鹿児島県指宿市にある高牟礼川遺跡(たかむれ
がわいせき)は縄文時代と弥生時代の両方の
土器が出て歴史認識を変えた画期的な遺跡
です
広大な駐車場
はしむれ時空館という博物館があります
今から100年以上も前の大正5年(1916年)に
旧制志布志中学校の生徒西牟田盛健がここで
縄文土器と弥生土器を高牟礼川で拾った
ことで発掘が始まります
高牟礼川
昔縄文土器はアイヌ式土器と呼ばれ弥生土器
と作った民族が違うと思われてました
時空館CoCCoはしむれ入口
今でも縄文人の居た日本に渡来人の弥生人が
やってきたと主張する人たちが未だにいます
現在DNAで調べると縄文人と弥生人は全く
同じです
むしろアイヌ人は先住民ではなく日本人と
侵略者オホーツク人の混血で鎌倉時代に
日本に来たらしい事がわかっています
時空館の入口を入ると立派な馬像が出迎えて
くれます
時空館はしむれの正面馬像
これが濱田博士の縄文と弥生に違いは民族の
違いではなく縄文時代が古く弥生時代が新し
いという事が証明された瞬間です!

喜田博士も自分の主張とは反対の証明ですが
真実を大事にした学者だと痛感します
とっても歴史的な遺跡です!
さて時空館では縄文人と弥生人の食卓が
展示されています
縄文人の食卓
木の実や海産物がありますが米が有りません
一方弥生人の食卓では米がわんさか有ります
弥生人の食卓
弥生時代に水稲栽培ができて食糧が安定した
ように思えますが
この食卓を見ると縄文人の方が豊かなよう
に見えます
実際栄養状態は縄文時代の方がよくて天候に
よって飢饉のあった弥生時代の方が悪いの
です
もっとも人口は弥生時代の方が圧倒的に多い
のです
古墳時代の蛸壺
古墳時代の蛸壺にタコが入ったリアルな展示
があります
最近、ここの弥生式土器だと思っていた土器
が成川式土器という古墳時代の土器だという
ことがわかりました


成川式土器
縄文時代に開聞岳の噴火で集落が無くなり
数百年して古墳時代に復活したようです
噴火は大変怖い天災ですね!
長頸壺(7世紀)
須恵器が出土していて奈良時代にも集落が
あったことが分かっています
平安時代の遺物もあります
硯・刀子・墨書土器
しかも、硯とか『府』と墨書された土器が
あるという事は結構、政治的、軍事的中心的
な街だったと思われます
隼人の盾(レプリカ)
この辺りの人は隼人と呼ばれ勇猛だったよう
で畿内(京都、大阪、奈良)で軍事の仕事に
従事していたようです
高牟礼川
この遺跡が発見された高牟礼川は元はもっと
大きな川ですが護岸工事で小さくなった川です
竪穴住居
復元された竪穴住居がたくさんあります
中に入ると見た目よりも広々しています
竪穴住居内部
炉の跡がありここに土器を置いて生活して
いたようです
炉の跡
きっとこんな感じだったのでしょう↓
竪穴住居復元
ひときわ大きな小高い山は一体何だろうか?
小高い山
内部に入る道があります
山に入る道
内部に入ると貝の殻の山でした!貝塚です
貝塚地層展示
何代にも渡って採ってきた貝を干して食べた
り物々交換していたようで、貝殻が小山に
なってしまったようです

平安時代の貞観15年(874)開聞岳が噴火して
イタリアのポンペイのように火山灰に埋ま
ったので日本のポンペイと呼ばれています
ポンペイでナポリピザを食べた院長がいる
歯科医院は
↓
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