前回の記事「毒殺で死刑とされたのが、じつは「溺死」だった」の続きを。
トリカブト入りあんパンを食べさせて、トリカブト中毒で殺したとされて死刑判決を受けている八木茂さん。
ところが、再審の手続の中で裁判所が行った鑑定で、佐藤修一氏の死因は溺死と判断されるとの鑑定結果が出たことは、前回の記事で書いたとおり。
この記事についての感想、コメントを見ていたら、
「とはいっても、トリカブトが体内から出てるんでしょ。因果関係の錯誤でしょ。」
「とはいっても、トリカブトを食べさせられて瀕死になった人が溺れただけだから殺人でしょ」
といったものが見受けられた。
おそらく多くの人が同じような感想を持っているだろうから、そのような感想をお持ちの方に事実をお伝えしよう。
この事件では、人が死ぬほどのトリカブトの毒(アコニチン系アルカロイド)は佐藤氏の体内から出ていません。
これは八木さんを死刑にした判決自体が認めていること。判決でも「本件では、科学捜査の結果によっても、佐藤の死因がトリカブト中毒によるものと一義的に明らかになっているわけではない」とされているのです。
そうです。体内から人が死ぬほどのトリカブト毒が出ていないにもかかわらず、トリカブト中毒で殺したとして死刑判決が下されているのがこの事件なのです。
もう少し詳しい説明を。
トリカブト毒の正体であるアコニチンのヒト致死量は3~4mg前後とされている(1~2mgだとする説もあれば6mg以上とする説もあるが、だいたいこれくらい)。
ところが、佐藤氏の臓器から検出されたアコニチンの量は腎臓や肝臓などの組織1gあたり、0.1ng(ナノグラム)(=100億分の1グラム)とか、0.2ng程度である。
これを佐藤氏の体重を参考に、この濃度で全身にアコニチンが行き渡っていたとしても、0.005mg未満のベンゾイルアコニンと、0.01~0.13mgのベンゾイルメサコニンだけである。
どう見ても致死量には至らない。
しかも、この鑑定の手法そのものにも多くの疑問がある。臓器にこのような成分があるかどうかを判断するのはガスクロマトグラフという方法を用いるのだが、佐藤氏の臓器のガスクロマトグラフの結果は、そもそもアコニチン系の成分と判断できるかどうかもかなり際どい程度のものであった。このことも判決は認めている。
このように、この事件ではそもそも佐藤氏の体内から致死量にいたるトリカブト毒は出ていないのだ。
ではなぜ八木さんは「トリカブト入りあんパンを食べさせて、トリカブト中毒で殺した」として死刑判決を受けたのか。
次回は、この事件の唯一の証拠である武まゆみ証言について書こうと思います。
他に冤罪事件はあるかもしれないが、八木茂だけは冤罪ではない。そう思っている人はいるだろう。
溺死だという鑑定が出た、この事実は見て見ぬふりをしたい。そう思っている人はいるだろう。
これまでの死刑判決、さいたま地裁の再審棄却決定は決して事実を正面から見ることをせずに、八木さんに死刑を言い渡した。
しかし、いま東京高裁で行われている即時抗告審はこの事実に真っ正面から向き合っている。
マスコミは、いつまでも事実から目を背けずに、なぜこのようなことになっているのか、この事件の唯一の証拠である武まゆみ証言はどのようにして生まれたのか、検察官と武まゆみとの間に何があったのか、いいかげんそこに目を向けるべきだ。
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