大川原化工機事件の身柄判断を検証する | 空気を読まずに生きる

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弁護士 趙 誠峰(第二東京弁護士会・Kollectアーツ法律事務所)の情報発信。

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以下は季刊刑事弁護(現代人文社)119号 検証刑事裁判「大川原化工機事件の身柄判断を検証する」として書いたものを、現代人文社からの許諾を受けて転載するものです。

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1.はじめに

 本誌第116号の季刊刑事弁護レポート「大川原化工機事件・人質司法の記録」において、大川原化工機事件における身体拘束についての裁判官の判断を客観的に記載した。

 大川原正明社長、島田順司取締役、相嶋靜夫顧問が謂れのない嫌疑で逮捕、勾留され、起訴後も約11か月もの間身体拘束が続き、その間に相嶋氏がガンで亡くなるという取り返しのつかない結末を招いたのは、本件を担当した裁判官たち[1]が誤った身体拘束をする判断をし続けたからに他ならない。そして裁判官たちが徹頭徹尾身体拘束をするとの判断をした最大の理由は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」(勾留について刑訴法60条1項2号、保釈について刑訴法89条4号、以下必要に応じて「罪証隠滅の相当理由」と略する)である(なお、本件では最終的になされた保釈を認める旨の決定においても、罪証隠滅の相当理由はあるとされていた)。

 そこで、本稿では、本件のような誤った身体拘束の判断を二度と繰り返さないために、逮捕状発付の場面から勾留段階、起訴直後、公判前整理手続の各段階において、いかなる事情が「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」として主張され、それを裁判官たちが誤って受け入れてしまったのかを検証する。

2.逮捕状発付段階における罪証隠滅のおそれ

 2020年3月10日付け警視庁公安部外事第一課警部宮園勇人名義の逮捕状請求書には、「被疑者の逮捕を必要とする事由」として「被疑者は共犯者らと違法性の認識について通謀し否認していることから、証拠隠滅のおそれや逃亡のおそれが認められる」と記載されている。これを受けて、同日、東京簡易裁判所裁判官岡野清二は大河原社長ら3名に対する逮捕状を発付し、同日執行された。

 刑事訴訟法では逮捕状発付の要件として「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認める」ことをあげるが、一方で、「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」は逮捕状を発しないことができるとされている(199条2項但書)。その判断基準として、刑訴規則143条の3が「逮捕の理由があると認める場合においても・・・罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない」と規定しているとおり、逮捕状発付段階でも罪証隠滅のおそれが問題となる。

 そしてこの点について、逮捕状請求書の「被疑者は共犯者らと違法性の認識について通謀し否認していること」をもって罪証隠滅のおそれを認定したのだとすれば、まさに否認していることそのものが罪証隠滅のおそれを認めるべき事情とされ、逮捕状発付につながったということとなる。

 本件のように、実は捜査機関が「事件をねつ造」[2]し、被疑者にそもそも犯罪の嫌疑自体がなかったにもかかわらず、そのような謂れのない嫌疑を否認する被疑者に対して、否認していることそのものが罪証隠滅のおそれだとして逮捕状発付につながるのが現代の令状発付実務であり、この事件はこのような判断がいかに誤りであるかを示している。

事実を否認していることを、罪証隠滅のおそれを肯定する事情として身体拘束することは誤りなのである。

3.勾留段階における罪証隠滅の相当理由

 その後、2020年3月12日付け検察官による勾留請求を受けて、同月13日に東京地方裁判所裁判官世森ユキコは大川原社長らに罪証隠滅の相当理由があること等を理由として勾留決定をした(刑訴法60条1項2号、3号)。さらに弁護人からの準抗告申立てを受けて、同月17日東京地方裁判所刑事第11部(裁判長裁判官吉崎佳弥、裁判官井下田英樹、裁判官池田翔平)は、大川原社長らに罪証隠滅の相当理由がある等として準抗告棄却決定をした。

 この段階の身柄判断において、罪証隠滅の相当理由が認められる要素として裁判官たちがあげたのは、①本件事案の性質及び内容、②被疑者や共犯者、関係者の供述状況、③被疑者及び共犯者の同会社内での地位、④捜査の進捗状況(上記準抗告棄却決定より)である。

 まず、①本件事案の性質及び内容とは何を指しているのであろうか。本件事案は、噴霧乾燥器を経済産業大臣の許可を受けずに中国に輸出したというものであるが、この事案の性質及び内容がいかなる理由から罪証隠滅の相当理由を肯定する方向に結びつくのかは不明である。考えられるのは、経済安全保障政策という国の施策が問題となる事案であるということ、噴霧乾燥器という精密機械のスペックが問題となり、裁判官もすぐには内容を理解できないこと、中国という日本以外の国家が問題となること、外為法違反という日常的に目にしないような珍しい事案であるということなどが考えられるが、いずれも罪証隠滅の相当理由を基礎づける事情になりえないことは明らかである。しかし、裁判官たちはこのような「事案の性質及び内容」もまた罪証隠滅の相当理由を肯定する方向に解釈したのである。

 次に、②被疑者や共犯者、関係者の供述状況についてであるが、大川原社長らが逮捕される1年以上前から、大川原社の社員ら関係者は捜査機関からの任意聴取の要請に応じ、延べ250回以上もの事情聴取が行われてきていた。その中で、大川原社長らは、本件噴霧乾燥器のスペックなどからして、経産省の輸出許可が必要なものではない旨(すなわち被疑事実を否認する旨)の供述をしていた。つまり、関係者の供述はほぼすべて任意捜査段階で収集済みなのである。そして、大川原社長らは、逮捕後は黙秘権を行使した。このような供述状況を受けて、「被疑者や共犯者、関係者の供述状況」から罪証隠滅の相当理由を認めたということは、大川原社長らが被疑事実を否認する旨の供述をしていること、逮捕後は黙秘権を行使していることそのものから罪証隠滅の相当理由を認めたと評価せざるを得ない。

 弁護人は準抗告申立書において「被疑者の身柄を拘束して少なくとも事実上の苦痛を味合わせ、捜査機関の自由自在かつ恣意的な時間配分による取調べを強行し、「説得」の名の下に弁解を不当に抑圧して放棄させ、そして検察官の見立てどおりの自白を獲得することが本件勾留請求の目的である。それ以外の目的は一切ない」と極めて的確に主張していたにも関わらず、それでも裁判所は「被疑者や共犯者、関係者の供述状況」を罪証隠滅の相当理由の事情としたのである。もし大川原社長らが虚偽の自白をしていれば、裁判所は罪証隠滅の相当理由を認めなかったのではないだろうか。これこそが人質司法の実態そのものである。

 また、③被疑者及び共犯者の同会社内での地位についてであるが、本件では大川原社長ら会社のトップの立場にある者の勾留が問題となっていることから、他の従業員たちに働きかけて、彼らの供述を歪める可能性を罪証隠滅の相当理由を肯定する事情としたのであろう。しかし、本件のように会社の事業そのものに嫌疑がかけられ、社長など会社の上層部が被疑者になる事件は決して珍しくはないところ、そのような立場や地位をもって罪証隠滅の相当理由とすることもまた誤りと言わざるを得ない。もしこの理屈が通るならば、企業犯罪が問題となる事件においては、常に社長ら立場が上の者には罪証隠滅のおそれがあることとなる。このような裁判所の判断の前提として、被疑者というものは口裏合わせ等の罪証隠滅行為を行うものだ、との偏見があるように思えてならない。具体的に偽証を教唆するなどの罪証隠滅の具体的な事情を指摘できる場合は格別、そうではない場合においてこのような「地位」に着目して罪証隠滅のおそれを判断することは誤りである。

 さらに、④捜査の進捗状況については、おそらく逮捕直後でありこれから多数の者の取調べを行う段階ということを言いたいのだろうが、捜査の進捗状況を、被疑者の罪証隠滅の相当理由の判断要素とすること自体が大いに問題である。加えて、本件においては1年以上もの間、任意捜査が行われた挙げ句の逮捕であり、この期に及んで「捜査の進捗状況」を罪証隠滅の相当理由の判断要素とすることはおよそ合理的な判断とは言えない。

 結局のところ、本件における勾留段階での罪証隠滅の相当理由についての判断は、身体拘束をして自白を得たいという捜査機関側の事情を裁判所が慮って罪証隠滅の相当理由という要件にこじつけて勾留を認めたものと言わざるを得ない。本来であれば、すでに1年以上もの任意捜査を経ての事件であり、社長ら会社関係者が犯罪の成立を否認し、黙秘権を行使している状況に鑑み、罪証隠滅の相当理由は認められず、むしろ身体拘束下で取調べを継続することは虚偽自白を誘発するおそれがあるとして勾留却下すべきであったのである。

 この勾留段階で大川原社長らの勾留を認めた裁判官の責任は極めて重い。ここで勾留を認めなければ、全く無実の人が11か月もの間身体拘束され、またそのうちの1人が命を落とすという取り返しのつかない結果は回避できたのである。そして、少なくともこの事件においては、検察官の勾留請求を却下することは十分に可能であったと言うべきである(もしこの事件において大川原社長らの勾留請求を却下することが現実的に期待できない令状実務なのだとすれば、そのような令状実務は何かが根本的に誤っているということである)。

4.起訴直後の段階における罪証隠滅の相当理由

 大川原社及び大川原社長ら3名が外為法違反で最初に起訴された直後である2022年4月6日に弁護人は大川原社長ら3名の保釈請求をした。これに対し、同月8日、東京地方裁判所裁判官遠藤圭一郎は、保釈却下決定をした。その理由は、刑事訴訟法89条4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある)であった。

 この保釈却下決定に対して弁護人が準抗告を申し立てたところ、同年4月15日、東京地方裁判所刑事第8部(裁判長裁判官蛭田円香、裁判官坂田正史、裁判官島尻大志)は、刑訴法89条4号に該当するなどとして準抗告を棄却する決定をした。

 ここで裁判官たちが罪証隠滅の相当理由の根拠としたのが、①事案の性質・内容、②見込まれる争点、③証拠構造であった(上記準抗告棄却決定より)。

 まず、①事案の性質・内容についてであるが、これは勾留段階での罪証隠滅の相当理由のところでも問題となったものであるが、何を指すのか判然としない。いずれにせよ、本件のような事案の性質・内容を罪証隠滅の相当理由を肯定する事情として用いたこと自体が判断を誤らせたのである。

 次に、②見込まれる争点についてであるが、この段階で見込まれていた争点は、問題となった噴霧乾燥器が政省令で定められた要件を満たすかどうか、そのことについての被告人らの故意や共謀があったのかといった点であった。これについても、これらの見込まれる争点がいかなる理由から罪証隠滅の相当理由に結びつくのか不明である。しかし、本件においては、噴霧乾燥器が政省令で定められた輸出にあたって経済産業大臣の許可が必要な要件を満たすこと自体を争い、また噴霧乾燥器がそのような要件を満たすことの認識や共謀を争わないことは、大川原社長らの立場からしてもありえず、このことをもって罪証隠滅の相当理由を肯定するのだとすれば、結局のところ公訴事実を否認し、無罪を主張していることをもって罪証隠滅の相当理由を肯定したと評価する他ない。そしてこの判断が誤りであったことは、この事件の顛末からしても明らかである。

 また、③証拠構造についてであるが、これも何を指すのか判然としない。言えることは、本件は被害者や目撃者の供述といった直接証拠があるタイプの事件ではなく、上記の各争点について状況証拠を積み上げる立証を検察官は予定していたということである。しかし、だからといってなぜそのことが罪証隠滅の相当理由に結びつくのかは不明である。

 起訴直後の保釈請求に対する裁判所の判断を見ると、裁判官は大川原社長ら被告人たちが無罪主張をする以上、起訴直後の段階では保釈をしないという結論が先にあり、その結論を正当化するためにさまざまな事情を罪証隠滅の相当理由に結びつけて判断を下したと見る他無い。本件のような過ちを二度と繰り返さないためには、「無罪主張をする以上、起訴直後の段階では保釈をしない」という考えそのものを捨て去る以外に方法はない。そうしないと、全くの無辜を長期間にわたって身体拘束し、無辜が命を落とすという過ちが今後も繰り返されることとなる。

5.公判前整理手続段階における罪証隠滅の相当理由

 その後、公判前整理手続が進捗するたびに、弁護人は幾度となく保釈請求をしたが、いずれについても罪証隠滅の相当理由があることを理由に保釈請求は却下され続けた。

 このうち、相嶋氏の体調が悪化し、がんであることが明らかとなり、勾留執行停止が認められた後である2020年12月1日の保釈請求と、その次の保釈請求である同月25日の保釈請求についてここでは取り上げたい。

(1) 2020年12月1日付け保釈請求

 この時点での公判前整理手続の進捗状況は、弁護人はすでに予定主張記載書面を提出しており、本件噴霧乾燥器が政省令で定められた「滅菌又は殺菌をすることができる」という要件を満たすかどうかについて、同要件の解釈方法として国際的に合意されたものと同一に解すべきこと、それを前提に本件噴霧乾燥器は要件に該当する客観的性能を有せず、必然的に本件噴霧乾燥器が本件要件に該当することについての故意も共謀もないとの主張を明示していた。さらに、政省令で定められた「滅菌又は殺菌」の解釈について検察官と対立があるが、検察官の採用する解釈を前提としても、本件噴霧乾燥器は同要件を満たさない旨の主張も明示していた。

 このように12月1日付け保釈請求は、本件の争点がすでに概ね整理された段階での保釈請求であった。

 ところが、同月4日、東京地方裁判所裁判官三貫納隼は、大川原氏、島田氏、そして相嶋氏の3名いずれについても、法89条4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある)に該当するなどとして保釈請求を却下した。

 この保釈却下決定に対して弁護人は準抗告を申し立てたが、同月17日、東京地方裁判所刑事第1部(裁判長裁判官守下実、裁判官家入美香、裁判官一社紀行)は「本件の争点及びこれに対する証明予定事実記載書面等により明らかにされた検察官の立証構造、会社関係者の供述調書を含む大半の請求証拠が不同意とされていること等に照らすと、被告人の当時の認識等に関し、共犯者や会社関係者に働きかけるなどの罪証隠滅の具体的可能性が認められる」として、準抗告を棄却した。

 ここで裁判官たちが罪証隠滅の相当理由の根拠としたのが、①本件の争点、②検察官の立証構造、③大半の請求証拠が不同意とされていること、である。これらを理由に、大川原社長らが、当時の認識等について共犯者や会社関係者に働きかけるなどの罪証隠滅の具体的可能性が認められるとしたのである。

 公判前整理手続が進み、争点も整理された段階での保釈請求において、上記①から③の観点から罪証隠滅の相当理由を認めるとはどういうことであろうか。想像するに、被告人らが無罪を主張し、検察官は多数人の供述によって公訴事実を立証する計画を立てているところ、弁護人はその供述調書の大半を不同意にしているために多数人の証人尋問の実施が予定されており、その多数人の証人に対して働きかけ、偽証教唆等の罪証隠滅行為をすると疑うに足りる相当な理由があるということを言いたいのであろう。

 しかし結局のところ、このような裁判所の判断は、無罪主張をしていることを理由に罪証隠滅の相当理由を肯定しているに他ならない。さらにその背後には、無罪主張をする者を保釈すれば罪証隠滅行為を行うものだ、との極めて偏った、実証的根拠の全く無い予断があるとしか考えられない。裁判所の判断には、大川原社長らが、具体的にどのような罪証隠滅行為を行うと疑うに足りる相当な理由があるのかについての、具体的な説示が一切ない。

(2) 2020年12月25日付け保釈請求

 上記保釈却下決定後、従前の証拠意見を前提とした場合に検察官が請求する証人予定者を明らかにしたことから、弁護人はその一部について供述調書に同意する旨の証拠意見の変更をした。その結果、尋問が実施される見込みの証人の人数が減った。

 このような経緯のもと、弁護人は2020年12月25日付けで保釈請求をした。これに対し、同月28日、東京地方裁判所裁判官鏡味薫は保釈許可決定をした。

この保釈許可決定に対して検察官が準抗告を申し立てた。それに対し、東京地方裁判所刑事第6部(裁判長裁判官佐伯恒治、裁判官室橋秀紀、裁判官名取桂)は原裁判取り消し、保釈請求を却下する旨の決定をした。そこで裁判所が罪証隠滅の相当理由があるとしたのは、①本件事案の性質及び内容、②被告人及び共犯者らの供述内容、③被告人と関係者らの人的関係という事情からであった。これらの事情から、大川原社長ら被告人が、関係者に働きかけるなどすると疑うに足りる相当な理由があるとした。加えて、公判前整理手続の進捗状況について、「いまだ争点に関する検察官立証及び弁護人立証の予定が明確になったとまでは言い難く・・・前記罪証隠滅の現実的なおそれが大きく低下したとは認められない」とも判示した。

 しかし、この準抗告審の決定からは、なぜ鏡味裁判官がした保釈許可決定が誤りなのか、罪証隠滅の相当理由についてどのような点についての評価が判断を分けたのか、何もわからない。結局のところ、この決定もまた、無罪主張をしている被告人(しかも会社の社長という立場)といった形式的な理由だけから保釈を認めないという結論が先にあり、その結論を正当化するためにさまざまな事情を罪証隠滅の相当理由に結びつけて判断を下したのである。

(3) 公判前整理手続中の保釈の判断について言えること

 昨今、無罪主張事件において、公判前整理手続が進行するにつれて保釈が認められるケースがないわけではない。しかしその多くのケースでは、公判前整理手続が始まった段階よりも、争点が絞られ、検察官請求の供述調書の一部について同意意見を述べて証人(予定者)の人数が限定され、その上で罪証隠滅防止のための具体的な方策を弁護人が提示してようやく認められるという流れである。しかしこれもまた、一種の「人質司法」である。弁護人は保釈を認めさせるために争点を絞らされ、供述調書に同意させられて反対尋問するべき証人の人数を減らされているのである。

 それに対して本件では、弁護人はほとんどの請求証拠について不同意の意見を維持した。それは、捜査機関によって捏造された事件であったという結論からしても、当然の行動であったことは、後から振り返って見れば誰しも理解できるところであろう。しかし、このような本件においてもなお、一部の供述調書については保釈のために同意意見に変更を余儀なくされたことは上記のとおりである。

 この事件の保釈判断は、無罪主張事件について、公判前整理手続の中で争点を絞り、検察官請求証人の人数を限定させた上で保釈を認める場合があるという現在の運用が誤りであることを端的に示しているといえる。このような運用を続ける限り、無辜を長期間勾留しつづけることになってしまうのである。

6.最後に

 本稿では、本事件の身体拘束の判断について、各段階での「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」に着目して検証をした。ここから言えることは、裁判官たちの罪証隠滅についての判断は、「否認」「黙秘」「無罪主張」「供述調書に不同意」「会社の社長」などといった極めて抽象的な事情からの判断が繰り返されているということである。このような判断をしている限り、大川原社長のように無辜の被告人が再び長期間拘束されることは避けられない。なぜならば、無罪であると主張すればするほど罪証隠滅の相当理由があると判断されるからである。このような判断は根本的に間違っている。

 最高裁判所は、「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」の解釈として、平成26年から平成27年にかけて立て続けに決定を出している(最一決平成26年11月17日裁判集刑事315号183頁、最一決平成26年11月18日刑集68巻9号1020頁、最三決平成27年4月15日裁判集刑事316号143頁)。これらの判例が示すものは、罪証隠滅について「実効性のある罪証隠滅行為」、「現実的な可能性」、「具体的可能性」を検討しなければならないというものである。ところが、この事件の身体拘束の判断が如実に示しているとおり、裁判官は抽象的な可能性で罪証隠滅の相当理由を認め続けているのである。これが人質司法をより深刻化している。今すぐにこのような身体拘束についての判断を変えなければ、本事件の悲劇は今後も繰り返されることは間違いない。

 また、本事件の保釈判断においては、被告人の健康問題も軽視し、相嶋氏にガンが見つかった後も抽象的な罪証隠滅のおそれを理由に保釈を却下し続けた極めて深刻な問題がある。この点はまた別の機会に論じることとする。

 裁判官は、二度と同じ過ちを繰り返さないために、この事件の教訓を活かして、「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」の解釈を根本的に改めるべきである。

以 上

 


[1] 個々の判断内容は本紙第116号の季刊刑事弁護レポート「大川原化工機事件・人質司法の記録」を参照されたい。ここでは本件の身体拘束の判断に関与した裁判官の名前だけ列挙しておく。本件で誤った身体拘束の判断をしたのは、岡野清二、世森ユキコ、吉崎佳弥、井下田英樹、池田翔平、赤松亨太、柏戸夏子、遠藤圭一郎、蛭田円香、坂田正史、島尻大志、長野慶一郎、宮本誠、丹羽敏彦、長池健司、佐藤有紀、小林謙介、西山志帆、松村光泰、楡井英夫、竹田美波、佐藤みなと、本村理絵、牧野賢、三貫納隼、守下実、家入美香、一社紀行、佐伯恒治、室橋秀紀、名取桂の各裁判官である。

[2] 国賠訴訟での警察官の証言の引用。