一ヶ月の間待って、やっと来沖した友人を連れて、沖縄中を案内した。

とりあえず行けるだけのところに連れて行き、沖縄を満喫してもらった。

滞在期間は約1週間程度だっただろうか。


観光ガイドが終わった時、私は半年振りの帰京をすることにした。

何日間東京にいるつもりかは決めていなかった。

沖縄で生活し、それに慣れて来た自分の目に、東京は一体どう写るのか。

今の自分にとって東京はどんな存在になっているのかを確かめたかった。

そして東京の友人達はどう過ごしているのか、それも気になった。

とりあえず東京でどう感じるかを確認するつもりだった。


しばらく離れる部屋を片付け、荷物をまとめた。

出発の便は、スカイマークの早朝の便。

滞在期間を決めていなかったので、車は置いていき、タクシーで空港に向かう計画にした。

時刻は早朝4時。

人々が寝静まる中、私は部屋を出て、荷物を片手にいつもの道を歩いた。

あーきーと初めて会った居酒屋の前で、タクシーに乗り、一路那覇空港へと向かった。


また沖縄に帰ってくるはずなのに、58沿いの街並みを眺めていると、どこか寂しい気持ちになった。

早朝でまだ暗い58は、自分を複雑な思いへと誘った。

ここを出勤で良く走ったなとか、ここで食事したなとかそんな思い出が蘇った。

半年だけだったけど、色んな思い出が出来たことを感じた。


沖縄を離れる事に少し寂しい思いもしながら、そして東京がどう見えるかという期待も持ちつつ、東京へと飛び立った。




仕事にも生活にも慣れてきた頃、派遣の仕事にちょっとづつ疑問を持つようになっていった。

同僚達には恵まれていたけど、自分が成長出来るって感じの仕事内容じゃなかったし、閉鎖的な環境にいるのも少し息苦しかった。

年齢も20代後半に入ったということもあって、今後の事を考え始めた。

仕事を通して、何かを得たい。

そう思うようになっていった。

こんな風に思えるようになったのも、自分が立ち直る事が出来てきたからなのかもしれない。

そこで派遣会社の方へ、今後について考えますという話をした。

派遣契約期間が当初は3ヶ月単位と聞いていたが、それが1ヶ月に短縮されていたという事もあって、毎月びくびくしながらいるのもどうかと思っていたのだ。


話は突然だった。

派遣会社の担当者がお昼休みに時間をくださいと言ってきた。

DFSのフードコロシアムで、担当者と会った。

「契約が来月いっぱいで終了ということになってしまいました」

ということだった。

考えていたとはいえ、いきなり職を失うという体験をしたのは初めてだったので、正直戸惑った。

その日一日は困惑したが、まぁしょうがないかと気持ちを切り替えて、とりあえず残りの時間をしっかりやって次を考えるようにした。

そしてとりあえず派遣期間が終わったら、一度内地に帰ってみようと思った。


残りの一ヶ月間は、淡々と過ぎていった。

時は2006年6月。

4年に一度のワールドカップの時期だった。

職場の同僚達と観戦した。

2002年は、東京で大騒ぎしたっけなと思いだしながら、4年後まさか沖縄で観ることになるとはその時は思いもしなかった。

結果は惨敗だったけど、4年に一度のお祭りをみんなと楽しめて良かった。


こうして6月が終わり、4ヶ月間の派遣の仕事も終わった。

自分としてはすぐに内地に行きたかったけど、友人が来るということで、それを待たなきゃならなかった。

それにすごくフラストレーションが溜まったのも事実だった。

相手の都合に合わせて、自分の思い通りに動けないって、すごく不自由だった。

一度内地に帰りたいから仕事を始めるわけにもいかないし、約一ヶ月の間、身動きが取れなかった。

早く次の動きに出たかった。

そして考えをまとめたかった。



沖縄で、自分らしく、居心地の良い生活を送る中で、感じることがあった。

親しくしてくれるうちなぁんちゅの方もいるが、中には移住者を好まない人もいるということ。

確かに内地で十分仕事があるのに、移住することによって沖縄の仕事を取ってしまう事もそうだし、過去に内地の人間が沖縄の経済事情に踏み込んで荒らしていったというのも事実らしい。

沖縄は独自の文化で、ゆいまーるの精神でうまくやっていたのに、それを崩してしまったということもあるようだ。


また沖縄の過去を知ると、自然が綺麗とか心地が良いとか、人があったかいとかそんなことが当たり前のようにあると思ってはいけないと感じた。

沖縄には悲しい過去の歴史がる。

日本で唯一地上戦が行われた場所である。

沖縄の方達は、そんな惨劇の中を生きてきたのだ。

綺麗な海に感動しているが、その海がどれだけの人の血で真っ赤に染まったのだろうか。

多くの人が密林の中で、洞窟の中で、死を恐れながら息を潜めていたんだろう。

戦時中、自分たち内地の人間が、沖縄の人達にどれだけひどい仕打ちをしてきたかを知ると、その過去に目を背けたくなる。

だがそれを知っておかなければならないと思う。

沖縄の方達はそんな悲惨な過去が有りながら、笑顔を絶やすことなく前向きに生きていた。

そして自分達内地の人間を迎え入れてくれる人もいる。

すごく強い人達なんだと思う。


今の沖縄があるのは、彼らのおかげなんだって、自分はそう思う。

だから好きって理由だけで、勝手になんでもやって良いって訳じゃないと思うのだ。

自分たちは、そんな過去の上にお邪魔してるんだって自分はそう思うようにしている。

沖縄の方達が、自分たちの力で守ってきた場所に土足で上がり込んでいる訳だから、好き勝手にやって良いわけがない。


彼らに感謝しながら、この場所にいさせてもらえることに感謝しなければならないと、そう思う。

沖縄に移住したからには、沖縄の悲しい過去も知っておかなければならないと思うのだ。

沖縄の空気や人が良いからって事だけに目を向けるんじゃなくて、その影に有る部分も知った上で、この土地にいられることのありがたさを感じていなければならない。

自分は沖縄の良い部分だけじゃなくて、過去も含めて沖縄っていうものの多くを知りたいと、そう思った。