昨日のお勉強の生徒の子達と
聴力チェックをした。
YouTubeなんかによくあるやつで
モスキート音が流れていて
どこまで聴こえるかという例のあれ。
みんな10代の子達だから
おっさんとどれくらいリアルに違うのか
試したところ、、
衝撃的だった。。。
自分には全く聴こえていないのに
彼らは、『耳痛ッ!』とか
言っているのである。
おっさんである自分だけが
その音を感知できない、、、
え?聴こえない?とか
みんながあーだこー言う中
一人ポツンと立ちすくみ
何の事ですか?と外国人のやるような
ジェスチャーをして取り繕った。
その時、感じたのは
えェェェェ😱
同じ地球の
同じ国の
同じ空間に居ながら
世界が違う…
だった。
The 老化
が実際に目の前で
起きるとそれはそれで衝撃的だった。
ホラー映画の逆版みたいで
みんなが幽霊の声にパニックってる中
一人、は?
みたいな、
はたまた
みんながUFO🛸だぁぁぁぁ!と
右往左往しているのに
ん?どこ? みたいな。
この悲しいような
自分に呆れるような
世界の傍観者になったような
感覚が
斬新で楽しい。
ちなみに、せいぜい四十代の
感知しかできなかった。
では、おっさん達が彼らより感知できる
ものとは何なのか、それをずっと
考えていると、行き着いたのが時間。
鼓膜を使用している時間が短く
鼓膜が新しいので聴こえる。
その真逆のために聴こえない。
この違いは『時間』という事で
おっさん達は皆、若者達よりも
圧倒的に時間を味わっている。
なのでこの時間から得られたものは
何だろうかと思考を巡らせると
その時間を費やした際に生まれる
経験がおっさん達には聴こえていて
彼らには聴こえにくいものだと
思ったというお話。
何もしていないとか
同じ事しかしてきてないとか
言うおっさんもたまにはおりますが
そんなに悲観する事はなく
皆、時間をそれぞれの命という名の
舌👅で味わっているわけで
美味いの不味いのと感想を延べている
だけのこと。ちゃんと等しく味わう
ことになってるではないか。
だからと言って
若者達に
おっさん達の
見えている世界を
押しつけるってのも
粋じゃ無いね。
昨日、
彼らに聴こえておっさんには
聴こえないモスキート音は
どうあがいたって聴こえなかったし
それをおっさんに聴こえないのか?と
詰められても困った顔しかできないのだから。
という事で私を筆頭に
おっさん達は
これまで費やした時間とこれから
費やす時間を経験という名の
味付けを加えて味わうのみ。
その味付けは自由だし
そのまま食してもよし。
