「“サイケこうせん”!!」
「させるかよ!!」
スリープが不思議な光線を放ってきた!しかしココロは全く動じない。むしろ相手の懐まで勢いよく突っ込んでいく!!だけど技を浴びながらの一撃。きっとノーダメージでは済まされないだろう。ぼくは彼女の身が心配でたまらなかった。
「ソラ!ぼくたちも力を合わせるんだ!」
「そうだね!!」
なんとかしなくちゃ。そんな気持ちが自分を突き動かす。だけど“かなしばり”が解けた訳ではない。だから出来ることはひとつ。
「行くぞおおおおお!!」
「えーーーーい!!」
「ち、いちいちめんどくさい奴らだ!」
ソラと息を合わせてぼくは突撃していく。ココロと同じ戦法である。でも無策でこんなことをしているわけじゃない。色んな方向から攻撃して相手の注意を散漫にして“かなしばり”が解けるまでの時間稼ぎをしようと思ったのである!
「隙あり!!」
「ぐっ!!」
「こっちも隙あり!」
「ちっ!!」
「いっけぇ!!」
「く………!!」
その間にココロがスリープの懐に飛び込んでいく!当然ながら一瞬相手の動きが止まる。反撃しようとした瞬間、今度はすかさずソラが同じように攻撃を仕掛かけて、再び動きを止める。最後にぼくが二匹に続けて攻撃を仕掛ける!いくら技よりも与えられるダメージが少ないとはいえ、三匹分あればかなり違うだろう。何より相手はちょこまかと攻撃を受けることで、集中力が散漫になって苛つきも激しくなっていく。
そんなことをどれだけ続けただろうか。さすがのぼくたちも息切れが目立つようになってきた。スリープも相当のダメージを負ってきたのか、反撃しようとする動きが無くなってきた。タイミングを見計らって、ココロが相手に詰め寄る。
「まだ続けるつもりか?そろそろルリリを解放したらどうなんだ?」
「ちくしょう………新米探検隊になんかやられてたまるかよ!」
「しぶとい奴め。だったらこちらも応じるまでだ」
状況的には一進一退。だけどこのまま長期戦になれば数で勝るぼくたちが有利になるのは明らか。しかもそのうち“かなしばり”が解ければ、一斉に攻撃を仕掛けてスリープにトドメも刺せる。それを踏まえてのココロの発言なんだろう………ぼくはそうやって解釈した。だけど未だに彼女から殺気に満ちた表情が和らぐ気配はない。原因がわからないだけにそれだけが心配だが、今はまずこのバトルを終わらせることが先だ。きっとルリリだって心身ともに疲れているだろうから。
「生意気な奴だ!これでも食らえ!“れいとうパンチ”!!」
「な!?ココロちゃん、逃げて!!」
予想外の技が繰り出されて、ソラが一番焦り出す。無理もない。じめんタイプのココロにとって、こおりタイプの技は致命的な一撃になるのだから。問題は精一杯叫ぶソラの声が彼女の耳に届いているかだが。
「馬鹿め!今さら突撃を止めるなんて出来まい!このまま氷漬けになってしまえ!!」
「いやぁ!!お願い!私に友達を助ける力を授けて!」
ソラはぎゅっと目を閉じて叫び、スリープに向かって突撃をした!!電気袋から技を放てればどれほどラクかわからない。それが出来ないもどかしさ、どんな姿であろうとココロばかりが相手と渡り合えている悔しさ。そんな色んな感情をごっちゃに抱えながら。
「ちくしょう………!!!いい加減技を使えるようになってくれええぇぇ!!」
ぼくだって同じだ。穏やかなココロがその姿を失ったのは、自分がしっかりしてなかった責任だ。いくら相手がおたずねものと呼ばれるくらい強敵だったとしても、一流の探検隊を目指しているなら負けちゃいけない…………そうだろ?
カーーーーゲッ!!!!
「えっ?ススム………//////!?」
「あれは…………“メタルクロー”!!」
「ぐわああああああ!!」
自分でもどのように動いたかわからない。だけど、スリープに向かって側面から突撃しようとしていたソラを左腕でしっかり抱き締め、その勢いのまま右腕を振り落としたのである。まともにダメージを受けた相手は激痛に叫びながら、勢いよく壁にぶつかったのだった。
一方でギリギリのところで“れいとうパンチ”を正面から受けずに済んだココロには、決定的な一撃の正体を見抜いていた。確かにヒトカゲならば誰でも取得できる技。だけどそれなりにバトルを経験してないといけないし、昨日は繰り出してなかったはず…………彼女はそう思い返す。
(ススムさん、きっと不安の中であたしやソラさんを支えてくれているんだろうな………)
あたしは気分がブルーになるのを感じました。だけどそんな姿をここで見せても仕方ない。今はほぼ勝利が決まったこの状況を素直に喜ぶべきだと思ったのです。
「ち、ちくしょう!!“サイケこうせん”!!」
「させるか!!”メタルクロー!!”」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
トドメの一撃をぼくは放った。次の瞬間、スリープの断末魔の叫びが頂上全体、そして不気味な雰囲気の空に響いた。力尽きて倒れた相手を尻目に、ぼくたちはルリリの方へと急ぐ。かなりの長時間恐怖や不安に耐えてきた幼いポケモンに、ソラが優しく声をかけた。
「助けに来たよ。大丈夫?ケガとかしてない?」
「はい。大丈夫です」
まだ安心感に満たされた状態とは言い難いが、ルリリは無事を教えてくれた。ソラが満面の笑顔で嬉しそうに続ける。
「良かった~!ホッとしたよ!お兄ちゃんが待ってるよ。さぁ帰ろう!」
「はい」
ルリリは小さく頷いて近づいてきた。ぼくたちはバッジを空高く掲げる。温かく優しい光が全体を包み、その場からダンジョンの入口へと移動させたのである。
スリープはと言うと、バトルが終了した時点でバッジを通じてギルドへと連絡が届くシステムになっていたようで、ぼくたちが入口に戻ってきた頃には別のポケモンたちによって身柄を確保されていた。
「ワタシハジバコイル。コノチイキノホアンカンデス。コノタビハオカゲサマデ…………オタズネモノヲタイホスルコトガデキマシタ!ゴキョウリョクカンシャイタシマス!」
保安官…………つまりこの世界における警察官のような役目をしているのだろう。何度も感謝の気持ちを伝えてくるジバコイルの話から考えるに、彼らのチームでも取り抑えるのが難しいと判断したとき、巨大な探検隊連盟とも言えるプクリンのギルドに協力要請が来るのだと思った。
「ショウキンハギルドニオクッテオキマス。アリガトウゴザイマシタ!」
『え!?』
ジバコイルの言葉に三匹は凍り付いた。賞金がギルドへ直接送られているというならば、今回もそのほとんどが自分たちの手元に来ないことを意味するからだ。
何というかこれまでの苦労が疲れという波になって、一気に“トゥモロー”を飲み込んだのは言うまでもない。
「サアクルンダ」
「トホホ…………」
スリープはジバコイル、そして部下であるコイルたちに連行されて、その場から東側に向けて立ち去った。これで一応今回の騒動は解決という形になるだろう。ただひとつを除いては。
(結局、あの目眩みたいな現象って何だったんだろうな)
その謎は解けなかった。だからだろうか。イマイチ消化不良感が否めない。だけど手がかりが無い分、今回はこれ以上のことを考えるのは止めよう。ソラやココロも特に何もぼくに聞いてこないし。
「ルリリ!」
「!!」
今度は南側から声がした。聞き覚えのある声に一気に緊張が解けたのか、ルリリに涙が浮かんでくる。
「お、お兄ちゃん!」
「ルリリ!」
「うわあ~~~~~~ん!お兄ちゃ~~~~~~~~ん!怖かったよ~~~~~~~!」
「ルリリ、大丈夫か?ケガは無いのか?」
自分の胸元に飛び込んできたルリリの背中を優しく撫でながら、心配そうにマリルが無事を確認する。
「大丈夫だよ」
「ええ。どこにもケガは無いようですから」
「ホント?良かった!本当に良かった!ルリリ。ルリリー!」
ソラとココロの言葉に安心したのか、今度はマリルも緊張が解けたようだ。溢れる涙を止めることが出来ず、ひたすらルリリの無事を喜んだ。
「良かったよね。本当に」
「これもソラさんとココロさん、そしてススムさんのおかげです。このご恩は忘れません。ありがとうございました。ほら、ルリリも」
「うん…………」
マリルが何度もお礼を伝えてくる。そしてルリリも兄の言うことを聞いて小さく頷く。知らないポケモンについていったことを反省しているのか、申し訳なさそうな表情をしながら。
「助けてくれてありがとうございます!」
「本当に………本当にありがとうございました!」
「良いんですよ。ルリリちゃん、これからもお兄ちゃんと仲良くね♪」
「うん!」
ようやくルリリの表情に明るさが戻った。誰かと一緒にいられる喜びを人一倍知っているからだろう。ココロの言葉には重みがある。もちろんソラだって夢を叶えるために一人立ちしている分、家族がいるありがたみも知っているはず。だからこそ、これだけ大変な探検隊の仕事もこなせるのかもしれない。
その間もぼくは自分の身に起きた出来事を振り返っていた。だから何だか二匹よりもひとつひとつの動作が小さくなっていたかもしれない。それでもぼくたちは兄弟と共に、“トレジャータウン”へと戻ったのだった。
「チーム“トゥモロー”。ジバコイル保安官からおたずねものの賞金、3000ポケを頂いた♪オマエたち。よくやったな♪これは今回の仕事の報酬だ。取っておいてくれ♪」
ギルドに戻ったぼくたちはペラップたちに呼ばれ、掲示板の前に集合した。どうやらギルドには賞金が送られていたようである。しかも3000ポケとなれば、相当な金額である。その影響もあるのだろう、気分屋であるペラップが鼻歌混じりで上機嫌なのも。
対してぼくたちは複雑な気持ちで、彼の話を聞いていた。というのも、報酬として受け取った額が結局300ポケだったのだから。やっぱりあの嫌な予感は的中したのである。どうしてこうなった!?
「ええ~!?これだけしか貰えないの!?」
「私たち………あんなに頑張ったのに」
愕然とするソラに、目が点になってしまったココロ。そんな二匹の表情をじーっとペラップが見つめる。
「…………アタリマエだ。これが修業というものだ。明日からまた頑張るんだよ。ハハハハハッ♪」
(ハハハハじゃねぇよ!!)
思わずぼくは心の中で突っ込んでしまった。そんなことなど知らず、ペラップはピョンピョン跳ねながらその場を立ち去る。何だろう、残されたぼくたちの心にはヒューっと冷たい風が吹いたような気がした。
「ううっ………。あと少しで良いから分け前が多いと嬉しいんだけどね………」
「本当ですね。次の探検活動に必要な道具も揃えるためにも資金は必要ですから」
切実な想いを口にする二匹。確かにいくらギルドのルールとはいえ、これからもこんな調子でギルドに稼ぎのほとんどが入ってしまうとなると正直しんどいものがある。
だけどソラはすぐに気持ちを切り替えたのか、笑顔で言った。
「でも、まあ良いか。ルリリを助けることが出来たんだから」
「そうですね。あたしたちの力でおたずねものを退治できた。それは自信になりますよね」
ココロも同調する。少しずつでも双方が歩みよってくれているのは、自分としてはありがたいもの。
「それもこれも今回はススムのおかげだよ」
「え?」
「ススムが夢を見たおかげで………ルリリの危険もいち早くわかったんだから」
「そうですよね。最初は信じられませんでしたけど…………凄い力を持っているんですね?」
ソラとココロがぼくを讃えてくれたが、自分としてはかなり複雑な気分だ。何せこの力の正体がわからないのだから。
(凄く不思議なんだけど………最初に聞いたルリリの叫び………)
考え事をしているせいか、頭の中に“夢”がよみがえってくる。
た…………助けてっ!!
(………そしてその後見た夢…………)
『言うことを聞かないと………イタイ目に遭わせるぞっ!』
『た………助けてっ!!』
(あのとき見たものは………いずれも未来に起こる出来事だった………。何でそんなものが見れたんだろう………。あの夢は一体何だったんだろう………)
考えれば考えるほど謎が深まるだけだ。
グゥ……………
『!!』
と、そのときだった。お腹が鳴ったのは。途端に顔を赤くするソラがいた。もしかして?
「ううっ…………。私のお腹が鳴ったよ………恥ずかしいな/////」
「もう………ソラさんってば………」
ココロが呆れた様子で彼女を見つめる。と、そのとき。
グゥ……………
「あっ!!」
「ハハハハ!ススムもお腹が鳴った!」
「もうっ、ススムさんまで…………/////!」
釣られてぼくのお腹までもが鳴った。赤面しながらココロが呆れる。対してソラは嬉しそうに万歳している。だけどここまで来たら道連れだ。
グゥッ……………
「えっ、そんなぁ…………/////」
ココロが白いお腹を手にしている骨で隠そうと必死になった。ソラはたまらず嬉しそうに万歳だ。
「ココロちゃんのお腹まで鳴ったよ!私たちお腹が空いてたんだね、きっと!」
「仕方ないですよぉ…………ルリリを助けるのに必死だったんですから」
「そうだよね。全然気づかなかったな」
グゥッ……………
『!!!』
話し込んでいるうちに今度は三匹全員のお腹が同時に鳴り出す。ますますソラのテンションが上がる。
「ハハハハ!気がついたら余計お腹が減ってきちゃったね!早くご飯食べに行こうよ!」
彼女に誘われてぼくたちは食堂へと向かった。既に食事は用意されていたようで、ギルドのメンバーは皆ガツガツむしゃむしゃガツガツむしゃむしゃと、夢中になって食べ進めた。
その日の夜。急に天気が荒れてきた。雨風が強くなり、時折稲光と共に雷鳴が轟く。海だって波が時化ている。そんな様子を自分の部屋からソラは眺めていたのだが、彼女は雷鳴が轟く度に尻餅を突きそうなくらい驚く。そんなことを何度か繰り返している。
ピシャッ!!ゴロゴロゴロ!!
「うわっ!凄いカミナリ!!」
「今夜は嵐みたいですね…………」
寝床に就きながらココロが言う。ぼくも明日に備えて早いところ体を休めたいところだけど、稲光と雷鳴のせいでなかなか寝付けない。どうしたもんか。
「!………そういえば!」
「どうしたのさ、ソラ」
何故だか知らないが、ソラは元気である。そしてこの時何かを思い出したのか、ぼくが尋ねるとこんな風に言った。
「私とススムが出会った前の晩も………嵐だったんだよ」
「え?」
「そうだったんですか?」
「うん。今みたいな嵐の夜の次の日に、海岸でススムが倒れていたんだ」
「偶然………なのかな?」
「ビックリですね」
ココロが途端に食い入るように話に参加する。そういえば彼女に出会ったのは、ソラに出会った翌日。だからぼくの最初の様子はよく知らないんだろうな。
「どうお?倒れたときの記憶とか………何か思い出せそう?」
「もう、ソラさん。そんなに簡単に思い出せないですよ、きっと。こういうのは焦らせたらダメなんですってば!」
ソラが自分に寄り添いながら質問してくる。すると負けじと寄り添うココロ。やっぱりまだこの二匹は恋愛的な意味では譲りたくないって感じなのだろう。ぼく自身はソラに気持ちが傾いてるだけに、凄く複雑だ。いつか本音をココロに伝えなきゃいけないんだろうけども、なかなかタイミングを見つけるのも難しそうだ。
(………どうなんだろう?うーん………。嵐があって………自分はどうしてあそこに倒れていたんだろう………)
腕組みをしながらぼくは一生懸命何かを思い出そうとする。だけど考えるほど何だかよくわからなくなってくる。
(…………ダメだ。何も思い出せない………)
「やっぱり難しいかな。ココロちゃんの言う通りなんだろうね。でもまあ少しずつ思い出していけば良いよ」
「うん、ごめん」
ソラは無理やり自分を納得させているように見えた。その気遣いが心苦しく感じる。仕方ないことなんだけど。
「明日また早いし、もう寝ようか」
「そうですね。寝坊したらまずいですしね」
「おやすみ」
こうしてそれぞれが自分のベッドに寝転がった。とは言うものの、ぼくはソラとココロ、二匹の女の子に挟まれた形。何だかドキドキして上手く寝付けない。おまけに可愛い寝顔が視界に入るから、目のやり場にも困る。相変わらず稲光と雷鳴、風や雨の音も耳に飛び込んでくるし、参ったものだ。
「………………………。ねぇ、ススム。ススム、まだ起きてる?」
ソラが話しかけてきた。ぼくは知らないふりをする。スースーと寝息が聞こえるところから考えると、ココロは完全に寝入っているのだろう。大事な骨を抱き締めるように眠る姿が何だか愛しい。そんな中、ソラが残念そうにため息をつきながらも話を続ける。
「私、あれから思ったんだけどさ………、ススムが見た不思議な夢は…………ススム自身のことと深く関わっているんじゃないかなぁ………」
(夢と自分自身が?………)
ソラの言葉が自分に刺さった感じがする。彼女は続ける。
「なんとなくだけどね。でも、未来の夢を見る“ヒトカゲ”なんて私知らないし………、ニンゲンが突然ポケモンになっちゃったというのも、私聞いたことが無いんだ」
確かにそうだろう。ぼくだって未だに受け入れがたい部分があるわけだし。きっと同じ境遇であるココロだって似たようなことを考えているだろう。
「だからこそ、その2つが大きく関わっている………。なんかそんな気がしてならないんだよ」
(自分の記憶をたどるカギが…………あの夢の中にあるのかな………)
ソラも彼女なりに自分のことを考えてくれているのだろう。だけど今の時点では、言葉の一つ一つを簡単には受け入れるのは難しい。なぜなら、
(でも、もしそうだったとしても…………一体それがどう関わっているんだろう………)
まだ単なる偶然だったかもしれないし、これから二度と同じような現象が起きるとは限らない。自分自身にまだ自信が持てないからだ。
「ニンゲンだったときのススムがどんなだったか知らないけど………、でも私は絶対良いヒトだと思うよ。だってススムの夢のおかげで悪いポケモンもやっつけることが出来たんだし………」
(悪いポケモンか………)
ソラは懸命にフォローを続けてくれている。本当にその優しさがありがたい。それだけに一歩引いている自分がちょっぴり情けなく思った。
(!………そういえば。前にペラップが言ってたな………。悪いポケモンが増えたのは時が狂い始めた影響だとか………)
突然話題が自分の中で吹き飛んだ。あのときは何気なく聞き流したけれど、意外なところに糸口があるような気がしたのだ。だったらさっきのソラの言葉も素直に受け止めたらどうなんだって突っ込まれそうだけど。
「……………うん。世界各地で少しずつだけど、時が狂い始めているんだ。なぜ狂い始めているのかはわからないんだけど…………みんなが言うには………“ときのはぐるま”が何かしら影響してるんじゃないかとも言われてるよ」
(“ときの…………はぐるま?”………)
直接会話をしている訳じゃないのに、ソラはぼくの疑問に答えてくれる。その中で出てきた“ときのはぐるま”という言葉。だけど自分にはそれが一体何を指しているのかはわからない。
「うん。“ときのはぐるま”は、世界の隠された場所…………例えば………」
やっぱりソラは優しい。丁寧に説明を始めたのだから。
「森の中とか………湖や鍾乳洞………そして火山の中といったように、色々な場所にあって………その中央にあるのが…………“ときのはぐるま”と呼ばれているんだ。この“ときのはぐるま”が、そこにあることで………それぞれの地域の時間が守られていると言われてるんだよ」
なるほど。その時間を守る仕組みが何らかの理由で異変が起きているのか。でももしそれが自然的ではなく、人為的な原因があるとしたらどうなるのだろう。例えば今回のスリープのような“おたずねもの”が盗んだりして。
「………え?“ときのはぐるま”を盗っちゃったらどうなるかって?私もわからないけど………“ときのはぐるま”を盗っちゃったら………多分その地域の時間も止まっちゃうんじゃないかなあ………。だからみんな絶対触らないようにしてるんだよ。とにかく大変なことになっちゃうと思うから………みんな怖がって“ときのはぐるま”だけは触ろうとはしない。例えどんなに悪いポケモンでもね」
彼女はまるでテレパシーでも使っているのかってぐらいに、ぼくの考えや疑問に対処している。何はともあれ、その“ときのはぐるま”ってヤツがとんでもない物だというのは理解できた。だとしたら人為的原因で影響が起きているとは考えにくい。だけど、悪いポケモンが増えている事実の説明は出来ない。この矛盾をぼくたちはどのように受け止めたら良いのだろうか。
(いいや、何だか考え事し過ぎて眠くなったし…………続きはまた明日からの探検活動でそのうちわかるだろう。とにかく寝よう)
気が付いたときにはソラも寝息を立てている。ぼくは彼女におやすみと小さく言うと、熟睡するのであった。嵐はまだ続いている様子。いつになったら収まるか、まだわからない。
一方その頃…………何者かがサッとこの嵐の中、草木が激しく揺れる森を駆け抜けていた。
「初めて見たが…………これが………そうなのか………。遂に見つけたぞ!“ときのはぐるま”を!!まずは………ひとつめ!!」
”彼“はそう言うと、触ることさえタブーとされている”ときのはぐるま“に手にかけた…………。