負傷から3年半、2日朝彼は自宅で自殺というニュース。
このブログでは初めて書きますが、
2005年当時、JR西日本の体制について時間主義スピードアップの体質ってどんなもんか?
というような記事を書いた時、被害を受けた方からトラックバックしてもらった事がありました。
それから、JR西日本の現場の方には真摯な方もいるんだなぁとか、
遺族の気持ちも理解しようとしないお偉いがた、事故後のPTSDとの葛藤など、
彼のブログからわずかですが、知ることができました。
ですが、近年は自分のブログが変わるように、自分の事でいっぱいいっぱい。
&不条理増加世の中に感じてあえての楽観主義で生きていました。
たまたま、
本当にたまたま沖縄一回目の自らの旧ブログをさっき読んでいて、
リンクでふと彼のところへ行ってみたら、未遂をした記事が2日の夜中にアップされていた。
ドキッとした。でも、そこには生きなくてはいけないのだ、と最後に綴られて安堵したのですが。
それから、
彼が決行してニュースになった本人ということに気がつくのに、
随分時間がかかった。でも、コメントを寄せている言葉とか、昔のログとか読んで・・
息が詰まりそうになった。
あの事故は、全然まだ何も終わっていなかったのだな。
彼の苦しくて楽になりたいという気持ち。
平たく言えば、「もう直っただろう、いつまで甘えている」
というJR西日本の根っこはやはり変わっていないのだろう。
自分が今、この記事を書くことがどういうことなのか?
でも、じゃあ何も書かないでいるのはどうなんだろう。
重くても暗くても、記しておきたい。
少なからずとも、彼と繋がりがあったブロガーとして。
そして不条理に対して。
死ぬなというのは簡単だが、生きるのが苦しいだけになると
やっぱり誰でも楽になりたいと願うのではないだろうか。
ちょうど、オーラの泉で松田聖子の父親が、死に際に苦しくて
早く逝きたいと思っていたんだよ、と江原さんが伝えるのを数日前見たばかり。
『命』に対して、
じゃあ死ねばなんて言えないし、生きろとも無責任にも言えない。
確かな事は、
生きている人間は、みな死に向かって歩んでいる日々であるということ。
だから、自分の”今日の精一杯”しかないなとしか言えない。
今だけ。
ご冥福をお祈りします。