久しぶりに賃貸仲介をやってます。

知り合いの娘さんなんですが、

ちょっとワケありで、福祉で賃貸探しています。

 

あまり時間もないと言うので、

自社物件でもいいかな?程度で

文化住宅を紹介をしました。

 

現在、風呂を付けるかどうかで悩んでいる物件。

入居者がいれば、全然付けるけど、

空室状況では、風呂設置100万は悩めるところ。。。

見せたらOK。じゃあ、風呂付けてあげるね、で完了。

かと思いきや、最後に見た狭小賃貸がイイと言いだして、

30平米の文化より10平米の1Rかい?と。。

僕なら多少古くても広い方を選ぶけどな。。。

 

まぁ、これだけは、住む人の専権事項

(総理じゃないけど)

なので、住みたいところに住むのがベスト。

早速、入居申込を取り寄せて調整しています。

 

これはこれで終わりなんだけど、

自社の文化の風呂付けの悩みは消えなくて。。。

 

ボク取締役1「ここ投資です。あのまま放置ですか!」

 

ボク取締役2「いやいや、無駄な投資です。

安くして倉庫で貸しましょう。入居者なんて揉める元です」

 

ボク取締役3「全室稼働を目指すといってたじゃないですか!?」

 

と僕の中で取締役会が紛糾する日々は続くのでした。

ヤめると言うと、まぁまぁと慰留する時代は

とっくに終わった。

 

僕がサラリーマンだった時も、

飲食店の経営をしていた時も、

「やめる」と言うとそれなりの感慨があっても

その先、仕事はないと思うべきだ。

 

だからと言って、「続ける」ことが全てでもない。

「やめる」決断は、

始める決断より難しいこともある。

 

僕が先日中止した契約も

始めるのは気軽だったが、中止するのには

それなり決断が必要だった。

 

でも、やめる決断をした時点で、仕事はなくなる。

あと、いつ終わるか?終われるか?だけだ。

また、後任もそれなりに決まるものだ。

 

今の総理の感慨をテレビで見るたびに

嫌悪感が走る。日本人の悪いところだ。

やめるには理由がある。

円満だったら、離婚はしないだろう。

 

やめる決断をしたものに、仕事はない。

まさにレームダック(死に体)とはこのことだ。

魂の抜けた体は、焼けるまでそのままだ。

また、大切な時間を失ったな。。。

先週、ボロ戸建てを見ていると、

仲介さんが

「最近では、エンドがDIYして貸し出すから

ボロ家を探しにくる」と言う。

 

そして、昨日、またまた物件を見ていると、

仲介さんが

「この物件、最近流行りのボロ家再生で買って

直さないままなんですわ。2年放置しているから、

取得維持費用だけもペイしたい」と言う。

 

youtubeや資産運用とかで、

簡単・手軽な副業で入ってくるのであろうが、

その先には、入居者が見えているのかな?

転売なら、絵が描けているのかな?

 

結局、先に家賃なり、売買益が見えてないのに、

やってみると言うのは、資産運用ではなく、

大工の真似事をしているように見える。

 

僕もそれなりにDIYとかで直してきたけど、

やっぱりできることとできないことがあって、

それが、どのくらいの協力が必要か?を

考えている。

 

だから、最強の財務・工務チーム

不動ベンジャーズ」を常に模索している。