかったので早速準備開始。
近所のドライアイスディーラーから1kgのドライアイスを購入。ボウルの中で砕き、ポリコップに入れた水をドライアイスで囲い、温度を計りながら凍っていく様子を観察。
水はどんどん温度を下げ、約40分ほどで真っ白に固まっていった。
同様にポリコップに水を入れて、今度は冷凍庫で凍らせる。時間は約3倍掛かるが、きれいな透明な氷ができる。
この二つの実験から、白い氷がなぜできたのか、氷の中の白いものが何かを考えながら、最後は透明な氷の作り方を考えさせた。
しばらく二人で悩んでいたけど、最後はちゃんと答えを導きだした二人。
模造紙に書いていくのが一番の難関ではあったけど、写真や温度の変化をグラフ化させて貼り付けたりしながら二人とも下書きを終えた。最後は夕飯をモリモリ食べて友達も満足して帰って行った。
二女は、今、気合いを入れて清書をしているので、読書感想文をこの10日間で一つ書けば夏休みの宿題終了。
長女は、全部終わったと主張しているが、一つレポートを見たら、詰めが甘かったのでもう1ページ分くらい加筆させようと思っている。
今年は、二人とも比較的順調に進んでいるので残りの休み期間はあっちこっちでいろんな経験をさせてやりたいと思っている。
住宅事情
本当は今住んでいる戸建てに永久に住むのかと思いきや、実は近々家を空けなければならなくなり、家探しに疾走している。
しかし、問題は二女の転校問題。
長女は私立に通ってるから、通学圏内であれば文句ないらしい。しかし二女の抵抗は強い。
生まれた時から今の家にいる彼女にとって、幼稚園から繋がる友達も多く、本来少し人見知りの強い彼女が時間を掛けて築いて来た今のポジション。
友達をお互いによく知っているから、人よりも得意なことが多くても、あまりひけらかさず私が感心する程上手に理想的な友達関係を築いてる。暴力に走りがちの少し難しい男の子のサボりやイタズラなんかも、熟練の先生が驚くタイミングとやり方で、そっと正してあげられるらしい。
それは単に才能とかだけでなく、少しずつ彼女が培ってきた人間関係の上に成り立っているのだから、彼女の抵抗もすごく理解できる。
一方、そんな彼女を見ていると、多分、どこに行っても彼女は彼女なりにしっかりと生きていけそうだとも思う。
でも、リスクは必ずあるし、受験前の大事な時期であることも事実。
選択肢は大きく3つ。
■今の家の近くで家を買う。二女は今の小学校を卒業できる。
■二女の小学校卒業まで近くで賃貸。会社に借り上げ申請をして、社宅扱いに。
小学校を卒業する2年半後に皆のその時の通勤・通学可能な家を買う。
■今すぐ家を買う。二女はこのタイミングで転校。
パソコンの前で買うベキか、賃貸でしばらく凌ぐか、なんて悩みながら休みの日にモデルハウス・ルームなんかに顔を出しているのはそれはそれで楽しかったりする。
再スタート?
、二女は夏期講習なども終え、今は祖父母がいる避暑地でのんびりしているハズ。
一昨日、従兄弟と一緒に新幹線に乗って嬉しそうに出掛けたという。
いろいろと思うところがあってblogから離れていたけど、いろいろと思うところがあって再開してみようと思う。
あまり受験だけにネタも絞らず、気楽に思うトコロを書いていこうと思う。
簡単に子供達の状況から。
長女は、中2になり、すっかり学校にも慣れ、友達も増えてきた様子。しかし、学力は相変わらず。生活態度も大きくは向上せず、帰宅部。いや、一応写真部に所属しているらしいが先輩がいなくて、活動もいい加減な部らしい。なんとかきっかけ作って自分達で活動を動かして欲しいと思っているけど。
二女は、小4。相変わらず男の子みたいに活発。この夏リゾートホテルのプールで体験したボディボードスクールではコーチに才能を見込まれ、自分のスクールに入らないかと勧誘を受けてたらしい。サスガに片道2時間掛けて通えないと説明して断ったそうだが、彼のスクールの生徒達と比較してもバランス感覚が非常に優れていると誉めていただいた。私は仕事休めなかったので見れなかったが、妻の話ではスピードが他の子達と違うらしい
お世辞でもうれしい。
あまり共通点のない娘達に、親としてどう関わっていこうかと考えさせられる日々である。
学校が始まった。
朝からセーラー服に着替え、お弁当を持たせ、6駅とは言え、電車での通学。
新しい友達も作れるだろうか?仲間はずれにされないだろうか?
いろんな心配をしながらも何とかスタートした中学校での生活。
さすがに我が家の長女、期待を裏切りません。
月曜日の早朝、緑の窓口に並び、学割の定期をSuicaで購入、ついでに3000円分のチャージもして家に戻り早速長女に定期を手渡してやる。定期の大切さ、使い方、チャージ金額のこと等々、嬉しそうにしながら聞いている。鞄に定期入れの伸びるゴムの先を括り付け、家を出ていった。
本当であれば、通勤途中の駅に下車する彼女と私が一緒に通うものだと思いこんでいたが、同じ学校に入学した親友とその先輩、それから幼稚園時代の友達と計4人で一緒に登校する話になり、私は出番を外される。
本当は車内の痴漢とか、ホームから突き落とすような変質者とか、心配なことだらけなので一緒にと思っていたけど本人から「一人で行きたい」と言われてしまうと、こちらとしては「じゃあ、気をつけて!」としか言えない。
これも成長の一つと捉え、送り出したのに・・・・、会社から帰宅して彼女の初日を聞いてみると・・・。
なんと、学校の帰りに我が家のある駅を越えて、そのさらに3駅奥にある親友の家の駅前にあるお菓子屋で買い物してから帰りたい、と電話をしてきたらしい。
妻は、初日から寄り道して帰ってくるな!と一蹴。友達の母親も同様に却下!結局、長女はあきらめて帰ってきたけれども、そんなことをさせるためにSuicaにチャージしたんじゃないことを説明。彼女も取り敢えず納得した様子ではあるけれども・・・。
考えるということが弱い娘もこれから少しずついろんな体験を通じて判断力がついていくことを祈りつつ、今朝彼女の机を見たら宿題やりかけてほったらかしてある。
始めが肝心なので今から起こして残りをやらせようと思う。
あくまでも気長に、成長を促すしかないんだろうな?
中学入学式を迎えて
もう書くことがないと思っていたこのブログ。
次に書く時は二女の受験が始まるタイミングだと思っていた。
でも、昨日長女の進学した中学校で入学式を迎えながら考えが変わった。
3年間、いろんな無理を強いて取り組ませてきた中学受験。その時間に彼女が得たものもたくさんあるけれども、本来彼女にとってもっと与えてやりたかったことも与えてやれず、逆にいろんなことを奪ってしまったという反省がありながらも苦渋の決断で行った中学受験。いろいろとぶつかり合いもあり、受験をした長女だけでなく家族みんなで何とか勝ち取った『合格』であった。
でも、希望の学校に入学することで、中学受験が正しかったと判断できない。これからの彼女の人生において、それが間違っていなかったといことを一緒になって一つ一つ証明していかなければならない。
そんな簡単なことを入学式の最中に気付き、このブログを更新していこうと思った。
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まだ、なんとか桜が残る昨日、長女が入学式を迎えた。
真新しいセーラー服が小柄な娘を少し成長させたように見せている。しかしその隣にはいかにも新中学生!という長女よりも20cmは背の高い女の子が歩いているので、ウチの子の幼さを隠すことは出来ない。
産まれる前(母親学級時代)からの友達家族と一緒に学校に向かっている。幼稚園も小学校も別々に12年間単なる友達として歩んできた二人がこれから6年間同じ学校に通うようになった。小学校では生活態度や友達との付き合いなど様々な問題とぶつかってきた長女だったけれども、学校以外の良き理解者として長女とずっと一緒に歩んできた友達と一緒の学校に通うことを予測していなかった、というか長女が本当に私立に通うようになることすら半信半疑だったので、今目の前を二人手をつないで学校に向かう様子を見ながら本当に良かったと実感している。
クラス分けで二人は違うクラスになったけれども、長女は緊張しながらも楽しんで中学生の1日目を迎えたようだ。
入学式が終わってからそのまま妻の実家に迎い親戚一同で彼女の入学祝いをしてもらった。義父の誕生日も一緒に盛大に行われた。長女は従兄弟(4歳♂、1歳♀)と一緒ずっと遊んでいて幸せそうだった。子供と遊ぶのが大好きね娘達であり、特にこの従兄弟達に会うことを楽しみにしている娘達であるが、長女は受験のために一緒に遊ぶことを我慢させられてきただけにうれしくてしょうがない様子。結局遊び疲れた娘達は眠ってしまい、酒を飲み過ぎた私達はおぶって電車で帰ることが難しいということに気付き、子供達を1晩預かってもらい、これから迎えに行くことになっている。
いよいよ明日からお弁当を持っての通学が始まる長女。最初のうちは会社への通勤途中の駅なので一緒に家を出ようと思っている。
そして二女も地元公立の小学校3年生としての生活が始まる。仲のいい友達と一緒のクラスになれるか?担任の先生は誰になるのか?いろんな期待と不安を抱えながらも常に前向きマイペースで取り組む二女。
そしてこのブログも再スタートということで気分も新たに娘達との戯れと格闘を綴っていこうと思う。
受験を終えて
一般の生活に対して、忘れ物の多さ、集中力の無さ、向上心の低さ、友人との付き合い方などなど、一般常識的な行動が全くできない長女が本当に受験などしていても大丈夫なのか?もしかしたらLDではないのか?という疑問も一方で持ちながらも、しかし、地元の中学校はあまりにもレベルが低すぎて、とてもではないけれども通わせるわけには行かない。
受験に対する思いが強くなると、どうしても生活面の問題を後回しにせざるを得ない状況になり、学校の担任の先生からは生活面もちゃんとできないのだから受験をやめて生活面をしっかりさせることを優先させるべきではないか?とまっとうなことを言われもした。分かっている!そんなことあなたに言われなくても何百回も考えてきた。
何もかも最悪な状況で、妻も精神的な疲労が溜まっていった。
そんな妻と何度も話し合いを繰り返し、無数の喧嘩もしながらも結局受験という道を捨てなかった。
何か彼女が自分で選択し、努力し、勝ち取ることの自信が課題の改善に役立つと信じていた。当然、必死になって勉強を続けたあげく不合格で終わり、地元の公立通いという可能性もあり、その時の彼女に対する悪影響も検討した。でも、中高6年間で彼女が育つ上で一番いい環境を与えてやるのが親の使命だと考えた。我が家からも通勤距離内だし、キリスト教をしっかりと教え込む非常にいい学校を見つけることが出来たので、そこを彼女の第一志望校とし、文化祭、説明会などにこの3年間で10回以上通った。
途中で転塾もしてラストスパートを掛けようと試みたものの、どうも教師陣が予想していたほどのレベルではなく、転塾を失敗したという責任感を感じていた。
その分、自分自信で志望校の過去問を徹底的に分析し、長女のカリキュラムを作成した。
志望校の試験の仕組みを考えて、随分と迷ったけれども、2教科よりも4教科の方が有利であると判断し、理社の勉強法をいろいろと考えた。
国語だけは常に安定している得点源だったので、週末などは塾が出す宿題が終わった残りの時間を全て算数に当てて一緒に勉強をしてきた。そして4科を選択したのに、基本的に理社は宿題以外殆ど何もさせなかった。暗記物に弱い長女に早いタイミングから覚えさせてもすぐに忘れてしまうと判断し、理社の暗記のものは最後の2ヶ月まで待とうと判断した。
国語では、読解能力が高く、失点は漢字や慣用句など知識のところが多いという不思議な子供であった。これは以前にも書いたけれども学校にいる間、図書室の本を全て読破する勢いで読書をしていたということが強く影響しており、幸運であった。国語はある程度ほっといても良い。
なので、私はとにかく算数を徹底的に教えてきた。彼女は、難しいと思った瞬間に筆が止まるという問題を抱えていた。一度思考回路が止まると、他の簡単な問題まで解けなくなってくる。
何でも良いから分かったことを全部一度書け!頭の中で処理をするのではなく、分かったことを一つ一つ書くことによって次の課題が見えてくる!ということを徹底して教え込んだ。これをちゃんとできるようになるのに3ヶ月以上かかった。
理社は、単語カードで暗記物のツールを作成し、白地図と各都道府県の特徴を描き込んだものや理科の出題予想範囲の要点をまとめた。絵を一杯入れて作成するなど暗記しやすいように工夫し、受験直前に渡してあげた。
全国模試などでは、ほとんど成果が現れてこなかった。社会で偏差値22という驚異的な数字を出したこともあった。4科受験とは思えない数値である。正直言って昨年の12月の模試でも彼女は、偏差値30台を叩き出していた。そんな彼女が志望している学校には、それでは全く手が届かない。安全圏と思っていた学校がすでに難関校になってきている。
でもそれは見なかったことにして特訓を続けた。
それは、実は、11月頃から娘に始めさせた過去問で面白い結果が出始めていたからであった。
ある時には、国語70点後半、算数80点という点を取り、塾の先生達を驚かせた。そしてさらにその次の年度の過去問では40点台という彼女らしい点数を取ってくる。
彼女は本番に異常に強いということが分かってきた。勝負所!とハッパを掛けてやらせると非常に高い得点を獲得したりする。でもちょっと油断すると気が緩んで一気にスコアが下がる。相変わらず難しい娘である。
12月から毎週範囲を決めて、社会の暗記物を徐々に始めた。最初は、本屋で見つけてきた市販の地理カード、歴史人物カード。これは、志望校の傾向を見た上で、地理の7割方の知識をカバーできるはずと思い、ゲーム感覚で徹底して覚えさせた。同様に歴史人物カードは、人物名を漢字で書かせる問題が毎年出るので、ここを確実に書けるようにしてきた。驚いたのは暗記を苦手と思っていたのに、私の想像以上に早く、しかも高い正解率で彼女がこの2つを習得していったこと。切羽詰まった冬の時期では彼女の暗記に対する取り組み姿勢が大きく違ったのだ。なんだか良いペースで暗記ものが進んでいった。
また、今になって思えば、彼女が勉強をすることや遊べないことに不満を言わなくなったのもこの頃からであった。
勉強に対する姿勢が『やっと』前向きになってきたと感じることが出来る。遅いと言えば遅過ぎる。でも、本番での異常な強さと少しばかりの前向きな気持ちがあれば何とかなるのではないか?最後のラストスパートに賭けるしかない。
1月のお試し受験は、完全に彼女に自信をつけさせるためのものであり、通うつもりはまったくない学校ではあった。複数回受験が可能な学校だったけど、私は例え不合格でも『受かったよ!』と彼女に説明し、とにかく志望校対策に特化したかった。妻に相談したら『ばれたら大変!』と大反対された。塾の先生も、『なるほど!』と一度は言ったが、『でも、それはさすがにどうだか・・・』と渋っている。でもそんな心配をよそに、何とかちゃんと1回で『合格』を取ってきた。嘘の必要がなくみんな一安心。
そして、私が作った公民の暗記カードと理科のまとめノートで最後を締めくくり、いよいよ受験本番というタイミングになった。
11月の頃の過去問の平均と1月にやった過去問の平均点が国算それぞれで10点近く上がってきていた。また、理社も非常に特化した勉強法で詰め込んだだけなのに、非常に高い点数が取れる時もある。
彼女の志望校は、4回の試験のチャンスがある。
何とかなる!
実は、非常に無責任というか無関心な日程なのだけれども、1月31日、小学校の社会科見学が組まれていた。確かに一クラスで3人くらいしか受験生がいないらしいけれども、それにしたって東京の中学を受験する生徒がいるのになぜそんなタイミングで社会科見学に?
本来であれば、翌日の試験のため朝5時半起きということもあり、万全な体調で行かせるために社会科見学を休ませようと考えていた。狭いバスなのかで風邪でもうつされて帰ってきたらたまらない!そんなことなら暗記物やらせておいた方がいい!
でも、彼女の表情や体調を考えて直前で行かせようと考えを変えた。やることはやったし、最後一日あがいてもしょうがない。
いい気分転換になるはず!何より彼女自身がものすごく喜んだ!
疲れ果てて帰ってきたらしいが、ちゃんと風呂に入れ、すべて受験の用意を済ませて10時過ぎには寝かせた。
会社への通勤途中の駅にある学校まで私が連れて行くつもりだったが、結局妻が行くことになった。妻の実家が学校の近くなので、ちょっとだけ遠回りしておじいちゃんに会って、気合い入れと緊張をほぐしてから試験に臨んだ。
合格発表はPCでも見れるが、私は会社を早く出て学校に向かった。夕方、学校の中の掲示板に貼り出された数字の羅列の中に長女の受験番号を確認し、携帯で写メールを妻に送る。
長女は、電話口に出て号泣していた。
不合格の場合は、翌日の試験の勉強や体調管理もあるので、自宅待機にしていた娘と妻は、急いで学校にやってきて合格手続きを済ませた。そのまま家族で遅めの夕食を外でしながらお祝いをした。
昨日は湯島天神にお礼参りにも行ってきた。節分と重なり、落語の噺家達が投げる豆や餅を一生懸命に取ろうと無邪気に頑張っている長女と二女の姿。小さなビニール袋に入った豆を手に嬉しそうに戻ってくる二人。
今になってやっと受験を無事に終えたことの実感がこみ上げてくる。
体も小さく、華奢な12歳になりたての娘が乗り越えてきた苦悩と彼女がなんとか勝ち取った新しい道。その意味が本当に分かるのはもう少し先になるのかもしれない。彼女のLD疑惑はまだ残っており、生活面での課題を置き去りにしてきたそのツケが今後どのような形で現れるのか分からない。
もしかしたら我々の取り越し苦労になる可能性もなくはない。新しい生活が彼女を少しずつ変えていくかもしれない。
でも、新たに始まる中学生活の中で今まで以上に大きな壁を乗り越えていかなければならないのかもしれない。
妻と話し合い、中学入学前に、彼女の適性を調べるテストを受けることに決めた。
少しずつ少しずつ、社会の仕組みに翻弄されないようにしがみつきながらも、受験を乗り越えてきた経験と自信を胸に、またこれからも長女に添いながら自分達のペースでお互いの人生を歩んで行きます。
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最後に
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4年後には二女の受験が待っている。
姉の受験合格で本人もやる気が一気に高まっている。
長女とは何もかも違う二女。驚くほど向上心が強く、2歳で補助輪なしの自転車に乗ってしまう運動神経、大人もビックリするような状況判断能力を持つ二女は、学校の先生からも信頼されるスーパー小学生。
また、全く異質な問題を抱えながらどこかでブログを書いているかも知れない。
でも今は、やっと訪れた開放感をしばらく満喫したい・・・。
