仕事探しを始めた私は、久しぶりのスーツを着て、面接へと出かけていくのだった。

面接官からの質問に対して、今思えばずいぶん陳腐な回答をしていたものだ。

いくつかの面接をこなしていきながらも、なかなか身の落ち着く所が見つけられず、徐々に焦りも出始めていた。

自分のしたいこと。

自分の出来る事。

職が決まらないが故に、その順序が逆になっていってしまった。

何の目的を持って、今この時間を過ごしているのか、それが分からなくなりかけていたときだった。


いつものようにスーツを身にまとい、新大久保駅に降り立った。

明治通り沿いのとある商社。

社長との面接の中でこんな質問が飛んできた。


「君の夢、目標はなんだ?」


私には答えが見つけられなくなっていた。

その答えを持って東京に戻ってきたはずだったのに、それが答えられなかった。


「今は正直わかりません」と一言、口に出した私に、


「うちで働きながら、その答えを探していけば良い」とその社長さんは言ってくれた。


その面接の帰り道。

頭の中で、今までの事を振り返り、考えた。


3月あの日。

タカとあーきーと三人でドライブした時の会話の中。

「せっかく沖縄きたんだから、なんかやんない」

「宿もいいよな、カフェとかもいいじゃない」とかそんな会話をしていた。

その時は、夢物語で話していた事だったけど、沖縄で何かを開きたいという思いはどこかでいつも思っていた。

自分の城を築きたい。

そこから色んな人に、沖縄から何かを持ち帰ってもらいたい。

沖縄を感じてもらいたい。

その思いを、社長さんからの言葉で思い出したのだった。

本当に自分のしたいこと。

それを思い出させてくれた。


人事の方からの内定の連絡に丁重にお断りの連絡を入れた直後、私の携帯が再び鳴った。

その社長さんから、直々のお誘いの連絡だった。

私は自分のやりたかった事を思い出した事を告げたが、何が嫌だったかと問われて、私の真意を感じ取ってはもらえなかった。

信じてもらえなかったことが少し残念ではあったが、それでも私はその社長さんにとても感謝している。

自分の目標を思い出させてくれたことを。


そして私は、店舗マネジメントを任せますという募集をかけていた会社に入社する事に決めた。

それはあくまで自分の為のステップアップであり、自ら店舗を持った時に役立てたいという思いからだった。

履歴書に4ヶ月間の空白の時間を作りながらも、私は次の仕事に就くことになったのだ。

時は2006年10月になっていた。

沖縄から帰京して二ヶ月後のことだった。





7ヶ月の沖縄生活を終えて、東京に降り立った私。

相変わらず品川駅は、通勤の人でごった返していた。

地元の駅までの車中。

溢れかえる人ゴミの中、一人落ち込んでいる自分がいた。


駅に着いて、実家への道のり。

空からは自分の心を現すかのように、雨がシトシトと降り注いでいた。

背中の鞄、右手に引きずる荷物。

静まりかえる朝の住宅街の中、一歩一歩ゆっくりと歩を進めた。

何度も空を見上げては、これでよかったのかと自分に尋ね続けていた。

もう戻れないんだ、あの宜野湾の家はもう無いんだという事を思うと、とても寂しくて、涙が溢れていた。


実家に着いてしまったら、沖縄生活が夢の様に、全てが元に戻ってしまうような気がして、足が重かった。


期待を持って出てきたはずだったけど、それはいつしか失意に変わっていたように思う。


実家に着き、荷物を下ろすと、ソファに腰掛け、しばし呆然とした。

何年間も見てきたこの光景がまた目の前に広がっている。

戻ってきてしまった・・・

それが妙に寂しく感じられた。


また沖縄に戻りたい。

東京に戻って早々、そう思った。

ホームシックにかかっていたようだった。

東京に来たのは、沖縄に戻るためなんだ。

そう思うように努めた。

しかし、心はすぐには晴れてはくれなかった。

それからしばらくはふさぎ込み、笑顔を出すことが出来なかった。

なんでも良いから沖縄に戻りたい。

その思いが日増しに強くなっていった。


それでは東京に戻った意味が無いことは重々承知だったが、沖縄という土地が自分には離しがたい所だっていうことを再確認するのだった。

私はなんとか自分を立て直すことに努め、東京での仕事探しを始める事にした。

それで自分を鼓舞し、前に進もうと。

再び沖縄での生活を手に入れる為に、今東京で踏ん張ってみようと、そう心に言い聞かせるのだった。





沖縄最後の日。


部屋の明け渡しを済ませた私は、車一杯に詰め込んだ荷物と共に、那覇の港へ向かうのだった。

空は晴れ渡り、照りつける太陽がまぶしかった。

まだ暑さが残る9月。

寂しいはずだったけど、こんな素敵な天気に気持ちは晴れていた。


爽快に58号線を南下し、通勤に使った道を抜け、那覇の港に到着した。

車を預けた私は、手荷物を持ってとりあえず新都心に向かうことにした。

車がなくなると、今まですぐと思っていた距離が、とても遠くに感じる。

車生活に慣れ親しんだせいか、重い荷物を持って歩くということもなかったので、久しぶりにしんどいなとか思うのだった。


新都心のファミレス。

以前の職場のすぐ真横。

よく仕事のお昼休みに来た場所だ。

ここにはヒロマー、あーきー、みーやが来てくれた。

最後に会いに来てくれたこと、とても嬉しかった。

駆けつけてくれる友達が出来た事、それがとても嬉しい思えた。

そんな人脈をこの土地で作ることが出来た事に喜びを覚えた。


翌朝早朝の便だったので、一晩どう過ごすかと考えていたが、ヒロマーが最後まで付き合ってくれた。

夜が深まり静けさが増す中、瀬長島に到着した。

海は夜の闇に包まれて、真っ暗だった。

波の音を聞きながら、二人で色んな事を話した。

今までのこと、これからのこと。

多くの思い出を話し合った。

暗闇に聞こえる波の音、海からの風が心地よかった。

時間を忘れて話していたせいか、気付くと時刻は朝になっていた。

まだあたりは暗闇が包む中、空港に向かった。


空港でヒロマーと別れた私は、ロビーで出発の時間を待っていた。

徐々にこれでよかったのか、いやこれでよかったんだと自問自答を繰り返した。

ただ寂しさが徐々にこみ上げてきた。

表で、一本の煙草に火をつけた時だった。

車から降り空港内に入っていくイオリの姿が見えた。

彼女は色んな事を話した良い友人だ。

最後に会うのがなんか照れくさくて、というか寂しさが増しそうで、顔を合わすのをためらった私はノートの一枚に、別れの言葉を書いて、彼女の車のワイパーにさした。

これで彼女に会わずに沖縄を離れていくんだなぁと思うと寂しい反面、最後に会っておきたいという気持ちも混在していたのだった。

出発の時間が近づき、出発ゲートに向かう時だった。

「お~」という言葉を発しながら、何気ない顔でイオリは、自分の前に現れた。

素直の話したかったけど、なんだか複雑な気分だった私は、大した話ができなかったように思う。

彼女はいつもどおりの自然体で、言葉をかけてきたが、それに笑って応えられない自分がいた。

やっぱり寂しかったんだ。

私はそっけない挨拶をしてしまいそそくさとゲートの中に入っていった。

ゲートをくぐってから、もっと本当の事を話しておけばよかったと後悔した。


寂しさを抱えながら私は飛行機に乗り込んだ。

何度と無く乗った飛行機だったが、この時はため息ばかりがこぼれた。

もう戻る家も無く沖縄から離れるということは、とても辛い事だった。

前を向かなければならないはずだったけど、この時ばかりは寂しさが先行していた。

短い間だったけど、沖縄に対する感謝の気持ち、愛がこみ上げてきて、涙がこぼれそうだった。

私を乗せた飛行機は、朝日が昇る頃沖縄を飛び立った。


こうして私の沖縄生活は終わった・・・