話を戻そう。


自分の自信の無さから、そしてどう見られるかが怖くて、なかなか言えなかった退職の意向。

良く青い顔して、職場のトイレで吐いたりしてた。

それだけ悩んでた。

なんとか勇気を振り絞って、その意向が伝えられた時は、安堵のため息が出たと共に、自分の意志が伝えられた事に嬉しくもあった。

自己表現することができたから。


意向を伝えたけれど、簡単に上司は首を縦には振ってくれなかった。

少し考える時間をくれと。

今では、そんな風に自分を認めてくれていた事を感謝しなければならなかったなと思う。

2週間後くらいだろうか、なんとか上司の了解を取り、晴れて退職することとなった。

その時は次の自分が楽しみでもあったし、これで負い目を感じながら仕事をしなくても済むんだという思いもあった。

退職の日が近づくにつれ、自分でやって良い仕事がほとんど無くなっていき、店番をしてるような日が多かったような気がする。

自分で決めたことなのに、なんだか寂しい思いもしてた。

でも退職したら、すぐに沖縄に1週間の旅行計画を立てていた自分は、早くまた沖縄に行きたいって思いを募らせていた。


勤務最終日、途中抜けてた期間があったけど、約二年半お世話になった職場を一周して、挨拶をして周り、そして何度と無く歩いた通路や階段をゆっくりと周った。

なんとなく切ない思いをしていたような気がする。


色んな思い出と、苦い経験、様々な記憶と共に最初の職場を去った。

一つの組織を離れ、大海原へと漕ぎ出していくことになった。

今思うと、その大海原はあまりにも大きく、そして迷いに迷う迷路の入り口だったのかもしれない。


なにはともあれこんな具合で、一つ区切りをつけて次に進むことになったのだった。




幼少期の私は、すごく人見知りだった。

あまり記憶には無いけれど、よく母親の後ろに隠れていたらしい。


小さい頃は、母親によく怒られた記憶がある。

これはやってはダメ、あれもやってはダメ、色んな事が自分の思い通りに出来なかった。

自分の意志でやってみると、とかく怒られて、ムチを打たれた。

だから母親にすら良い顔をするようになったんだと思う。

本当の自分の思いを隠して、自分のしたいことを隠して。

自分のしたいことをするためには、親の目を盗んで、隠れてやらきゃならなかった。

周りの友達がみんなやってる事が、我が家では許されなかった。

厳しい家庭だったのだろうか。

それが普通だと思ってたから、良く分からなかったが、とにかく制約は多かったと思う。


人からは良く見られていなさい。

人前で失敗はしてはいけません。

争ってはいけません。


そんな事を教え込まれたんだと思う。


だから自分の意見をはっきり言うことが苦手になっていった。

なんでも隠れてやるようになった。

人から良く見られるように、周りに良い顔もしてきた。

勉強もほどほどにして、平均より少し上を取って、出来る自分を演出してみたり、良い子のふりをして怒られないように努めてきた。


本音で打ち明けることが苦手だったから、友達がいても、本気でぶつかることが出来ず、どこか寂しいと感じた時もあった。

意見をぶつけ合うことも出来ないから、本当の友だなって思える人がいなかった。

寂しいと感じながらも、それを隠す為に自分はこういうさばさばしたキャラだからという風に振舞っていたんだと思う。

もっと人と深く接してみたかった。

でもいつもどこかで一定の距離を感じていた。

それは自分が作り出していたものなのかもしれない。


中高生になっても、それは変わらず、仲間と呼べる人達が周りにいるように、そういうコミュニティに入っていった。

だけど、一番目立つ奴にはどうしても頭が上がらず、本音で気軽に接することができず、どこか構えてしまっていたり、嫌われないように気をつけていたんだと思う。

もっと自分はこういう人間なんだって事をみんなに知ってもらえるような言動が出来ればよかったのにと今でも思う。

でも自分にはなかなかそれが出来なかった。

面倒に感じたり、嫌だったりしても、一人にはなりたくないし、仲間でいたいから、無理に付き合ったりしてた部分もあると思う。

自己主張ってやつが下手な子だったんだ。


変にひねくれてみんながはまってるものに同調しないで、自分は別の所に手を出してみたり、人とは違うんだって事を表現したかったのかもしれない。

それが一人を正当化するツールだったんだと思う。


自分を表現できないもどかしさ、人から嫌われたくないという恐怖心、失敗したら恥ずかしいという思い、幼少の頃から色んなものを背負ってきたのかもしれない。

それが大人になってからも自分にまとわりついて離れなかった。

ついに振り切ったかに見えても、逃げても隠れても無駄だった。

教え込まれたこの感覚はずっと自分に取り付いているんだ。


こんな自己を作り出してしまった幼少期だった。





この会社じゃ、いつまでたっても下っ端だ。

ずっと負い目を感じていなければならないんだ。


そう思いながら、淡々と仕事をしていた。


自分は先に進めるものが他にないか模索し始めた。

たまたま周囲にPCを飯の種にしてる人が多かった事も影響してか、自分もそっちの道に入れば、もっと新しい世界が開けるんじゃないだろうか。

そんな淡い期待をしていた。


早速苦手だったパソコンを購入し、一から勉強しなおした。

そしてPCスクールにも入って、仕事以外の方向で力を注ぐ事で、なんとか自分の気持ちを高ぶらせたかったんだ。

今思うとそれすら逃げだったのかもしれない。

自分の置かれた環境と直面する事を避けていたのだから・・・

その時は、ただ何かに必死になれれば救われたような気がしていた。


仕事が終わってから家に帰り、勉強し、休日はスクールに通い多忙な日々を過ごし始めた。

徐々にではあったが、少しづつ色んな事が分かり始めて、自分にもできるんじゃないだろうかと思うようになった。

そしてそっちの方向でやって行きたい、その時はそう思った。

ただそれも矛先をそちらに向けた方が自分の気持ちが楽になれたからだからもしれない。


シスアドを取り、自分のサンプルWEBサイトも出来始めていた。

さぁいよいよこの職場を離れて、次の場所へ、もっと自分が輝ける、過去の自分を振り払える場所へ。

そう思いを高めていった。


だがいざ上司の前に行くと、なかなか退職する意思を伝えられなかった。

本当に今の自分で、向こうで通用するのか。

上司の機嫌を損ねてしまうのではないか。

上司の顔色を伺い、自分の思いをどう告げるか、ひたすら悩み、そしてタイミングを待った。


思い立ってから、その意思を伝えるまでにどれくらいの時間を費やしただろうか。

おそらく一ヶ月以上かかったんじゃないかと思う。


悩んだ自分は、仕事が終わるとよく代々木公園に出かけて、今の自分の思いをひたすら書いていた。

自分の思いが伝えられない自分は、うつむきがちになり、取り戻したはずの笑顔も次第にうせていった。

その時は、周りで笑顔で話す人達をうらやんでいたのを覚えている。

一人夜の公園の真ん中でノートパソコンに日記を書いた。

二本の酒とタバコが、唯一自分の仲間だった。


人に自分の思いを伝えるのが怖かった。

人からどう見られるかが怖かった。

周りが怖かった。

弱い自分が情けなかった・・・