童謡やお座敷遊びで有名な金毘羅さんの歌
金毘羅船々(こんぴらふねふね)追風(おいて)に
帆かけてシュラシュシュシュ〜♬
まわれば 四国は讃州(さんしゅう)那珂の郡
(なかのごおり)象頭山(ぞうずさん)金毘羅大権現
(こんぴら だいごんげん)一度まわれば〜♫
とっても楽しそうなので潜入調査しました
JR琴平駅
JRが代々大事にしてきた事がよくわかる
とても立派な駅舎と灯籠です
琴電琴平駅
すぐ横に琴電琴平駅があります
大宮鳥居
正面に見える台形のなだらかな山が象頭山
で金毘羅さんのある所です
象の頭の様な形ですね!
金毘羅さんは海の守護神で昔から漁業
船舶関係の信者が多い神社です
表参道
宿屋や土産物屋、食べ物屋がめじろ押し
本家とらや旅館
江戸時代からあるような旅館やなぁ〜!
と思ったら400年前の江戸時代初期からある
チョー老舗旅館だったのです

しかし
昭和45年(1970)に旅館を廃業今はそばと
うどんの店になっています
昭和天皇や上皇陛下が皇太子の時に泊まった
御宿でしたが
今は杖100円の無人レンタルショップに
なっています
参道の階段はこの階段から始まります
金毘羅さんの石段は大変だとチョー有名な
石段なのに出だしはショボいね!
と思ったのが後で大きな間違いだと気付き
ました
紀の国屋 森の石松人形

52段目
明治15年創業の紀の国屋があります
名物は石松饅頭、編笠の形のアンコ入り
焼き饅頭で全自動の器械が作ってるのが
見られるはずなんですが・・・
新型コロナウイルスのため休業中でした
↑森の石松人形も内向き
一之坂鳥居
113段目
にはめちゃくちゃデカい鋼鉄の鳥居が
あります

鳥居の柱の裏

三井造船と三造エムテックという造船会社
とその子会社か?どちらも岡山県玉野市に
工場があります
備前焼狛犬
備前(岡山県)の長栄講の作った備前焼狛犬
はかなり凄いですね!
燈明堂と釣灯籠

168段
細長い灯明堂は安政5年(1858)に夜の参道の
を照らす釣り灯篭を付けるために瀬戸内の
船大工が作ったのでしっかりしているそう
です
重要有形民俗文化財になっています
三好商店

↑
結構いろんな土産物がありますが行きの時
いるのはせいぜい日除けの笠ぐらいです
讃岐一刀彫がたくさん売っています
金刀比羅宮の由来は二つあります
①琴平神社説
象頭山に琴平神社があって中世に仏教の
釈迦の弟子金毘羅(カッピナ)が大宝元年
(701年)に習合したという説や
②松尾寺説
元々松尾寺があって大宝年間(701-704年)
役小角が象頭山に登った時に護法善神
金毘羅(クビーラ)が出現したのでこれが
開山の縁起だと言われたりします
明治以前は神仏混淆の仏教寺院で
象頭山松尾寺金光院と言われていました

明治維新の神仏分離令でお寺が潰される
事になります
琴陵宥常(ことおかひろつね)像

その時活躍したのがこの琴陵宥常さんで
第19代別当でした
神仏混淆の仏教寺院を金刀比羅宮という
神社に変えるという剛腕で残したのです
元は寺院で今は神社の跡がたくさん
あります
掃海母艦「はやせ」の錨
第二次大戦中に米軍が日本近海や瀬戸内海に
敷設した機雷は67000個もありそれを除いて
安全な海上交通を行うため掃海部隊が活躍し
6年余りの年月と79人の殉職者いました
この奥に殉職者の慰霊碑があります
大門
さて
江戸時代には庶民の旅行禁止されていたの
ですが例外がありました
伊勢神宮へのお陰参りと
金毘羅大権現への金毘羅参り
の二つです
金毘羅参りは庶民の憧れで『金毘羅講』と
いう組合を地域で作って積立てて金毘羅参り
に行くのです
青銅大燈籠
↑
最も豪華な青銅製燈籠は山形県南村山郡
堀田村の人が願主です
金毘羅参りに行って帰ってくると
地域の英雄扱い
アルアルをしゃべったり脚色してしゃべった
り自慢話して余生を楽しく過ごせます
鼓楼と参道
365段目
振り返ると右にあるのが鼓楼で時をきざみ
四国の山並みが見えます
四国の山はなだらかで丸みを帯びています
大門は胎児の時にディスられたが秘密裏に
育てられた水戸徳川家出身の苦労人
高松藩主
松平頼重公から寄進です

水戸黄門様のお兄さんです
大門の裏
大門を潜ると傘を指して五人百姓という特別
に宮域で加美代飴を許されているおばちゃん
達です

本当は5人なんですが3人しかいません
新型コロナウイルスの影響でしょう
加美代飴
割って食べます!もちろんハンマーもついて
います 
桜馬場(さくらのばば)
宮域には3500本の桜が植っていて春には
両側の桜が咲き誇って桜の回廊になります
桜馬場南側
玉垣と灯籠がとっても豪華絢爛です

桜馬場北側
奉納された玉垣でせっかくの灯籠が見え
ませんね!

銅鳥居
この鳥居をくぐって階段を登ると大きな
広場に出ます
桜馬場西詰銅鳥居
431段目
一番人気はこのこんぴら狗(いぬ)で名前は
ゴンです
こんぴら狗(いぬ)
江戸時代、犬の飼い主の代わりに代参する
犬を
こんぴら狗と呼ばれていたのです

そのシステムが凄い!
木札、初穂料、道中の食費などが入った袋を
犬の首にかけます
これだけ!!
クスノキ
すると
某旅人
「○○宿まで俺が連れてってやろう」
と旅人から旅人と連れられたり

街道筋の人が餌をやってお金を貰ったり
貰わなかったり

餌をやる某おばちゃん
「ワンちゃん賢いね!私も功徳になるよ」
アフリカの象
そして金毘羅さんへ参拝してお札を貰って
帰ります
晴の日ばかりではありません
雨の日や風の日、雷もありますし
四国だから船に乗らねばなりません
プロペラ
帰りも旅人や街道沿いの人々、船頭さん
に助けられて無事主人の元に帰ったら
飼い主はどんなにうれしかったこと
でしょうね
犬自慢と金比羅さんの神徳話をしまくり
でしょうね
江戸時代の日本が世界一平和であった
ことがよくわかります
トイレもありますし一息ついてまた階段
またも高松藩主松平頼重公の寄進した
木馬舎です

一頭の実物大の馬の木彫がいます
隣には資生堂パーラー神椿もあります
御祭神
瀨織津姫神・速秋津姫神
気吹戸主神・速佐須良姫神
ここで浮世の穢れを落とします
そしてとうとうキターーーーーー!
本殿か!と思ったら旭社でした
森の石松はここを本殿だと思って帰った
らしい
ただしここは本殿への行に拝んではいけま
せん帰りに拝む神社です
江戸時代の金毘羅大権現の時代は
これが金堂でたくさんの仏像が並んで
いたようです
旭社 天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神
伊邪那岐神・伊邪那美神・天照大御神
天津神・国津神・八百万神
たくさんの仏像が入っていたので
たくさんの神様がお祀りされています
総ケヤキ造りの社殿で彫刻が素晴らしい!
世代を渡って造ったので参道の讃岐一刀彫
屋の御先祖はこれを造った人らしい
帰りにご挨拶に拝んでください
黄銅鳥居
この鳥居慶応3年(1867年)に伊予松山の
松齢講より献納されたものです
金毘羅講の財力の豊かさがよくわかります
慶應3年の次の年は明治元年です
賢木門(さかきもん)
642段目
桃山時代の唐破風の屋根を持つこの門
天正年間(1573-1592年)に四国を平定した
長曾我部元親の献納しました
四国平定にの時に琴平山の隣の大麻山に
布陣したのですが
その夜、琴平山の草木が全部敵に見えて
ギャ~~~~~敵だ~~!
との~~~!大丈夫ですかー??
老臣らはこれは今まで破壊した社寺の
神罰だと考え元親も改心して門を献納した
そうです
しかし、急いでつくったので柱が一本
逆さまにつけられ逆木門といわれたの
ですが「賢木」と変えました
マイナス一段紺色のTシャツの子供が降りようとしている
のが
マイナス一段です

このままで行くと御本宮で786段目になり
786(なやむ)と語呂が悪いので
ここでマイナス一段を造り785段目が
御本宮となるようにしたようです
御前四段坂
652段目~785段目
やっと登り切った~~!
御本宮の前にでる頃には皆さんマスク
も外しています
息苦しいですからね

海抜251mで785段目まで来ました
御本宮
御祭神
大物主神
奈良県の三輪神社と同じ日本最古の神様です
崇徳天皇
平安時代の万永元年(1165年)崇徳天皇が合祀
されました
もちろん
隠れた本尊は金毘羅大権現です
金毘羅(クビーラ)元ガンジス川のワニの神様
で仏教の守護神です
軒の下を見ると
御利益
農業、殖産、医療、海上守護の神様です
側面かた見ると凄くカッコいいですね!

奥院までは1368段目であと583段もあるので
ここで諦めて

高台で讃岐平野一望の景色を堪能できます
高台(展望台)
左の少し高い山が
讃岐富士(飯野山)です
実になで肩の富士山です
授与所
御朱印をいただきに行きます

御朱印
いろいろなお守りが売られていますが
やっぱりこれでしょうミニこんぴら狗守り
ミニこんぴら狗守り
1500円
お守りとちいさなこんぴら狗が付いています
何やら巫女さんがこんぴら狗の整備して
いたのでよく見るとおみくじでした
開運こんぴら狗みくじ
こんぴら狗みくじ100円です
こんぴら狗みくじの狗
背中から取り出す斬新なデザインです
御本宮の隣の三穂津姫社は只今修復中
なので
絵馬堂に

絵馬堂 凄いですね!いろんな物があります
昔の絵馬は馬とか象とか神仙ですが
最近のものは船関係の物ばかりですね!


絵馬堂
日本人初の宇宙飛行士の秋山豊寛さんの
奉納額があります!毛利衛さんより2年前
に宇宙に行っています
それもソ連のソユーズTM-11でに行きソ連の
宇宙ステーションでジャーナリストとして
大漁旗
海の守護神らしい

モルツマーメイド号
平成10年(1998年)アルミ缶リサイクル
ソーラーボートを兵庫県の堀江謙一さん
が奉納しました

堀江さんは平成8年(1996年)南米エクア
ドルから138日間で16000㎞の太平洋単独
無寄港横断の快挙を達成したものです

流し樽
さて流し樽という江戸時代から続く金比羅
さんのお参りの仕方があります
樽にお酒やお賽銭を入れて海に流すと拾った
漁師さんが代参してくれるという
流し樽

流した人も届けた人も神の御加護があり
心願成就するそうです
こんぴら狗といい流し樽といい人と神様
を信じないとできないことです
日本の良い風習ですね!
歯良い風習を知りたい人はこちら
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たかぼん
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