空気を読まずに生きる

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弁護士 趙 誠峰(第二東京弁護士会・Kollectアーツ法律事務所)の情報発信。

裁判員、刑事司法、ロースクールなどを事務所の意向に関係なく語る。https://kollect-arts.jp/

以下は季刊刑事弁護(現代人文社)119号 検証刑事裁判「大川原化工機事件の身柄判断を検証する」として書いたものを、現代人文社からの許諾を受けて転載するものです。

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1.はじめに

 本誌第116号の季刊刑事弁護レポート「大川原化工機事件・人質司法の記録」において、大川原化工機事件における身体拘束についての裁判官の判断を客観的に記載した。

 大川原正明社長、島田順司取締役、相嶋靜夫顧問が謂れのない嫌疑で逮捕、勾留され、起訴後も約11か月もの間身体拘束が続き、その間に相嶋氏がガンで亡くなるという取り返しのつかない結末を招いたのは、本件を担当した裁判官たち[1]が誤った身体拘束をする判断をし続けたからに他ならない。そして裁判官たちが徹頭徹尾身体拘束をするとの判断をした最大の理由は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」(勾留について刑訴法60条1項2号、保釈について刑訴法89条4号、以下必要に応じて「罪証隠滅の相当理由」と略する)である(なお、本件では最終的になされた保釈を認める旨の決定においても、罪証隠滅の相当理由はあるとされていた)。

 そこで、本稿では、本件のような誤った身体拘束の判断を二度と繰り返さないために、逮捕状発付の場面から勾留段階、起訴直後、公判前整理手続の各段階において、いかなる事情が「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」として主張され、それを裁判官たちが誤って受け入れてしまったのかを検証する。

2.逮捕状発付段階における罪証隠滅のおそれ

 2020年3月10日付け警視庁公安部外事第一課警部宮園勇人名義の逮捕状請求書には、「被疑者の逮捕を必要とする事由」として「被疑者は共犯者らと違法性の認識について通謀し否認していることから、証拠隠滅のおそれや逃亡のおそれが認められる」と記載されている。これを受けて、同日、東京簡易裁判所裁判官岡野清二は大河原社長ら3名に対する逮捕状を発付し、同日執行された。

 刑事訴訟法では逮捕状発付の要件として「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認める」ことをあげるが、一方で、「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」は逮捕状を発しないことができるとされている(199条2項但書)。その判断基準として、刑訴規則143条の3が「逮捕の理由があると認める場合においても・・・罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない」と規定しているとおり、逮捕状発付段階でも罪証隠滅のおそれが問題となる。

 そしてこの点について、逮捕状請求書の「被疑者は共犯者らと違法性の認識について通謀し否認していること」をもって罪証隠滅のおそれを認定したのだとすれば、まさに否認していることそのものが罪証隠滅のおそれを認めるべき事情とされ、逮捕状発付につながったということとなる。

 本件のように、実は捜査機関が「事件をねつ造」[2]し、被疑者にそもそも犯罪の嫌疑自体がなかったにもかかわらず、そのような謂れのない嫌疑を否認する被疑者に対して、否認していることそのものが罪証隠滅のおそれだとして逮捕状発付につながるのが現代の令状発付実務であり、この事件はこのような判断がいかに誤りであるかを示している。

事実を否認していることを、罪証隠滅のおそれを肯定する事情として身体拘束することは誤りなのである。

3.勾留段階における罪証隠滅の相当理由

 その後、2020年3月12日付け検察官による勾留請求を受けて、同月13日に東京地方裁判所裁判官世森ユキコは大川原社長らに罪証隠滅の相当理由があること等を理由として勾留決定をした(刑訴法60条1項2号、3号)。さらに弁護人からの準抗告申立てを受けて、同月17日東京地方裁判所刑事第11部(裁判長裁判官吉崎佳弥、裁判官井下田英樹、裁判官池田翔平)は、大川原社長らに罪証隠滅の相当理由がある等として準抗告棄却決定をした。

 この段階の身柄判断において、罪証隠滅の相当理由が認められる要素として裁判官たちがあげたのは、①本件事案の性質及び内容、②被疑者や共犯者、関係者の供述状況、③被疑者及び共犯者の同会社内での地位、④捜査の進捗状況(上記準抗告棄却決定より)である。

 まず、①本件事案の性質及び内容とは何を指しているのであろうか。本件事案は、噴霧乾燥器を経済産業大臣の許可を受けずに中国に輸出したというものであるが、この事案の性質及び内容がいかなる理由から罪証隠滅の相当理由を肯定する方向に結びつくのかは不明である。考えられるのは、経済安全保障政策という国の施策が問題となる事案であるということ、噴霧乾燥器という精密機械のスペックが問題となり、裁判官もすぐには内容を理解できないこと、中国という日本以外の国家が問題となること、外為法違反という日常的に目にしないような珍しい事案であるということなどが考えられるが、いずれも罪証隠滅の相当理由を基礎づける事情になりえないことは明らかである。しかし、裁判官たちはこのような「事案の性質及び内容」もまた罪証隠滅の相当理由を肯定する方向に解釈したのである。

 次に、②被疑者や共犯者、関係者の供述状況についてであるが、大川原社長らが逮捕される1年以上前から、大川原社の社員ら関係者は捜査機関からの任意聴取の要請に応じ、延べ250回以上もの事情聴取が行われてきていた。その中で、大川原社長らは、本件噴霧乾燥器のスペックなどからして、経産省の輸出許可が必要なものではない旨(すなわち被疑事実を否認する旨)の供述をしていた。つまり、関係者の供述はほぼすべて任意捜査段階で収集済みなのである。そして、大川原社長らは、逮捕後は黙秘権を行使した。このような供述状況を受けて、「被疑者や共犯者、関係者の供述状況」から罪証隠滅の相当理由を認めたということは、大川原社長らが被疑事実を否認する旨の供述をしていること、逮捕後は黙秘権を行使していることそのものから罪証隠滅の相当理由を認めたと評価せざるを得ない。

 弁護人は準抗告申立書において「被疑者の身柄を拘束して少なくとも事実上の苦痛を味合わせ、捜査機関の自由自在かつ恣意的な時間配分による取調べを強行し、「説得」の名の下に弁解を不当に抑圧して放棄させ、そして検察官の見立てどおりの自白を獲得することが本件勾留請求の目的である。それ以外の目的は一切ない」と極めて的確に主張していたにも関わらず、それでも裁判所は「被疑者や共犯者、関係者の供述状況」を罪証隠滅の相当理由の事情としたのである。もし大川原社長らが虚偽の自白をしていれば、裁判所は罪証隠滅の相当理由を認めなかったのではないだろうか。これこそが人質司法の実態そのものである。

 また、③被疑者及び共犯者の同会社内での地位についてであるが、本件では大川原社長ら会社のトップの立場にある者の勾留が問題となっていることから、他の従業員たちに働きかけて、彼らの供述を歪める可能性を罪証隠滅の相当理由を肯定する事情としたのであろう。しかし、本件のように会社の事業そのものに嫌疑がかけられ、社長など会社の上層部が被疑者になる事件は決して珍しくはないところ、そのような立場や地位をもって罪証隠滅の相当理由とすることもまた誤りと言わざるを得ない。もしこの理屈が通るならば、企業犯罪が問題となる事件においては、常に社長ら立場が上の者には罪証隠滅のおそれがあることとなる。このような裁判所の判断の前提として、被疑者というものは口裏合わせ等の罪証隠滅行為を行うものだ、との偏見があるように思えてならない。具体的に偽証を教唆するなどの罪証隠滅の具体的な事情を指摘できる場合は格別、そうではない場合においてこのような「地位」に着目して罪証隠滅のおそれを判断することは誤りである。

 さらに、④捜査の進捗状況については、おそらく逮捕直後でありこれから多数の者の取調べを行う段階ということを言いたいのだろうが、捜査の進捗状況を、被疑者の罪証隠滅の相当理由の判断要素とすること自体が大いに問題である。加えて、本件においては1年以上もの間、任意捜査が行われた挙げ句の逮捕であり、この期に及んで「捜査の進捗状況」を罪証隠滅の相当理由の判断要素とすることはおよそ合理的な判断とは言えない。

 結局のところ、本件における勾留段階での罪証隠滅の相当理由についての判断は、身体拘束をして自白を得たいという捜査機関側の事情を裁判所が慮って罪証隠滅の相当理由という要件にこじつけて勾留を認めたものと言わざるを得ない。本来であれば、すでに1年以上もの任意捜査を経ての事件であり、社長ら会社関係者が犯罪の成立を否認し、黙秘権を行使している状況に鑑み、罪証隠滅の相当理由は認められず、むしろ身体拘束下で取調べを継続することは虚偽自白を誘発するおそれがあるとして勾留却下すべきであったのである。

 この勾留段階で大川原社長らの勾留を認めた裁判官の責任は極めて重い。ここで勾留を認めなければ、全く無実の人が11か月もの間身体拘束され、またそのうちの1人が命を落とすという取り返しのつかない結果は回避できたのである。そして、少なくともこの事件においては、検察官の勾留請求を却下することは十分に可能であったと言うべきである(もしこの事件において大川原社長らの勾留請求を却下することが現実的に期待できない令状実務なのだとすれば、そのような令状実務は何かが根本的に誤っているということである)。

4.起訴直後の段階における罪証隠滅の相当理由

 大川原社及び大川原社長ら3名が外為法違反で最初に起訴された直後である2022年4月6日に弁護人は大川原社長ら3名の保釈請求をした。これに対し、同月8日、東京地方裁判所裁判官遠藤圭一郎は、保釈却下決定をした。その理由は、刑事訴訟法89条4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある)であった。

 この保釈却下決定に対して弁護人が準抗告を申し立てたところ、同年4月15日、東京地方裁判所刑事第8部(裁判長裁判官蛭田円香、裁判官坂田正史、裁判官島尻大志)は、刑訴法89条4号に該当するなどとして準抗告を棄却する決定をした。

 ここで裁判官たちが罪証隠滅の相当理由の根拠としたのが、①事案の性質・内容、②見込まれる争点、③証拠構造であった(上記準抗告棄却決定より)。

 まず、①事案の性質・内容についてであるが、これは勾留段階での罪証隠滅の相当理由のところでも問題となったものであるが、何を指すのか判然としない。いずれにせよ、本件のような事案の性質・内容を罪証隠滅の相当理由を肯定する事情として用いたこと自体が判断を誤らせたのである。

 次に、②見込まれる争点についてであるが、この段階で見込まれていた争点は、問題となった噴霧乾燥器が政省令で定められた要件を満たすかどうか、そのことについての被告人らの故意や共謀があったのかといった点であった。これについても、これらの見込まれる争点がいかなる理由から罪証隠滅の相当理由に結びつくのか不明である。しかし、本件においては、噴霧乾燥器が政省令で定められた輸出にあたって経済産業大臣の許可が必要な要件を満たすこと自体を争い、また噴霧乾燥器がそのような要件を満たすことの認識や共謀を争わないことは、大川原社長らの立場からしてもありえず、このことをもって罪証隠滅の相当理由を肯定するのだとすれば、結局のところ公訴事実を否認し、無罪を主張していることをもって罪証隠滅の相当理由を肯定したと評価する他ない。そしてこの判断が誤りであったことは、この事件の顛末からしても明らかである。

 また、③証拠構造についてであるが、これも何を指すのか判然としない。言えることは、本件は被害者や目撃者の供述といった直接証拠があるタイプの事件ではなく、上記の各争点について状況証拠を積み上げる立証を検察官は予定していたということである。しかし、だからといってなぜそのことが罪証隠滅の相当理由に結びつくのかは不明である。

 起訴直後の保釈請求に対する裁判所の判断を見ると、裁判官は大川原社長ら被告人たちが無罪主張をする以上、起訴直後の段階では保釈をしないという結論が先にあり、その結論を正当化するためにさまざまな事情を罪証隠滅の相当理由に結びつけて判断を下したと見る他無い。本件のような過ちを二度と繰り返さないためには、「無罪主張をする以上、起訴直後の段階では保釈をしない」という考えそのものを捨て去る以外に方法はない。そうしないと、全くの無辜を長期間にわたって身体拘束し、無辜が命を落とすという過ちが今後も繰り返されることとなる。

5.公判前整理手続段階における罪証隠滅の相当理由

 その後、公判前整理手続が進捗するたびに、弁護人は幾度となく保釈請求をしたが、いずれについても罪証隠滅の相当理由があることを理由に保釈請求は却下され続けた。

 このうち、相嶋氏の体調が悪化し、がんであることが明らかとなり、勾留執行停止が認められた後である2020年12月1日の保釈請求と、その次の保釈請求である同月25日の保釈請求についてここでは取り上げたい。

(1) 2020年12月1日付け保釈請求

 この時点での公判前整理手続の進捗状況は、弁護人はすでに予定主張記載書面を提出しており、本件噴霧乾燥器が政省令で定められた「滅菌又は殺菌をすることができる」という要件を満たすかどうかについて、同要件の解釈方法として国際的に合意されたものと同一に解すべきこと、それを前提に本件噴霧乾燥器は要件に該当する客観的性能を有せず、必然的に本件噴霧乾燥器が本件要件に該当することについての故意も共謀もないとの主張を明示していた。さらに、政省令で定められた「滅菌又は殺菌」の解釈について検察官と対立があるが、検察官の採用する解釈を前提としても、本件噴霧乾燥器は同要件を満たさない旨の主張も明示していた。

 このように12月1日付け保釈請求は、本件の争点がすでに概ね整理された段階での保釈請求であった。

 ところが、同月4日、東京地方裁判所裁判官三貫納隼は、大川原氏、島田氏、そして相嶋氏の3名いずれについても、法89条4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある)に該当するなどとして保釈請求を却下した。

 この保釈却下決定に対して弁護人は準抗告を申し立てたが、同月17日、東京地方裁判所刑事第1部(裁判長裁判官守下実、裁判官家入美香、裁判官一社紀行)は「本件の争点及びこれに対する証明予定事実記載書面等により明らかにされた検察官の立証構造、会社関係者の供述調書を含む大半の請求証拠が不同意とされていること等に照らすと、被告人の当時の認識等に関し、共犯者や会社関係者に働きかけるなどの罪証隠滅の具体的可能性が認められる」として、準抗告を棄却した。

 ここで裁判官たちが罪証隠滅の相当理由の根拠としたのが、①本件の争点、②検察官の立証構造、③大半の請求証拠が不同意とされていること、である。これらを理由に、大川原社長らが、当時の認識等について共犯者や会社関係者に働きかけるなどの罪証隠滅の具体的可能性が認められるとしたのである。

 公判前整理手続が進み、争点も整理された段階での保釈請求において、上記①から③の観点から罪証隠滅の相当理由を認めるとはどういうことであろうか。想像するに、被告人らが無罪を主張し、検察官は多数人の供述によって公訴事実を立証する計画を立てているところ、弁護人はその供述調書の大半を不同意にしているために多数人の証人尋問の実施が予定されており、その多数人の証人に対して働きかけ、偽証教唆等の罪証隠滅行為をすると疑うに足りる相当な理由があるということを言いたいのであろう。

 しかし結局のところ、このような裁判所の判断は、無罪主張をしていることを理由に罪証隠滅の相当理由を肯定しているに他ならない。さらにその背後には、無罪主張をする者を保釈すれば罪証隠滅行為を行うものだ、との極めて偏った、実証的根拠の全く無い予断があるとしか考えられない。裁判所の判断には、大川原社長らが、具体的にどのような罪証隠滅行為を行うと疑うに足りる相当な理由があるのかについての、具体的な説示が一切ない。

(2) 2020年12月25日付け保釈請求

 上記保釈却下決定後、従前の証拠意見を前提とした場合に検察官が請求する証人予定者を明らかにしたことから、弁護人はその一部について供述調書に同意する旨の証拠意見の変更をした。その結果、尋問が実施される見込みの証人の人数が減った。

 このような経緯のもと、弁護人は2020年12月25日付けで保釈請求をした。これに対し、同月28日、東京地方裁判所裁判官鏡味薫は保釈許可決定をした。

この保釈許可決定に対して検察官が準抗告を申し立てた。それに対し、東京地方裁判所刑事第6部(裁判長裁判官佐伯恒治、裁判官室橋秀紀、裁判官名取桂)は原裁判取り消し、保釈請求を却下する旨の決定をした。そこで裁判所が罪証隠滅の相当理由があるとしたのは、①本件事案の性質及び内容、②被告人及び共犯者らの供述内容、③被告人と関係者らの人的関係という事情からであった。これらの事情から、大川原社長ら被告人が、関係者に働きかけるなどすると疑うに足りる相当な理由があるとした。加えて、公判前整理手続の進捗状況について、「いまだ争点に関する検察官立証及び弁護人立証の予定が明確になったとまでは言い難く・・・前記罪証隠滅の現実的なおそれが大きく低下したとは認められない」とも判示した。

 しかし、この準抗告審の決定からは、なぜ鏡味裁判官がした保釈許可決定が誤りなのか、罪証隠滅の相当理由についてどのような点についての評価が判断を分けたのか、何もわからない。結局のところ、この決定もまた、無罪主張をしている被告人(しかも会社の社長という立場)といった形式的な理由だけから保釈を認めないという結論が先にあり、その結論を正当化するためにさまざまな事情を罪証隠滅の相当理由に結びつけて判断を下したのである。

(3) 公判前整理手続中の保釈の判断について言えること

 昨今、無罪主張事件において、公判前整理手続が進行するにつれて保釈が認められるケースがないわけではない。しかしその多くのケースでは、公判前整理手続が始まった段階よりも、争点が絞られ、検察官請求の供述調書の一部について同意意見を述べて証人(予定者)の人数が限定され、その上で罪証隠滅防止のための具体的な方策を弁護人が提示してようやく認められるという流れである。しかしこれもまた、一種の「人質司法」である。弁護人は保釈を認めさせるために争点を絞らされ、供述調書に同意させられて反対尋問するべき証人の人数を減らされているのである。

 それに対して本件では、弁護人はほとんどの請求証拠について不同意の意見を維持した。それは、捜査機関によって捏造された事件であったという結論からしても、当然の行動であったことは、後から振り返って見れば誰しも理解できるところであろう。しかし、このような本件においてもなお、一部の供述調書については保釈のために同意意見に変更を余儀なくされたことは上記のとおりである。

 この事件の保釈判断は、無罪主張事件について、公判前整理手続の中で争点を絞り、検察官請求証人の人数を限定させた上で保釈を認める場合があるという現在の運用が誤りであることを端的に示しているといえる。このような運用を続ける限り、無辜を長期間勾留しつづけることになってしまうのである。

6.最後に

 本稿では、本事件の身体拘束の判断について、各段階での「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」に着目して検証をした。ここから言えることは、裁判官たちの罪証隠滅についての判断は、「否認」「黙秘」「無罪主張」「供述調書に不同意」「会社の社長」などといった極めて抽象的な事情からの判断が繰り返されているということである。このような判断をしている限り、大川原社長のように無辜の被告人が再び長期間拘束されることは避けられない。なぜならば、無罪であると主張すればするほど罪証隠滅の相当理由があると判断されるからである。このような判断は根本的に間違っている。

 最高裁判所は、「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」の解釈として、平成26年から平成27年にかけて立て続けに決定を出している(最一決平成26年11月17日裁判集刑事315号183頁、最一決平成26年11月18日刑集68巻9号1020頁、最三決平成27年4月15日裁判集刑事316号143頁)。これらの判例が示すものは、罪証隠滅について「実効性のある罪証隠滅行為」、「現実的な可能性」、「具体的可能性」を検討しなければならないというものである。ところが、この事件の身体拘束の判断が如実に示しているとおり、裁判官は抽象的な可能性で罪証隠滅の相当理由を認め続けているのである。これが人質司法をより深刻化している。今すぐにこのような身体拘束についての判断を変えなければ、本事件の悲劇は今後も繰り返されることは間違いない。

 また、本事件の保釈判断においては、被告人の健康問題も軽視し、相嶋氏にガンが見つかった後も抽象的な罪証隠滅のおそれを理由に保釈を却下し続けた極めて深刻な問題がある。この点はまた別の機会に論じることとする。

 裁判官は、二度と同じ過ちを繰り返さないために、この事件の教訓を活かして、「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」の解釈を根本的に改めるべきである。

以 上

 


[1] 個々の判断内容は本紙第116号の季刊刑事弁護レポート「大川原化工機事件・人質司法の記録」を参照されたい。ここでは本件の身体拘束の判断に関与した裁判官の名前だけ列挙しておく。本件で誤った身体拘束の判断をしたのは、岡野清二、世森ユキコ、吉崎佳弥、井下田英樹、池田翔平、赤松亨太、柏戸夏子、遠藤圭一郎、蛭田円香、坂田正史、島尻大志、長野慶一郎、宮本誠、丹羽敏彦、長池健司、佐藤有紀、小林謙介、西山志帆、松村光泰、楡井英夫、竹田美波、佐藤みなと、本村理絵、牧野賢、三貫納隼、守下実、家入美香、一社紀行、佐伯恒治、室橋秀紀、名取桂の各裁判官である。

[2] 国賠訴訟での警察官の証言の引用。

以下は季刊刑事弁護(現代人文社)116号 刑事弁護レポート「大川原化工機事件・人質司法の記録 外為法違反被告事件」として書いたものを、現代人文社からの許諾を受けて転載するものです。

 

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1.はじめに

 大川原化工機株式会社は1980年に設立され、噴霧乾燥器[1](液体を微粒化させ、乾燥させ、粉体にする機械。スプレードライヤーともいう)の製造・開発の国内リーディングカンパニーとして、日本国内のみならず、アジア、ヨーロッパ、アメリカなどに多くの噴霧乾燥器を納入してきた。

 ところで、外国為替及び外国貿易法(いわゆる「外為法」)では、輸出を規制する物品が定められており、噴霧乾燥器はその技術を応用すれば生物兵器等を製造することが可能になる等の理由から、2012年に国際的に輸出規制の対象とされ、2013年から日本国内でも輸出に際しては経済産業省の許可が求められることとなった。ただし、その趣旨から、輸出規制の対象となる噴霧乾燥器は内部を滅菌または殺菌できるものなどの要件があった。これらの要件を満たさない噴霧乾燥気(すなわち、生物兵器製造などには適さない汎用品)は輸出規制の対象外であった。

 本件は、大川原社が中国や韓国に輸出した噴霧乾燥器2台が、経産省の許可なしに輸出されたのではないかと疑われた外為法違反事件である。

 この事件は、数年間に及ぶ捜査を経て、社長ら3名が逮捕、勾留され、その後約11か月もの間身体拘束が続き、その間に勾留されていた被告人1名が亡くなり、ところが第1回公判直前に検察官が公訴を取消し、公訴棄却決定によって終結するという経過を辿った。

 本稿では、この事件における身体拘束の経過に焦点を絞り、主観的な評価、論評を挟まず、客観的な記録を世に残すことに主眼を置く。

2.任意捜査から逮捕まで

 2017年5月から大川原正明社長、島田順司取締役、相嶋靜夫顧問らの任意の事情聴取要請があり、大川原社長をはじめとする会社関係者はこれに応じ、のべ250回以上もの事情聴取に応じてきた。その中で、大川原社長らは、本件噴霧乾燥器はそのスペックなどからして経産省の輸出許可が必要な物品にはあたらない旨の主張を繰り返した。

 ところが、2020年3月10日、警視庁公安部外事第一課宮園勇人は大川原社長、島田取締役、相嶋顧問の逮捕状を請求し、同月11日、大川原社長ら3名は外為法違反の被疑事実で逮捕された。

3.被疑者段階

(1) 勾留決定、接見等禁止決定

 同年3月13日、東京地裁刑事14部裁判官世森ユキコは3名についていずれも勾留する旨の決定をした。その理由は刑事訴訟法60条2号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由)、同3号(逃亡すると疑うに足りる相当な理由)が認められるというものであった。

 さらに、世森は3名についていずれも接見等禁止決定を付した。

 この決定に対して弁護人は準抗告を申し立てたが、3月17日、東京地裁刑事11部(裁判長吉崎佳弥、裁判官井下田英樹、裁判官池田翔平)は「事案の性質、内容、供述状況、社内での地位、捜査の進捗状況等に照らせば・・・共犯者や関係者に働きかけるなどして罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると認められ、逃亡すると疑うに足りる相当な理由及び勾留の必要性も認められる」として準抗告を棄却した。

 また、接見等禁止決定を解除することを求めた弁護人の申立てに対して、東京地検検事塚部貴子は「事実についての供述を拒み、『弁護士から黙秘するよう言われている。社員も弁護士もこの状況を許せないと思っている。社員も弁護士も「我慢してください」と言っている』などと供述を拒んでいる理由について弁護士や被疑会社従業員の意向である旨供述している。・・・加えて被疑会社はホームページに事実認否に関するコメントを掲載し、その後報道機関宛にもコメントを発表するなどしており、会社ぐるみで口裏合わせを行っている可能性が極めて高い。共犯者2名も供述を拒んでおり、二人とは長年被疑会社で共に稼働し家族同士のつながりもあることから、それを利用し、妻らを介して罪証隠滅を図ることは現実的にも可能な状況である。このことから接見等禁止等の解除申し立ては不相当。勾留のみではなく接見禁止の措置が必要。」との意見を述べた。

 この意見を受けて、東京地裁刑事14部裁判官赤松亨太は、接見等禁止決定全体を解除することは認めずに、妻との1回限り30分の面会のみを認める旨の決定をした。

(2) 勾留理由開示公判

 2020年3月27日、弁護人が求めた勾留理由開示公判において、大川原正明社長は、「私も会社の人間も、これまで何度も警察の出頭要請に応じて捜査に協力してきた。今さら逃亡したり関係者に対して不当な働きかけを行ったりするはずがありません。」「勾留後、取調べを受けていますが、黙秘による不利益を示した不当な尋問が数多くある。『なぜ黙秘するのか?弁護士に言われたからだろう。』という捜査官の言動は正当な黙秘権行使を全面的に否定する内容の尋問で非常に不快な思いをした。私は憲法上認められている黙秘権を行使したに過ぎない。捜査の必要性があろうとも、不当な尋問が取調べ中に行われることは許されない」との意見を述べた。一方同公判において、裁判官世森は勾留理由について「記録によれば、被疑者が被疑事実に係る罪を犯したと疑うに足りる理由が認められる。事案の性質及び内容、被疑者共犯者及び会社関係者含む事件関係者の供述状況、被疑者及び共犯者の会社内での地位や捜査の進捗状況に照らすと、被疑者が故意、共謀等の罪体や犯行に至る経緯等の重要な情状事実に関し、共犯者、会社関係者等に働きかけるなどして罪証を隠避すると疑うに足りる相当な理由がある。また、被疑者が逃亡すると疑うに足りる相当な理由も、勾留の必要性と認められる」とした。

 そして、2020年3月31日、東京地検検事塚部貴子は、大川原社、大川原社長、島田取締役、相嶋顧問をそれぞれ外為法違反の事実で起訴した。

4.最初の起訴から再逮捕まで

(1) 起訴後の接見等禁止決定

 起訴後も接見等禁止決定が付されたため弁護人がその解除を求めたところ、検事塚部は「被告人及び共犯者の供述態度、被告会社の管理担当者の言動等を合わせ考慮すると、被告会社が組織ぐるみで口裏合わせを行い、個々の従業員の供述をコントロールしている可能性が極めて高い状況であるなど、罪証隠滅が行われる現実的危険性は極めて高く、かつ実現容易な環境にある。共犯者2名について供述を拒んでおり、妻との接見等禁止解除の申立がなされているところ、家族同士のつながりもあることからそれを利用し、妻らを介して罪証隠滅を図ることは現実的に可能な状況にある。よって、接見等禁止解除の申立は不相当であり却下すべき」とした。これを受け、同年4月6日、東京地裁刑事14部裁判官柏戸夏子は、妻との1回限りの接見を認める旨の決定をした。

(2) 保釈請求①

 また、同年4月6日、弁護人は大川原社長ら3名の保釈を請求した。これに対して検事塚部は「被告人は、供述を変遷させ、最終的な主張・弁解すら明らかにしていない現状(注:黙秘のこと)に鑑みると、本件による処罰を免れるため、共犯者や被告会社従業員らの関係者と口裏合わせをするなどの罪証隠滅を図る危険性が高い」「被告会社は、被告人の逮捕後、ホームページに「当社としましては、・・・外為法の規制を受けるべき製品には該当せず、・・・」などのコメントを掲載したのみならず、報道機関宛てに更に詳細なコメントを発表するなどしており・・・被告会社が組織ぐるみで口裏合わせを行い、個々の従業員の供述をコントロールしている可能性が極めて高く、被告人による罪証隠滅が行われる現実的危険性は極めて高い」、「弁護人が主張する、保釈を認めるべき事情については、いずれも身柄拘束を受ける刑事被告人であれば該当する一般的な事情であり、その他弁護人が主張する事情を総合的に判断しても、被告人に対する適正処罰を実現する必要性を害してまで、被告人を裁量で保釈する事由は見当たらない」といった意見を述べた。

 これを受けて、東京地裁刑事14部裁判官遠藤圭一郎は、保釈却下決定をした(同年4月8日)。その理由は、刑訴法89条4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある)であった。

 この保釈却下決定に対して弁護人が準抗告を申し立てたところ、同年4月15日、東京地裁刑事8部(裁判長蛭田円香、裁判官坂田正史、裁判官島尻大志)は「事案の性質・内容・見込まれる争点・証拠構造に照らすと、被告人が、故意、共謀といった罪体や重要な情状事案に関し、共犯者や関係者に働きかけるなどして罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があり89条4号に該当する。高齢であること、コロナ感染の危険があるなどの指摘を踏まえても裁量による保釈が適当でないとする原裁判の判断は不合理でない。」として、準抗告棄却決定をした。

(3) 再逮捕

 そして、同年5月21日、東京簡易裁判所裁判官長野慶一郎は、大川原社長ら3名への逮捕状を発付し、同月26日、大川原社長らは再び逮捕された。その被疑事実は、別の噴霧乾燥器の無許可輸出であった。

5.2度目の被疑者段階

 2度目の逮捕を受けて、検事塚部は大川原社長らの勾留を請求し、同年5月28日、東京地裁刑事14部裁判官宮本誠は勾留決定とともに、接見等禁止決定も付した。

 この決定に対して弁護人が準抗告を申し立てたところ、同年6月2日、東京地裁刑事3部(裁判長丹羽敏彦、長池健司、佐藤有紀)は、「被疑者及び共犯者らとの関係性およびこれらの者の供述状況に照らすと、被疑者が罪体及び犯行に至る経緯等の重要な情状事実につき、共犯者らと通謀するなどして罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由も認められ、勾留の必要性も認められる」として準抗告棄却決定をした。

 さらに、裁判所が勾留延長決定をしたため弁護人が準抗告を申し立てたところ、同年6月9日、東京地裁刑事16部(裁判長小林謙介、裁判官西山志帆、裁判官松村光泰)は「押収した証拠を精査したうえで関係者の取調べを再度実施するなどの捜査を遂げる必要があり、そのためには相当の期間を要すると認められ、勾留期間延長請求が被疑者らの自白獲得を目的としたものとはいえない。勾留期間を10日間延長した原裁判に不合理な点はない。勾留の理由及び必要性も認められる。」として準抗告棄却決定をした。

 そして、6月15日、検事塚部は大川原社、大川原社長、島田取締役、相嶋顧問について、別の噴霧乾燥器の無許可輸出の事実で追起訴した。

6.(2度目の)起訴後

(1) 保釈請求②

 同年6月18日、弁護人が2度目の保釈請求をしたところ、東京地検検事長好行は「本案件で処罰されることになれば被告会社の経営にも重大な影響を及ぼす可能性があり、被告人らの供述態度等に照らせば、処罰を免れるため、共犯者や会社従業員ら関係者と口裏合わせをするなどの罪証隠滅を図る可能性が高い。現に相嶋及び嶋田も同様に黙秘している上、任意捜査の時点では複数の技術者が貨物等省令三要件のハの該当性について認める供述をしていたが、本起訴事件による身柄拘束後、検察官が関係者の取調べを行うために呼び出しを行ったが、管理担当者は個々の従業員の呼出は同管理担当者を通して実施することを要求した上、一部の従業員に関し、業務多忙を理由に被告人らの身柄拘束期間内の協力を拒否するなど非協力的な態度を明確に示し、会社従業員らへの検察官による取調べは日程調整に苦慮し、かつ取調べを実施できた者の中には前記要件ハの該当性について任意捜査段階の供述を撤回する者もいた。被告会社は、初回逮捕後ホームページにコメントを掲載した上、報道機関宛にさらに詳細なコメントを発表するなどしており、被告人及び共犯者の供述態度、被告会社管理担当者の言動等を合わせ考慮すると、会社が組織ぐるみで口裏合わせを行い、個々の従業員の供述をコントロールしている可能性が極めて高い。現に追起訴事案による逮捕後の従業員の取調べによって当初の検察庁への出頭拒否は弁護人の指示によるものだった上、検察庁から呼び出しを受けた従業員に対し、他の従業員がレクチャーを行い、身柄拘束中の被告人らの主張内容を伝達するなどしていたことが判明している。保釈を許せば不利な供述を撤回して有利な供述をするよう慫慂するなどの罪証隠滅工作に及ぶ危険性は高い。弁護人は保釈条件をあげているが、それらの条件をもってしても通謀を防ぐことが出来ないのは日産自動車元会長の海外逃亡によっても明らかである。

また、裁量保釈も認めるべきではない。身柄拘束期間は約三か月であり、長期間にわたっているとはいえない。高齢で持病があり薬の服用を続けていたと主張するが、病状が悪化するという危険があるということにとどまり、保釈する必要はない。新型コロナも感染リスクはむしろ低い。弁護人と密に相談する重要性については、接見・差し入れ等が可能であるし、エンジニアからの説明を聞く必要性にしても、そのエンジニアが会社従業員ら関係者であれば、まさに罪証隠滅工作の危険性が妥当する。ストレス等については、身柄拘束の必要性が高いのに比すれば理由にはあたらない。」との意見を述べた。そして、同月23日、東京地裁刑事14部裁判官遠藤圭一郎は保釈請求を却下した。その理由は法89条4号に該当し、裁量保釈も適当ではないというものであった。

この保釈却下決定に対して弁護人が準抗告を申し立てたところ、同年7月3日、東京地裁刑事15部(裁判長楡井英夫、裁判官赤松亨太、裁判官竹田美波)は「弁護人からの求釈明書において概括的な争点の主張がされるにとどまり、証拠意見も述べられておらず、今後争点及び証拠の整理が行われるという公判前整理手続きの進捗状況に照らすと、共犯者や関係者への働きかけなどによる罪証隠滅のおそれがあり、89条4号に該当する。高齢の健康状態やコロナ感染の危険性等踏まえても裁量による保釈が適当ではないとした原裁判の判断は不合理ではない」として、準抗告を棄却する決定をした。

(2) 保釈請求③

 同年8月26日、弁護人は3回目の保釈請求をしたところ、東京地検検事恒川一宇は従前の意見と同様の反対意見を述べた。そして、同月31日、東京地裁刑事14部裁判官宮本誠は保釈請求を却下した。その後、同年9月16日に弁護人が保釈却下決定に対して準抗告を申し立てたが、東京地裁刑事第8部(蛭田円香裁判長、島尻大志裁判官、佐藤みなと裁判官)は、・・・・・として、法89条4号に該当し、裁量による保釈も適当ではないとして準抗告を棄却する決定をした。

7.相嶋氏の体調悪化をめぐるやりとり

(1) 相嶋氏の体調悪化

 相嶋氏は、同年9月25日、東京拘置所内で貧血の症状が出たため、複数回にわたる輸血処置を受けた。また、黒色便が見られるとのことから、消化管出血が疑われるとのことであった。一方で、この日は輸血をするのみで、内視鏡検査、超音波検査などを実施されることはなかった。

(2) 保釈請求(相嶋氏④)

 同年9月30日、弁護人は、相嶋氏が70歳を超える高齢であることに加え、輸血が必要なほどの消化管出血が疑われる症状が見受けられたことから、緊急の入院・治療の必要性があることを理由に保釈請求をした。

 ところが同年10月2日、東京地裁刑事14部裁判官本村理絵は、法89条4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある)に該当し、裁量で保釈することも相当ではないとして保釈請求を却下した。

(3) 勾留執行停止①

 同年10月1日、東京拘置所内の病院において相嶋氏の内視鏡検査が実施されたところ、幽門部に悪性腫瘍があると診断され、相嶋氏にも告知された。これを受け、緊急の治療の必要性があることから、弁護人から東京拘置所に対して、至急外部の病院にて相嶋氏の治療をするよう求めるも、東京拘置所からは回答がなかった。

 そこで、10月8日、弁護人は、外部の病院での検査のために相嶋氏の勾留執行停止(午前8時から午後6時30分まで)を申し立てた。これに対して東京地検検事加藤和宏は「時間が長すぎる」との意見を述べた。

 これを受け、同月9日、東京地裁刑事14部裁判官岡田佳子は、相嶋氏について10月16日午前8時から午後4時まで勾留の執行を停止する決定をした。

 10月16日、相嶋氏は大学病院で診察を受け、進行胃がんである旨の診断を受けた。

(4) 保釈請求(相嶋氏⑤)

 10月19日、弁護人は、進行胃がんの診察を受け緊急に治療を開始しなければならないこと、勾留執行停止下では受け入れ病院が限られていること、必要な治療期間も不明であることなども理由にして、あらためて相嶋氏について保釈請求をした。

 これに対して、東京地検検事加藤和宏は「被告人らが本件により処罰されることとなれば、被告会社の経営にも重大な影響を及ぼす可能性があるところ、被告人及び共犯者の供述態度や被告会社関係者の供述状況、さらには、公判前整理手続の進捗状況等に照らすと、被告人に保釈を許せば、自己の刑事責任を免れるため、共犯者や被告会社従業員ら関係者と口裏合わせを行い、被告人らに不利な供述を撤回するのみならず、被告人らに有利な供述をするよう慫慂するなどの罪証隠滅工作に及ぶ危険性は極めて高い。」、「弁護人は、保釈条件として、関係者との不接触、通話履歴及び電子メールの送受信履歴の提出等を挙げているものの、それらの条件をもってしても通謀を防ぐことはできない」、「保釈許可された場合、自宅直近の静岡県立静岡がんセンターにて診察を受ける予定と主張しているのであるから、在所条件を自宅ないしがんセンターにするなどして勾留執行停止をすれば対応できる」、「本件事案の重大性や証拠関係、罪証隠滅の危険性が高いことからすれば、保釈条件及び相当高額の保釈保証金によっても、その危険を解消するのは困難なものであり、裁量保釈も認めるべきではない」として保釈請求に反対する意見を述べた。

 10月21日、東京地裁刑事14部裁判官牧野賢は、相嶋氏についてなおも法89条4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある)に該当し、裁量で保釈することも相当ではないとして保釈請求を却下した。

(5) 勾留執行停止②

 相嶋氏について、勾留執行停止のもとでも治療を受け入れてくれる医療機関が見つかり、10月27日、弁護人は相嶋氏についてあらためて勾留執行停止の申立をした。

 同月28日、東京地裁刑事14部裁判官本村理絵は、相嶋氏について同年11月5日午後2時から同年11月20日午後3時30分までの間、勾留の執行を停止する旨の決定をした。

 そして、11月5日、相嶋氏の勾留の執行は停止され、相嶋氏は病院に入院した。

(6) 相嶋氏の死去

 相嶋氏に対しては懸命な治療が施されたが、抗がん剤が功を奏さず、2021年2月7日、相嶋氏は死去した。

8.大川原社長、島田取締役の身体拘束

 相嶋氏の治療、釈放をめぐるやりとりをしている間、大川原社長、島田取締役の身体拘束はなおも続いていた。

(1) 保釈請求(大川原氏及び島田氏④、相嶋氏⑥)

 2020年12月1日、弁護人は公判前整理手続の進行を踏まえて、大川原社長らについて4回目の保釈請求(同じ理由で相嶋氏についても保釈請求をしており、そちらは6回目の保釈請求)をした。

 これに対して検事加藤は「弁護人は、本件噴霧乾燥器の客観的性能に関する各種報告書や専門家、被告会社従業員、通関士の供述調書等をはじめ、経済産業省関係者及び共犯者を含む被告会社関係者の供述調書等をことごとく不同意としている」、「前回の保釈請求が却下され、弁護人らによる準抗告も棄却されたあと、弁護人及び被告人の主張、検察官請求証拠に対する意見に変更はない」、「被告人らが本件により処罰されることとなれば、被告会社の経営にも重大な影響を及ぼす可能性があるところ、被告人及び共犯者の供述態度や被告会社関係者の供述状況、さらには、公判前整理手続の進捗状況等に照らすと、被告人に保釈を許せば、自己の刑事責任を免れるため、共犯者や被告会社従業員ら関係者と口裏合わせを行い、被告人らに不利な供述を撤回するのみならず、被告人らに有利な供述をするよう慫慂するなどの罪証隠滅工作に及ぶ危険性は極めて高い。弁護人は、保釈条件として、関係者との不接触、通話履歴及び電子メールの送受信履歴の提出等を挙げているものの、それらの条件をもってしても通謀を防ぐことはできない。本件事案の重大性や証拠関係、罪証隠滅の危険性が高いことからすれば、保釈条件および相当高額の保釈保証金によっても、その危険を解消するのは困難であり、裁量保釈も認めるべきではない」との意見を述べた。

 そして、12月4日、東京地裁刑事14部裁判官三貫納隼は、大川原氏、島田氏、そして相嶋氏の3名いずれについても、法89条4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある)に該当し、裁量で保釈することも相当ではないとして保釈請求を却下した。

 この保釈却下決定に対して弁護人は準抗告を申し立てたが、同月17日、東京地裁刑事1部(裁判長守下実、裁判官家入美香、裁判官一社紀行)は「本件の争点及びこれに対する証明予定事実記載書面等により明らかにされた検察官の立証構造、会社関係者の供述調書を含む大半の請求証拠が不同意とされていること等に照らすと、被告人の当時の認識等に関し、共犯者や会社関係者に働きかけるなどの罪証隠滅の具体的可能性が認められる」として、準抗告を棄却した。

(2) 保釈請求(大川原氏及び島田氏⑤、相嶋氏⑦)

 2020年12月25日、弁護人はさらなる公判前整理手続の進行を踏まえて、大川原社長らについて5回目の保釈請求(同じ理由で相嶋氏についても保釈請求をしており、そちらは7回目の保釈請求)をした。

 これに対し、検事加藤は「現在の被告人及び共犯者の供述態度や被告会社関係者の供述状況、さらには、公判前整理手続の進捗状況等に照らすと、被告人に保釈を許せば、自己の刑事責任を免れるため、共犯者や被告会社従業員ら関係者と口裏合わせを行い、被告人らに不利な供述を撤回させるのみならず、被告人らに有利な供述をするよう通謀し、虚偽事実を作出するなどの罪証隠滅工作に及ぶ危険性は極めて高い。・・・実際、乙32号証によれば、共犯者島田は、警察による任意の取調べを受けている期間の最中、共犯者相嶋と本件当時の出来事等について話し合い、確認している状況が認められるのである。弁護人は、保釈条件として、関係者との不接触、通話履歴及び電子メールの送受信履歴の提出等を挙げているものの、それらの条件をもってしても通謀を防ぐことができない」などとして保釈に反対の意見を述べた。

 12月28日、東京地裁刑事14部裁判官鏡味薫は、大川原氏、島田氏、相嶋氏について保釈を許可する旨の決定をした。

 ところがこの決定に対して検察官が準抗告を申立て、同日、東京地裁刑事6部(裁判長佐伯恒治、裁判官室橋秀紀、裁判官名取桂)は検察官の準抗告を認め、原裁判取消し、保釈請求却下の決定をした。その理由は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるのに加え、いまだ争点に関する検察官立証及び弁護人立証の予定が明確になったとは言い難く、第1回公判前整理手続き期日も開かれておらず、罪証隠滅の現実的なおそれが大きく低下したとは認められない。」というものであった。

(3) 保釈請求(大川原氏及び島田氏⑥、相嶋氏⑧)

 2021年2月1日、弁護人はさらなる公判前整理手続の進行を踏まえて、大川原社長らについて6回目の保釈請求(同じ理由で相嶋氏についても保釈請求をしており、そちらは8回目の保釈請求)をした。

 これに対し検事加藤は、「現在の被告人及び共犯者の供述態度や被告会社関係者の供述状況、さらには、公判前整理手続の進捗状況等に照らすと、被告人に保釈を許せば、自己の刑事責任を免れるため、共犯者や被告会社従業員ら関係者と口裏合わせを行い、被告人らに不利な供述を撤回させるのみならず、被告人らに有利な供述をするよう通謀し、虚偽事実を作出するなどの罪証隠滅工作に及ぶ危険性は極めて高い。実際、乙32号証によれば、共犯者島田は、警察による任意の取調べを受けている期間の最中、共犯者相嶋と本件当時の出来事等について話し合い、確認している状況が認められるのである。弁護人は、保釈条件として、関係者との不接触、通話履歴及び電子メールの送受信履歴の提出等を挙げているものの、それらの条件をもってしても通謀を防ぐことができない。」として、なおも保釈に反対する意見を述べた。

 2月4日、東京地裁刑事14部裁判官道垣内正大は、大川原氏、島田氏、相嶋氏について保釈を許可する旨の決定をした。

 これに対し、検事加藤は再び準抗告を申し立てた。同日、東京地裁刑事11部(裁判長吉崎佳弥、裁判官村田千香子、裁判官池田翔平)は、「法89条4号に該当する事由があると認められるが、公判前整理手続きに付された上で、打ち合わせ期日が複数回実施されて争点及び証拠の整理が進む中、前回の打ち合わせ期日に至り、争点に関する検察官立証の見込みが一応示されたと認められる。争点及び証拠整理の進行状況に加え、保釈請求に当たり、被告人やその妻が、罪証隠滅や逃亡等に及ばない旨誓約している事も踏まえれば、予定される証人等に対して働きかけたり、新たな証拠を作り出すなどの罪証隠滅の現実的可能性及び実効性は一定程度低減したものと言える。また、保釈条件が付されていることにより罪証隠滅の可能性はさらに大きく低減されているというべきである。条件を付したうえで、保釈保証金2000万円として許可した原裁判が不当なものとまではいえない。」として検察官の準抗告を棄却する決定をした。

 そして、同年2月5日、大川原氏、島田氏は釈放された。

 その2日後の相嶋氏は亡くなったが、関係者との接触禁止の保釈条件があったために、大川原氏、島田氏は相嶋氏と最後の対面をすることもできなかった。

8.公訴取消、公訴棄却決定

 公判前整理手続が進み、第1回公判の直前のタイミングであった2021年7月30日、検察官は突如として公訴取消しの申立てをした。その理由は、「各公訴事実記載の噴霧乾燥器について、「軍用の細菌製剤の開発、製造、若しくは散布に用いられる装置またはその部分品であるもののうち省令で定める仕様の噴霧乾燥器」に該当することの立証が困難と判断されたため」とのことであった。

同年8月2日、裁判所は公訴棄却の決定をしてこの裁判は終結した。

9.若干の意見

 噴霧乾燥器の輸出にあたって経産省の許可が必要な仕様の噴霧乾燥器であったかどうか、これがこの裁判の核心的な争点であった。

 このような事件において、長年噴霧乾燥技術のリーディングカンパニーとしてリードしてきた会社の社長、役員たちを果たして逮捕する必要などあったのだろうか。

 社長たちは任意の事情聴取に何度も応じ、輸出した噴霧乾燥器の仕様は輸出規制の対象にならないとの見解を述べているにも関わらず、逮捕をするというのは、逮捕が自白強要の手段として用いられたのではないか。

 起訴後、幾度にもわたる保釈請求に対して、「罪証隠滅を疑うと足りる相当な理由がある」として保釈請求を却下しつづけたのは、社長たちが犯罪事実を認めようとしなかったからではないか。

 最終的には、検察官が、今回問題となった噴霧乾燥器が輸出規制の対象になる仕様を備えたものであることを立証できないとしたが、そうだとすればなぜ社長たちは約1年もの間身体拘束されたのか。

 起訴後すぐに保釈が認められていれば、相嶋氏のガンはもっと早期に見つかり命を落とすことはなかったのではないか。

 

 この事件を振り返ったときに誰しもが思うこれらの疑問、すべては裁判官に責任がある。逮捕状を発付したのは裁判官である。任意出頭に応じて意見を述べており、このような逮捕は自白を強要するための違法な逮捕ではないかとの弁護人の訴えを退けたのも裁判官である。保釈請求に対して「罪証隠滅のおそれ」を理由に保釈を却下し続けたのも裁判官である。その前提として、犯罪の嫌疑、すなわち今回輸出された噴霧乾燥器が輸出規制の対象になる仕様を備えたものであるとの嫌疑を認めたのも裁判官である。そして、ガンと診断された後も保釈を却下したのも裁判官である。

 この事件は、たしかに検察官の判断にも問題があったのかもしれない。しかし、どれだけ検察官が無理やり起訴をしようが、社長たちが身体拘束されることなく裁判を進めることができたならば、粛々と無罪判決が下されたであろう。どれだけ検察官が保釈請求や接見禁止解除請求などに対してどれだけ醜い意見を述べようとも、そのような意見を意に介することなく裁判官が身体拘束を認めなかったり、接見禁止決定を認めなければ何の問題もないのである。

 この事件において、大川原社長らが約1年もの間身体拘束されたことが誤ったものであったことは、この事件の結末を見れば明らかである。そしてその全責任は裁判官にある。身体拘束の責任は検察官にはない。そしてそれは、本稿に実名をあげたそれぞれの裁判官の責任である。彼らの身体拘束の判断はすべて誤りだったのである。

 そして、この事件における身柄の判断は、昨日も今日も、そして明日も繰り返されているのが現実である。無罪を主張したり、黙秘権を行使すれば、ほぼ全ての事件で検察官は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」と意見を述べ、裁判所はそれを唯々諾々と受け入れる。この現実を広く知ってもらうために、本稿では各請求に対する検察官の意見の内容や、それに対する裁判官の判断を逐語的に記した。これが現実である。

 そして、他ならぬ裁判官こそ、この事件における身柄の判断を振り返り、反省し、二度と同じ過ちを侵さないようするべきである。もしこの事件を警察や検察の不祥事で終わらせるならば、人質司法は永久に解消されないと私は思う。

 

以 上

 


[1] わかりやすい例としては、ミルクを粉ミルクにしたり、インスタントコーヒー、インスタントラーメンの粉末などがあり、それ以外の様々な工業製品にも技術が応用されている。

 

 

 

黙秘権を行使する江口大和さんに対して、横浜地検特別刑事部の川村政史検事が、取調べと称して「僕ちゃん」、「お子ちゃま」、「ガキ」呼ばわりし、「うっとうしい」、「どうやったらこんな弁護士ができあがるんだ」、「嘘を付きやすい体質」などと言ったり、江口さんの弁護人の活動を侮辱したりする発言をし続けた問題。

 

国家賠償訴訟の公開法廷における江口さんの原告本人質問において取調べの動画が一部上映されたのは前回のブログに書きましたが、法廷で公開された動画を一緒に見ながら江口さんと江口さん弁護団(宮村啓太弁護士、高野傑弁護士、趙)とで対談をしてみました。

 

ちなみにこの対談の内容は、原告本人尋問で江口さんが話した内容、この訴訟における私たちの主張内容をベースにしています(一部、対談という性質上それをはみ出た発言もありますが、基本的には裁判での主張内容です)。

 

前回、YouTubeで取調べ動画を上映して以降、北海道でも同種の国家賠償請求訴訟で取調べ動画が上映されたようです。

一方で、別の同種訴訟では、国は民事訴訟で証拠となる取調べ動画について「閲覧制限の申立て」をしてきたという情報もあります。(つまり、メディアを含めて訴訟当事者以外には閲覧させないでくれ、との申立てです)。

国はあの手この手を使って違法な取調べが映っている動画を隠そうとしているのです。

私たちは決してそれに屈してはいけません。

こちらはあの手この手で1人でも多くの人に、取調べのリアルな実態を伝えなればならないと思っています。

 

 

 

江口大和さん(元弁護士)が横浜地検特別刑事部から犯人隠避教唆の疑いをかけられ、逮捕されたのが平成30年10月15日。

彼はそれまでの任意の検事取調べにおいて被疑事実を否認していた。

そして、逮捕直後の弁解録取において彼は黙秘権の行使を宣言した。

 

日本国憲法第38条1項

何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

 

ところがそこから約21日間、合計約56時間、一言も話さない江口さんに対して、横浜地検特別刑事部の検察官(そのうちのほとんどは川村政史検事)は取調べと称して「僕ちゃん」、「お子ちゃま」、「ガキ」呼ばわりし、「うっとうしい」、「どうやったらこんな弁護士ができあがるんだ」、「嘘を付きやすい体質」、「詐欺師的な類型の人に片足突っ込んでる」などと言ったり、江口さんの弁護人の活動を侮辱したりする発言をし続けた。

それでも江口さんは決して口を開くことはなく、耐え抜いた。

 

このような検察官の取調べは、憲法が保障する黙秘権を侵害するものであり、また江口さんの人格権を侵害するものであるとして国家賠償請求訴訟を提起しています。

そして今日、江口さんの原告本人尋問が行われ、法廷において取調べ録音録画映像の一部が上映され、江口さんが質問に答えました。

 

今回、私たち弁護団は、法廷で上映された動画について一人でも多くの方に見ていただくために公開することにしました。

なお、この動画は、国家賠償請求訴訟において国から証拠(民事訴訟の乙号証)として提出されたもののうち、その一部を抜粋したもの(法廷で上映したものと同じもの)です。

 

被疑者という立場になったら検事から何を言われてもサンドバックになって耐えなければならないのか。そんなはずはありません。

憲法が黙秘権を保障している意味は何なのか。検事からの罵詈雑言にひたすら耐えることは、憲法が黙秘権を保障していなくともできることです。

江口さんは今回22日間耐え抜きました。だから黙秘権は侵害されなかったと言えるのでしょうか。違います、彼の黙秘権は侵害されているのです。

憲法が黙秘権を保障していることの意味は、権利を行使する人に対して捜査官は取調べと称してこのような罵詈雑言を浴びせることが許されないということではないのか。

 

私たちはこの裁判で黙秘権の意味を正面から問うています。

 

 

この事件については内容がよくわからないのでなんとも言えないのだが、

この事件から離れて、弁護人が証拠隠滅に加担したならば当然処罰されるべき。

そのことは措いといて、

この記事の最後にある

 

「接見室には弁護人も含めて携帯電話の持ち込みが禁止されているが、同課は弁護士が隠し持って組員と接見していたとみている。」

 

という部分について。

 

この記事を書いた岩田恵実記者は何を根拠に書いているのだろうか。

拘置所や警察署などに収容されている人と弁護士との面会について、刑事訴訟法や刑事収容施設法という法律があるが、そのどこにも「弁護人が接見室に入るときには携帯電話を持ち込んではならない」などという規定はない。

 

「禁止」をするには、ルールがあるはずです。

拘置所といった国家が、一市民である弁護士に対してある行為を「禁止」するには、法律によるのが基本です。

 

ではなぜこの記者は「接見室には弁護人も含めて携帯電話の持ち込みが禁止されている」と書いたのか。

それは、拘置所や警察署が弁護人に対して一方的に「携帯電話持ち込みは禁止しています」と言っている(あるいはそのような貼り紙をしている)からだと思われる。

この「携帯電話持ち込み禁止」について法律の根拠はないのです。

(ちなみに国は、このことが問題になったときには「施設管理権」が根拠だと言うことが多いです)

 

弁護人と依頼人との接見室での面会は、憲法上秘密が保障されています。誰も立ち会うことは許されません。

では、弁護人は何をしてもいいのかと言われれば、もちろんそんなことはない。

弁護人が証拠隠滅行為などに加担してはいけないことは当たり前で、それは職業倫理によって担保されています。

(倫理に悖る行為があれば当然懲戒される)

 

警察署や拘置所の接見室で弁護人が何を持ち込むか、そこでどういう方法で法的なアドバイスをするかなど干渉されるいわれはないんです。

実質的に見ても、いまやスマートフォンにはあらゆる情報が入っており、例えばスケジュールなどもすべてスマートフォンに入っているし、事件の資料もスマートフォンからアクセスすることもできる。

接見室で依頼人と打ち合わせをするときに、「次にいつ面会に来れそうですか?」と聞かれれば、スマートフォンのカレンダーアプリを見ないと少なくとも私は答えられません。

依頼人から「前回の証人のあの証言、私はおかしいと思うんですけど?」と聞かれれば、自分の備忘メモにアクセスしないと正確なアドバイスはできないかもしれません。

 

接見室にスマートフォン(携帯電話)を持ち込むことを禁止することは、明らかに依頼人が弁護人から十分な援助を受ける権利を侵害するものであるし、弁護人にとっても十分な防御を尽くすことができなくなるんです。

 

法律の規定によらずに(「施設管理権」というよくわからないものを根拠に)弁護人が接見室に携帯電話を持ち込むことを禁止するなんてことは許されないんです。仮に「禁止」したら違法、違憲だと私は思います。

 

そして実際にも、警察署や拘置所で私たちが接見をする際に携帯電話をどうしているかというと、千差万別です。

職員から「携帯電話持ってますかー?持ってたら中で通信しないでくださいねー」という注意喚起だけの場合もあれば、

「もしよかったら預けてください」などと言われ、こちらが「いや、お断りします」と言えば、あちらも「あ、そうですか。わかりましたー」という反応のこともある。

中にはもっと強く要請をしてくるケースもある。

 

もしこれが一般的に「禁止」されているのだとすれば、こんな対応にはならない。

 

話は朝日新聞の記事に戻って、この記事を読んだ読者はほぼ全員が

「接見室には弁護人も含めて携帯電話の持ち込みが『禁止』されている」としか思わないだろうし、

その『禁止』をかいくぐって携帯電話を持ち込んだことが悪いんだと思うだろう。

 

しかしそれは誤りです。

(もしこの記事通りの事実があったならば)悪いのは、中で携帯電話を証拠隠滅行為に用いたことそのものなんです。

そして弁護士にはそのようなことをしない職業倫理があり、そのような倫理によって弁護人と刑事被告人との関係は保たれてる。