中学受験って意味あるの? -5ページ目
<< 前のページへ最新 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5

今日の宿題は難しかった。

今夜は、昨夜の寝不足などからヘトヘトになって10時頃帰宅。

すると長女が一人で社会の宿題をやっている。

見ると、ものすごいボリュームが出されている。でも、それってGW前に出されていた内容なのにほとんど手つかず。どう頑張っても彼女一人では終えられないボリューム。

彼女の隣に座り一緒に問題を覗き込む。

丁度、日本の憲法に始まり、国会・内閣・司法の役割などを中心に、日本の交通機関、地方自治、経済、社会保障など、多岐に渡る範囲から虫食い問題が出されていた。

正直言ってこの辺は私自身が学生時代に一番不得手とする分野でもある。正直、この辺だと父親としての尊厳を維持することを諦め、二人で一緒になって教材を片手に必死に虫食われた言葉を探す。

確かにこんなこと習った気がするな~、と思う部分と、私が勉強した時にはまだなかった最近の新しい制度の話までも入ってきているので、当たり前だけどドンドン子供達が覚えなくてはならない事柄が増えていくんだということを実感。

でも、子供と一緒になって勉強するのは先日の算数と言い、今回の社会と言い、とても楽しい。

学生の頃は、単にそれが暗記をしなければならないデータだったのに対して、今では、普段の仕事の中で接している情報であったり、それが直接仕事や生活に関わってくる仕組みが分かったりしているので、理解のスピードがものすごく速くなってたり、深くなっているからだと思う。

先日も、日本の地理を娘に覚えてもらうために各地方別に地図と県別の特徴(特産品、工業、工芸品など)とか山川湖の名前などを描き込んだものをつくった。これが面白いように頭に入る。それは、自分が日本各地を出張などで実際に行ったりしたから過去の思い出と一緒にこうした情報がリンク付けされて入ってくるからだと思う。そう言えばこれ食べた!とか、確かに雨に何度も降られた!とか、飛行機から見えた!とか、いろいろな記憶も蘇りながら自然に覚えてしまった。

なんとか私がここで楽しんで覚えられた事柄を、うまく彼女に伝えていってやりたい!と思いながら一緒に勉強をしている。

多分、高校受験になるとレベルが難しすぎて親が追いついていくのは大変だと思うけれども、中学受験というものをキッカケにしながら、ある程度の年齢になってから小学生レベルの勉強をできるのは、ものすごく自分にとってもいい刺激になっている。

通勤途中に受験本でこんなことを学んだ。

そうだ!

うちは、進学校を目指しているわけではなく、ちゃんと長女にふさわしい学校に入れればいいんだ。

ということは必要以上に高レベルの勉強をすることで無駄に頭を使うのではなく、彼女が目指す学校に入れるレベルの知識をしっかりと身につけさせればいいんだということに今更ながら気が付く。ちゃんと志望校を早く確定し、そこに向けて過去問題などを私自身が繰り返しやってみることで、どのレベルの勉強が必要かを自分なりに理解し、彼女に理解できるようカリキュラムづくりをしていけばいいんだ。

今日、通勤途中で読んでいた本をヒントに、そんなことを考えた。

もう2年以上も受験を続けてきたし、あっちこっち学校巡りもしたし、ある程度彼女に合いそうな学校が見えてきているが本当の意味での絞り込みが出来ていない。早く志望校を固めることで、目標を明確にしてそこに向けた一直線な勉強のスケジュールづくりをすればいいんだ!

こんな簡単なことに気が付く。

ウチの子供のように記憶力が決して良くなく、要領も良くない子供には、その学校の出題傾向をしっかりと把握することと、出題のレベルをしっかりと実感しておくことで、全般的に課せられる宿題の中から彼女がちゃんとやっておくべき問題とある程度無視できる問題とを区分けしてやり、彼女が本来やるべきレベル・内容の問題に時間を割いて徹底的にやればいいんだ。

受験には常識的なことかも知れないけど、私の中では盲点だった。

全体に月内にどんな学校を目指すのか、そのためにどのような受験校のスケジュールを組んでおくのか、ちゃんと家族全員で納得し、モチベーションが上がるようなシミュレーション案を形にしたいと思った。
何を今更・・・ですよね。

こんなんで大丈夫だろうか?

今日も朝から特訓。

でも、やはり算数で躓いています。

彼女の悪い癖は、分からなくなり始めると分からないことにストレスを抱え、思考が止まること。

家で勉強をさせる時は、「分からない」という言葉を絶対に口に出すな!と強く言い続けているのに、油断するとすぐに「わからない・・・・」

今朝から8ページくらいの量をこなさないといけないのにまだ3枚目。一つ一つ基本的な問題だけれども、「え~、どうしたらいいの?」と悠長に悩んでおられる。

一つ一つ解かせるのも大事だけれども、それだと日が暮れそう。少しずつヒントを与えながらなんとなくキッカケを与え、その後ジックリ一つ一つの問題の解き方を説明してやる。
ちゃんと理解できていない時は、数字だけを入れ替えて改めて解かせる。
ちゃんと理解していそうな時は、本人に確認した上で次の問題に。

でも、そんな中で「リッターは立法センチメートルには直せないから・・・」と躓く。
え?お前、まだそんなところで引っ掛かってるの?
愕然として問題文を見ると、リッターのままで充分解ける問題になってて、どこにも立法センチメートルという表現が書いてもない。
多分、過去に似たような問題があった時にリッターと立法センチメートルを書き換えてやったのだろうけれども、そんな細部は覚えているけれども問題の解き方は全く覚えていない。

問題の最中に、求めたいものを□(四角)に置き換えて、問題の条件を□(四角)を含んだ計算式に書いてから最後□を求めていくのだけれども、ちょっと計算式が難しくなると、そもそも何を□(四角)にしたのかを忘れてしまう。
ちゃんと最初に、定義をして表にして書いてあるのに、「わすれちゃった・・・」
改めて、表の意味がなんだったのか、最初から問題を読みながら考え直す。

一時期、計算の基礎を学ばせようと、彼女が使っている問題集から四則計算だけをノートにすべて書き写し、与えてやった。毎朝、それを1ページでもいいからちゃんと継続してやらせるように言い聞かせたが、段々塾の宿題の量が多くなってきて計算問題に手が回らなくなってきてしまった。

ちゃんと計算問題をやっていた時は、模試などでもちゃんと算数で成績が伸びつつあったのに、ここに来てさぼりがちゃんと成績の伸び悩みに見事に形となって現れてきている。

もちろん、計算問題をやらせるように言い聞かせ続けるしかないのだけれども、他の教科でも後れを取っているからついつい計算問題が後回しになってしまう。

夏までに、もっと基本的な計算力を付けておかなければならないが、他の教科の基本的なこともまだまだ不十分。こんなストレスを抱えていると、娘の前に自分の方がまいってしまうのではないかと不安にもなるが、そこは自分を騙しながらやり続けるしかないな~。

後、9ヶ月弱だな~。

なぜ、そんなことが出来ない!と叱ってきたけど・・・。

昨日、午前中に那須から戻り、昼ご飯を食べてからダイニングテーブルで一人塾の宿題を始めた長女。

GW中はたっぷりと宿題が出されると聞いていたが、プリント数枚。(国算理社1~2枚ずつ)

昨日は、国語と理科(彼女の比較的得意とする科目2つ)に取り組んだ。国語は、約1時間も経っているのに全然進んでいない?何?なんで?と聞くと、途中疲れてテーブルに伏せて寝ていたという。
そうか、2階でちょっと家事をして、目を離した瞬間に寝ていたか・・・。遊び疲れか?

そこから隣に座り、一緒になって問題を見てやる。
彼女の課題は、圧倒的にスピードが遅い。
例えば、12番目の問題が終わって次の問題に取りかかる時に、「えっと次は・・・」一度12番目の問題が最後だったのを確認してから、「だから、次は13番!」等とやっている。
それは、12番目の問題を書いている最中に考えて次の問題に取り組んでさえいれば、「お前がロスした数秒が無駄にならない」と教えてやると、一応「うん!」と頷くが、結局、その次も同じことを繰り返してしまう。

これを、早くやろうという気持ちがない!っと決めつけて怒るのは楽だけれども、単純に運動神経の悪い子が何度行っても越えられない壁があるのと一緒で、頭で理解するのと、体が反動する(行動に移す)のが一緒でないように、彼女の場合も分かっているけどなかなか実行できないらしい。

実は、ここの理解ができるようになるのにものすごく時間が掛かった。
なんでもかんでも、「要は、やる気」、なんでも自分がやりたいと思ったことは「やる気、情熱」でクリアしてきた自分にとって、「できないのは、やる気がないから」と決めつけていたけれども、そうじゃないケースもあることが何となく分かってきた。特に、娘の場合がそうだと気が付いた。

実は、塾の先生に話をしに行った時にも「私は粘り強いので、子供が分かるまで言い続けますから!」と自信たっぷりに話す校長がいた。
この先生の自信だと、自分と同じ過ちを犯す可能性があると思い、「多分、他の子供と同じように叱りつけてもそう簡単には治らないと思います。10年以上その方法でやろうとして何も改善されていないので、一番いいのは、叱らずさとし、褒めて育てる以外にはないと思う。」と説明する。

すると、「本当にそんな子に受験なんかさせる意味があるのか?」ということをやんわりと言うので、「そんな娘だからこそ、ちゃんと彼女にあった学校を探したい。多分間違いなく普通の公立では潰されるだけ。こんな娘の一番いいところを潰さないように少しずつでも育てられるような学校を探し、入学させるために受験をしている」と伝えた。

なんとか頭では理解してくれたと思う。後は、先生達の本当の意味での忍耐力と頭の柔らかさだろう。また、何度か塾に通い、先生達と面談する必要性を感じている。

この娘と付き合うには、そんな発想しかないと思い、粘り強く頑張るしかないと自分にも言い聞かせている。

今日は、彼女が不得意とする社会と算数。

早く起きてこないかな?

GWは、混んでいた。

子供達と出掛けた那須。行きは渋滞でとにかく辛かった・・・ので、帰りは渋滞を避けて今朝6時半出発で8時半頃帰ってきました。

3日は混むと分かっていたけれどもどうしても那須に行く前に荷物を取りに行かなければならかったので、早朝6時に家の近くのレンタカー屋さんに行き、予約をしておいた2tトラックに乗り込み、荷物の回収のために一人で出掛けました。

妻と子供達は別隊で、8時半出発で那須に向けて出発。

6時の段階ですでに首都高は赤くなり始めています。そんな中、久々のマニュアル、しかも初のトラック運転に緊張しながらも首都高に乗ると、すぐさま「横浜町田 事故渋滞40km」との表示。

まさに、自分が行こうと思っているのがその横浜町田であり、トラック付属のカーナビと携帯電話の助手席ナビと相談しながらうんざりするほど進まない首都高行くのですが、途中、東名は無理と判断し、246に乗り換えるも、あまり大きな変化もなく、結局予定から1時間遅れて現地着。
そこで、大きな荷物をGW中だというのにわざわざ手伝いに来てくれた仕事仲間達に手伝ってもらってトラックに積み込み、家族が先に向かった那須に改めて出発。

都内に向けて戻っていくのは比較的空いてはいるけれども決して順調とは言えず、環八から外環を使って東北道に出て、渋滞にしっかり飲み込まれながらやっと目的地の那須に到着。この時既に16時半。

既に着いていた義弟などにも手伝ってもらい、トラックからものを降ろし、そのまま塩原駅までトラックを返却に行きます。オフィスが18時に閉まるというのと、トラックを半日(12時間)しか借りてないので、延滞を避けるために那須の田舎道を娘達2人と甥を乗せてひた走る。
最後、レンタカー屋さんに着いたのは本当に数分前。

帰りは義弟の車の助手席でその日一日の永かった運転について考えながらくたびれきって帰ってきました。
実際にトラックを運転していた時間、おそらく11時間ほど、今回のレンタカー走行距離、わずか307km。
その時間と距離のギャップが目に痛かった。

そんなに無理して運んだ「もの」がこれ。



とても大きなSMOKERです。

早速みんなで、豚バラ(ベーコン)、豚肩ロース、鶏のささみ、カマンベールチーズ、サーモン、イカ、向こうで釣ったニジマス、など、いろんなものをいっぺんに燻製しました。
この「いっぺん」にというのが優れもので、まだまだサイズ的には余裕でした!

味は、文句の言いようがなく、子供達も張り切って食べてくれました。

そんなこんなのGW。3日間は全く勉強には目も向けず、遊びまくった長女。本日は、午後からみっちり勉強再開です。塾の宿題をこれまた予想以上に時間を掛けて取り組んでいます。

これからまた勉強モードに戻って、この後は本当に受験に向けて走り続けるしかないです。

長女、ちゃんと頑張れよ!(遊びモードから一番抜け切れていないのは実は父親かも知れないです。)

いよいよ明日からGW!

世の中が、先週末からGWと言っている中、わが家にもつかの間のGWというものがやってきました。

受験に取り組む我が家にとってこんなに悠長なことをやっていてる余裕は当然ないのだけれども、本人にも最後の休暇だと伝え、この休暇を取ったからには受験日まで徹底してやることをやれ!と喝を入れているところです。

と言っても、地方に遊びに行けば言ったなりの勉強法もあると思っている。

パーキングエリアでのお土産もそう。お茶の名産地に行けば様々なお茶のお菓子、蕎麦、和菓子などに巡り会える。単に、「おいしい!」という感想であれば誰にでも出せるけれども、「そうか!茶どころだからこそこんなに茶の商品が多い」と言うことに気が付く。
もしくは、都道府県名など高速道路に出てくる地名を見せることでなんとなくの地理感を紙の上ではなく、実際の距離感で分からせることもできたりするので、日本地図を片手に移動する。
橋があれば川の名前から場所を探させたり、畑があれば野菜の種類を当てさせたり、極力食事は地元の名産品を食べさせたり、と言った具合。

そう、何事も勉強になるし、意識しなければ右から左に流れる情報にもなるし、要は、親の心掛け?

マブタが腫れるほどの頑張りに・・・。

今日は、夜10時過ぎまで会社で仕事をし、その後帰宅途中に自宅に「蛙メール」を。

すると、長女が9時半には終了予定の塾でまだ勉強をしているとの連絡があった。

その塾は、私の通勤途中にあるため、帰りに立ち寄って娘を連れて一緒に電車で帰るという方法もあったが、こんなに遅くまで頑張っている娘を電車に乗せて帰るのは大変なので、妻に車で迎えに行ってもらうようお願いし、自分も直接家に帰った。
なんと、疲労からか、マブタが腫れ上がっていて、真っ赤になっている。
こんなに頑張っている娘に少し感動。

家に帰ってきたばかりの娘になんでこんなに遅くまで自分の判断で残って頑張ったのか?と聞いてみると、「なんとなくやりたかった」との返事。

そうか、少しややる気が出てきたのか?

「いやいや勉強するのと、自分から頑張って勉強するのとではどっちがはかどる?」
と聞くと、当然
「自分で頑張る方」
と答える。

「そんなやる気が大事なんだよ。やろう!という気持ちがあると身に付くんだよ!」

いやいや勉強している時に何度も伝えてきたこの言葉も、今日みたいな時には彼女にも素直に入るみたいだ。

満面の笑顔でうなずいていた。

こんな笑顔を見ていると、彼女に絶対に幸せな教育環境を与えてあげたいと強く思ってしまう。

お宅の娘さんは、トットちゃん?

昨夜は、遅くまでいろんなことやっていたので、朝、のんびり起きようと思っていたら、早くから二女が布団に飛び込んでじゃれてきた。眠い頭を強引に起こし、朝食をつくりながら今日の予定をみんなに聞くと、長女は今日塾でテストがあるという。

今朝、テストがあることに気が付いたみたいで、まったくテストの準備をしていないらしい。テストは午後なので少なくとも午前中は勉強が出来る。可能な限り(たかが知れているが)テストの範囲を見直すように言うと「うん!」と言いながら、宿題として出されている国語の残りを始めた。

娘は、4教科の中で国語だけがちょっと他の教科よりも得意である。といっても、偏差値50には届かないのだけれども。
そこで、国語の文章題を始めたのだろうけれども、こんなに土壇場でやっつけ勉強をするのだから私からすれば、理科・社会のような教科の出題範囲を読み直して、暗記物を少しでも覚えた方が点数になると思い、そのように娘に伝える。

すると、家の中をあっちこっち走り回りながら、「社会の教科書を塾に置いてきてしまった」と言う。
もう、問題外である。しょげている娘に「だったらさっさと理科を始めろ!」とつい怒鳴ってしまう。

本当に、要領が悪い、忘れ物が多い、自主的に行動が出来ない。

これは、今に始まったことではない。

幼稚園の頃からその片鱗はあった。
しかし、まだ、幼稚園児だから、まだ低学年だから、と焦りも感じずに、いつかちゃんと他の子供達と同じように行動が出来ると信じてきた。
しかし、その間も学校の担任から「お宅の娘さんはトットちゃんみたいなところがあります。」と言われ、妻がショックを受ける場面もあった。

最近、トットちゃんはLD(Learning Disability)だった。ということがいろんな書物で書かれるようになった。
授業中、クラスの進行とは関係なく、自分が興味を示したことに没頭してしまい、ついつい先生や他のクラスメイトに迷惑を掛けてしまう。
開閉式の机にものを入れたり締め対することがうれしくてしょうがなく、授業中に何十回と教科書、ノートなどを入れたり出したりを繰り返し、その度にバタンバタンと机を開け閉めする。
学校の前を通りかかったチンドン屋に声を掛け、教室の前で一曲披露するようにリクエストをしてしまう。

ここまでわかりやすい事例はうちの娘にはないが、もしかしたらLDかもしれないと思わせる場面には何度も何度も遭遇している。
4年から通い始めた塾のおかげで、非常にレベルの低い公立小学校の中ではテストの点数はほぼ満点を取って帰ってこれるが、最初に塾で開催したテストでは偏差値25などを平気でたたき出す。
偏差値75を出すことの難しさを知っていると、逆に25という数字が何を意味するのかも分かる。

本当に、こんな娘に受験ができるのだろうか?あと1年もないこんなタイミングで、まだ忘れ物やズルで宿題をさぼっているような状態なのに、娘を彼女に合った学校に入れてやれるのだろうか?

こんなことを悩みながら日々テキストに向かわせている。

他人を受け入れる力量なのだろうか?

わが家の長女は、大人受けが非常によい。

大人のように計算された台詞をしゃべることなく、その奇想天外な発言は、子供らしさに溢れた表現に満ちている。
変に物怖じせずに、自分がやりたいと思ったことをすぐに行動に移す純粋な姿や、周囲の視線を気にせず自分の欲望に没頭できる様子は、普段他人の目を気にしながら生き続ける大人には新鮮に映る。

多分、そんな理由から私の周辺の大人達から「将来大物になる」と太鼓判を押される。

しかし、裏を返せば、大人のように心に余裕のある人物からすれば魅力に見える点も、「空気が読めない」「自分勝手」「計画性がない」などと批判の対象になる。

子供同士の世界でも、だれもが常識的に遠慮することも「面白ければやる!」という娘の姿を「遊びの天才」と受け取る子供もいれば、「馬鹿な子」の一言で片付けられて虐めの標的にされることもある。

その、後先考えない発想や行動は、彼女にとって大きなの大きな武器であり、同時にハンディキャップでもある。

こんな娘に受験させることが本当に正しいのかどうか、悩みながら2年近くも受験を目的とした塾に通わせ続け、来年の本番に向けていよいよ本格的に走り出す。

でも、こんな娘をちゃんと受け止めてくれる環境を得るために、無理を承知で学力を強制的に身につけさせるしかないと信じてもいる。

最初、25しかなかった偏差値もなんとか運さえ良ければ40を越えられるレベルまで持ち上げてきた。まだまだこれからが勝負である。

今朝、会社を遅刻した。

最近、日常茶飯事となっているが、またしても長女が通学時間になっているというのに家の中を走り回っている。
その後ろからは娘を叱る母親の声も聞こえる。

あぁ、またか・・・。

何度も見た光景とは言え、慣れるものではない。

何で怒られているのかを想像しながら、なんとも悲しく、寂しい気持ちになる。

自分も会社に行かなければならない時間だったけれども、このままの気持ちでは会社なんか行けない。

妻も精神的に限界まで来てしまっている。
当然、怒られ続ける娘のストレスも限界に達しているのではないか?

世間一般の男どもがそうだからと勝手に決めつけ、子供の教育の大半を妻に押しつけてきた。
彼女からすれば「大半」ではなく、100%対0%だと言う。 まぁ、そこはまだ冷静に考えれば私が全く教育に無関心だったわけではないことを分かってくれるような気もするが、決して威張れるほどのことをしてきた訳ではないことは自分自身が一番分かっている。

だからこそ、変わる決意をした。

ウチの娘は非常に変わった子供であり、彼女に受験がふさわしいかどうかは正直分からない。けれども、あんな個性的な子だからこそ、その彼女をしっかりと受け入れ、受け止めてくれる学校が必要だと強く感じている。

ブログはいつまで続くか断言できないけれども、少なくとも受験は娘にとって必要なものだったと言えるよう、父親として精一杯の努力をしたいと考えている。
<< 前のページへ最新 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5