ジャニーズ・・ | satonaka☆音の見聞録

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これを聞いて誰もが思い浮かべるのは、イケメンアイドルを世に放出する某芸能事務所であるが、
そもそもはパリのピガールという、東京でいえば新宿の歌舞伎町やら、ひいては二丁目辺りの怪しい一帯にあたる、そんな場所に店を構えていた、その名称から取ったものである。

その事務所の社長さんであるジャニー喜多川氏が一昨日にお亡くなりになりました。
ネーミングの祖となったお国でも この訃報は伝えられており、
Japon: Décès de Johnny, le gourou des boys bands de J-Pop
などという見出しになってるらしいです。意味は
「J-popのイケメングループ創始者として君臨したジャニー氏の死去。日本にて」
…といったとこでしょうか、、

本家ジャニーズのオーナーであるルイ・ルプレーは男色家としても有名で、かつてはフランスを代表する大歌手エディット・ピアフを発掘した人物としても知られています。
したがってこちらのジャニーズに所属するアイドルたちは皆、あの社長さんに〇〇掘られてる…という噂は、噂のハナシだけではない事がお解りいただけるでしょう。
そもそも事務所のネーミング自体がそういう主旨なのです。
ちなみにピアフは女性でしたので、その犠牲にならずに済んだものと思われます。そして歌手としての花道を進んで行ったのです。

彼女は恋多き女性でもあり、また若き才能の発掘にも尽力していました。
「枯葉」で有名なイヴ・モンタンもかつての恋人であり、彼が世に出れたのはピアフの力によるものである事は、この国ではあまり知られていません。
尚、ピアフの残した音源の中には、この曲の英語版も見つけられます。

けれど恋人として一番大きな存在だったのは、当時の常勝チャンピオンであったボクサーのマルセル・セルダンではないでしょうか。彼は妻帯者でしたが、ピアフの一途な恋を遮る理由にもなりませんでした。

しかしそのセルダンに突如悲劇が訪れます。
一度は防衛戦に敗れ、そのタイトルを奪取すべくアメリカでの試合に赴くのですが、たまたまピアフにも現地での公演が控えていたので、航路で海を渡る予定を早め、飛行機で向かいました。しかし…
その飛行機が堕ちてしまうのです。

訃報を耳にしたピアフは、さあ大変!…自分が呼びさせしなければ飛行機に乗る事もなく、自責の念に錯乱状態。。
実はこの公演では、セルダンの為に新曲を用意していたのです。それが
愛の讃歌」(原題 Hymne à l'amour) 
原詩の内容は越路吹雪さんの日本語版とは全く違う…ご存知のかたも多いと思いますが、それはもう檄文です。
同席していたマレーネ・ディートリッヒが唄うのやめるよう説得するのですが、彼女はそれを押し切り、セルダンの去った天に向けて唄い徹すのでした。
この様なエピソードが後に、愛の決別を歌う曲といった間違った情報に転ずる元になったのでしょう。…はい、歌詞の内容は全くの正反対です。

これを機に彼女のモルヒネ依存は日に日に度合いを増し、その末もはや健全な心身ではありません。
これが47歳の若さでこの世を去る一番の原因と見られます。

その短い生涯の中、数多くの名曲を残しており、十数年前にはマリオン・コティヤールの主演で映画化もされています。
是非!一見の価値ありです☆


原題名は《La Vie en Rose》…つまり「バラ色の人生」で、フランス本国での彼女の代表曲は「愛の賛歌」ではなく、実はこちらなのです。
(なお蛇足ですが、この代表曲はピアフの没後35年ほど経った 1998年のグラミー賞にて名誉賞が授けられています)


さて、そのフランスでは国いちばんのお祭り事となるは7月14日が数日後に迫っておりまして、
この国では〈巴里祭〉などという抽象的な呼び名が用いられていますが、
本国では国家の祭典を意味する〈Fête Nationale〉や、日付けを表す〈Quatorze Juillet〉などを用います。
さあ、ワタクシ筆者はこの日いったい何をしてるでしょうかあせる