東京に帰る決意をした私。

今までの沖縄の暮らしを振り返ると、それが自分にとって大きな転換であると共に、大きな経験であった事を切実に感じた。

今まで東京の小さな場所しか知らなかった私にとって、沖縄という土地がほんの一時ではあったけれども、自分の居場所になったこと。

そして東京での暮らしでは味わえなかった多くの事を感じれた事。

多くの人に出合い、色んな生き方を知って、世界観が開けた事。

自分の本当にやりたいと思ったことは、今手に持っている物を捨てる勇気さえあれば叶えられるということを知った。

わずかな期間ではあったけれど、色んな思い出を作ることができ、田舎の無い自分に帰る場所が出来たことは、本当に嬉しいことだった。


私は、沖縄を去る前に、一度も行っていなかった離島へと、足を伸ばした。

座間味諸島、阿嘉島へ。

とまりんから2~3時間程度だっただろうか。

本島に比べると、面白いくらい何も無い島だった。

島内には、商店が三軒とパーラーが一軒。

テレビで流れるCMの物を手に入れる場所はどこにも無い。


予約をしておいた民宿が見つけられず電話をかける。

一人のおばぁが迎えに来てくれた。

日傘を差して、ワンピースを着たおばぁが現れた。

にこやかに挨拶を交わすと、おばぁは宿まで、というかおばぁの家まで連れて行ってくれた。

部屋に通され、「じゃゆっくりね」と言った数分後、ドアをノックする音が響いた。

「これ食べなさい」

サツマイモを差し入れてくれた。

なんだか心温まる沖縄の元の姿を見たようだった。

1泊二日のこの旅行では、海で泳ぎ、島内を自転車で一周した。

1周といっても数時間で終わってしまったのだが。


民宿の庭で休んでいる時だった。

おばぁはまた差し入れを持ってきて、自分の横に腰かけた。

おじぃを亡くし、一人でこの民宿をやっていること。

本島から嫁いできたこと。

色んな事を聞かせてくれた。

おしゃべりの好きなおばぁだったけど、なんかすごくいい時間だった。

宜野湾で一人で生活していた時は、なかなかこういう機会が少なくなっていたから、とても新鮮に感じられた。

沖縄での最後の旅行は、沖縄らしさを感じられるいいものになった。


最後にこういう体験ができて本当に良かったと思っている。


宜野湾の自宅に帰ると早速帰京の準備に取り掛かった。

何も無い部屋から、生活の場へとなっていたこの部屋が、片付けられ徐々に空っぽになっていくのはとても寂しい気持ちだった。

この部屋での色んな思い出が蘇り、切なかった。

東京での新たな生活に期待をしていたということもあったけど、やっぱり好きで来た沖縄を離れるのは心苦しかった。

初めて自分で掴んだ、自分の居場所。

それを手放すのはとても寂しかった。


最後の夜。

海浜公園を一周した。

二年前にここから始まった沖縄との出会いは、また同じ場所で、ここで終わっていくんだ。

夜空を眺めながら、波の音を聞きながら、ゆっくりゆっくりと出島を周った。

涙をこらえる自分がいた。

この開放的な空間が好きだった。

自分らしくいられるこの場所が好きだった。

鬱になった自分を元に戻してくれた沖縄に感謝の気持ちでいっぱいだった。

本当は離れたくなかったが、未来に進まなければならないと、自分に言い聞かせた。

大きな夜空と波の音と共に沖縄最後の夜は更けていった。







東京で多くの友人達に会い刺激を受けた自分は、再び東京から沖縄へと戻っていった。

とはいえ東京の喧騒に若干疲れを感じていた私は、まず海に行きたいと思った。

沖縄に戻った翌日、シュノーケルのセットを車に詰め込み、いざ大渡海岸へ。

2週間ぶりの海は遊びはやっぱり楽しかった。

自然の魚達と戯れている時は、至福の一時だ。

東京では出来ない遊びに、満足を感じるのだった。

帰りには南部のカフェにより、いつもの景色を楽しむこの生活が、自分にとって心地の良い物だということ改めて実感した。


夜自宅に帰ると、東京で色んな人に会って、色んな刺激を受けてきた自分は、次の仕事をどうするか、その事ばかり考えるようになっていた。

そんなに焦る必要は無かったのかもしれないが、自分と東京の友人達を比べていたのかもしれない。

翌日から職安に通い、求人誌を買い、ネットを使い、あらゆる方法で、仕事を探し始めた。

東京に一度戻ったからかもしれないが、沖縄の仕事と東京の仕事を比べている自分がいた。

知ってはいたが、沖縄の仕事の少なさや待遇面を考えると、先の生活に不安すら覚えるようになっていた。

自らの生活が出来ればいいはずだったのに、さらに余計なものを求め始めていたのかもしれない。

とりあえず仕事を見つけないと生活ができなくなる。

それが怖かった。

とにかく色々あたってみようと思い、幾つかの会社の面接を受けることにした。


沖縄で生活する事がテーマだったはずなのに、一度東京に戻ってみんなを見てから、仕事に対する考え方が少し変わってきていたのも事実だ。

もっとこうなりたいとか、もっと稼ぎたいとか、そんな事を考えるようになっていた。

今の自分の生活で満足していたはずだったのに、さらに欲が出ていたようだ。

見えもしない未来を考えては、不安を抱いたりもするようになった。

沖縄で自分の生活が出来れば満足だったはずの自分が、東京に行ったことで変わってしまった。


面接を受ける中で、移住当初の仕事探しとは違って、色んな事を感じた。

内地の人間を採りたくないという沖縄企業の考え方も痛感したし、東京に比べると待遇もよくない。

欲を出し始めた私は、なかなか仕事を決められなかった。

そんな自分に焦りも感じながら。

やっとの事で内定を出してくれたのは、那覇にある内地企業だった。

結果は、採用だったのだが、勤務地は東京青山でという条件。

いずれは沖縄に戻してくれるとの事だったが、結局東京に戻って働くのだったら、こっちで職探しをしていた意味が無い。

沖縄にいることが自分にとっては大事だったはずだから、結局東京で働く事になるならば、東京に戻ってから仕事探しをした方がいいのじゃないだろうかと思えた。

内定を頂いてから私は即答する事ができず、しばらくの猶予をもらう事にした。


その間、自分の頭の中で東京に戻るという選択肢がでてきた。


そんな事で悩んでいる中、あーきーが自分を夜のドライブに誘い出してくれた。

悩んでる時だったから、彼の誘いはとても嬉しく感じた。

夜の帳が落ちる中、宜野湾を出発した二人は、万座毛から浜比嘉島までとかなりの距離を移動した。

夜の浜比嘉島。

静まり返る中、波の音だけが聞こえていた。

頭上には満天の星空が広がり、自分を魅了した。

沖縄の美しさ改めて感じ、自分がここにいることに感謝の気持ちを抱いた。

そして沖縄の空が好きだった自分を思い出した。

東京に戻るという選択肢を考え始めていた自分は、これを見れるのも最後かなと思うととても切ない気持ちになり、言葉を失ってしまった。


私は今後の未来の事を考えた結果、内定をもらった企業の話を断り、内地に帰るという結論に達したのだった。

わずか7ヶ月という短い期間での帰京は、苦渋の決断ではあったけど、何年か東京でもまれて、成長してから、また沖縄に帰ってこようと、そう思った。

また沖縄に帰ってこれる日が必ず来ると信じて。






久しぶりの東京に降り立った私は、電車を乗り継ぎ我が家へと向かった。

通勤時間の品川駅。

会社へと急ぐ人々でごった返す中、荷物を抱えた私がいた。

東京の洗礼を久しぶりに浴びたのだった。

大きな荷物を抱えエスカレーターから降りるのに手こずっていると、後ろの中年男性が、「ちっ」と舌打ちをする。

東京に着いて早々、気分が悪くなった。

「なんだここは」と、人の冷ややかさに寂しい気持ちになった。


半年ぶりの下北沢駅に着き、慣れ親しんだ実家までの道のりを歩き始めた。

時刻は10時前だったため、駅周辺はまだひっそりとしていた。

静かな街を抜け、住宅街へ。

目に入る景色は、半年経っても何も変わってはいなかった。


実家に着くと両親が出迎えてくれた。

久しぶりの両親との再会だったが、久しぶりという感じはしなかった。

荷物を置きリビングのソファに腰掛けた。

一人暮らしの部屋から比べると、実家はやっぱり広いなと感じた。

しばし体を休め、もとの自分の部屋に入ってみるとすっかり片づけられていて、ほとんど何も無くなっていた。

自分の拠点はもうここには無いんだということを改めて確認した。


東京にいる間、毎日友人に会った。

久しぶりの再会は楽しいものだったし、今みんながどう過ごしているのかを知ることも出来た。

東京というフィールドで、仕事を通して成長していたりする友人達の姿を見ると、なんだか自分が取り残されているような気にもなった。

景色や環境は変わらなくても、人は半年でも変わっていくものだと痛感した。

自分は沖縄で過ごした半年間でどう変われたのだろうか。

多くの人に出会って、色んな物の見方が出来るようになって、新たな価値観を見いだしたのかもしれない。

ただそれは沖縄では通じても、東京の競争社会だとまた違ってくるのだろう。


沖縄には無い渋谷や新宿といった大都会は、久しぶりの自分にとってとても騒がしく思えた。

人が多すぎて、息苦しいそう思った。

一人ゆっくりと心を休める場所がないと感じた。

確かに物が溢れていて物質的には、何も不自由がなく、そして最先端の物が手に入る。

ただそこに価値を求めなくなった自分には、そこまで魅力を感じなかった。


今回の東京で、沖縄に行ったからこそ見えた事もあった。

東京が仕事をする上ではとても優れていて、成長出来る場所だとも思えた。

色んな面で先を行っていて、情報の発信源になっている事も感じた。


色んな刺激を受けて、また東京の良い面も感じることも出来たし、東京に一度戻った事は正解だった。

沖縄にいるととかく周りから取り残されていることすら、忘れがちだったから、友人達と話して自己を再確認することにもなった。

このときも自分と周りを比較していたんだと思う。

そんな尺度をまだ持っていたんだと思う。


東京で感じた事。

それを沖縄に帰ってから、どう思うか、そこがポイントだった。