春風はヒュー、ヒューと唸っていた。
しなやかな全てのものは荒れ狂ったように、優しかった新緑も体を痛めつけながら強風に耐えていた。

そんな風景を窓の外に見ながら、バウンドケーキとアップルグラタンを焼く。 香りは部屋中に広がる。

TV「心の時代」に合わせて、午後のティータイムをする。
思いもかけず、ゲストは「辺見よう」だった。

十数年前 講演会で感動し、「物食う人々」を読み圧倒されたことを覚えている。
更に 穏やかに、大きくみえた。
語ることも 心の奥底から落ち着いていた。
それは大宇宙と人間を深く、謙虚に見詰めたからではないのだろうか。
そんな感じがした。

この震災で誰もその莫大な被害に対する言葉を知らず、数字でしか表現できない。

あの光景では生きてることが偶然であって、死んで当たり前だったのかもしれないほどの被害だ。

ことごとく破壊された外部に対して、新しい内部をこしらえなければならない。
個として自分でこしらえなければならない。

この破壊に対して、メディアは真剣に深みに入っていこうとする言葉があっただろうか。

彼の真剣な、心の奥底からの言葉が、一つ一つ胸に響く。
風が吹いていた。
時に強い風が。

抱いた子は、風が吹く度 目を細目 風と呼吸を合わせリズムをとっている。

春風と幼子のハーモニー。
その曲はきっと大宇宙と大合唱のことだろう。

素晴らしかった!
感動した!

つかの間のこと、
春風と幼子の呼吸はピッタリと合い、リズミカルだった。

大人の私は、春風と幼子の語らいに、ただ寄り添っているだけだった。
「三重県の大きな農家の方だが、最近畑には蛙が一匹もいない。 鳥もなかず、虫類も異常に少ない。 何か異変が起こるのでは、と」
知人の社長から電話を受けた時のことだ。
力なくポツリといわれた。
日本人の殆どが思う「何かが……?」が不協和音となってひろがる。

でも 考えてみよう!
今 この瞬間にも生まれ来る子等のことを。

瞬き一つせず、キラキラした澄んだ目で、新緑のそよぎや窓からこぼれる夕日、広がるレンゲ畑に手を伸ばして「ぅわー」と感嘆の声をあげる命初々しい幼子達は、今からここから この地球で偉大な生命力に力を増し、成長していくのだ。

美しいものが見れる世の中であらねばと切実に思う。