ヤめると言うと、まぁまぁと慰留する時代は

とっくに終わった。

 

僕がサラリーマンだった時も、

飲食店の経営をしていた時も、

「やめる」と言うとそれなりの感慨があっても

その先、仕事はないと思うべきだ。

 

だからと言って、「続ける」ことが全てでもない。

「やめる」決断は、

始める決断より難しいこともある。

 

僕が先日中止した契約も

始めるのは気軽だったが、中止するのには

それなり決断が必要だった。

 

でも、やめる決断をした時点で、仕事はなくなる。

あと、いつ終わるか?終われるか?だけだ。

また、後任もそれなりに決まるものだ。

 

今の総理の感慨をテレビで見るたびに

嫌悪感が走る。日本人の悪いところだ。

やめるには理由がある。

円満だったら、離婚はしないだろう。

 

やめる決断をしたものに、仕事はない。

まさにレームダック(死に体)とはこのことだ。

魂の抜けた体は、焼けるまでそのままだ。

また、大切な時間を失ったな。。。