花だより 朝顔の塔


花だより 朝顔の塔
春、竹を切り出して三脚状に組み上げた。
朝顔が天まで届くように今までになく高い支柱になった。
大風にも転倒せず、構想したとおりに朝顔の塔ができた。
まだまだ高く伸びている。
生き物の気配 まむし(蝮)

生き物の気配 まむし(蝮)
今朝、テムジン小屋に蝮が忍び込んだのを見たというので、長靴を履いて鍬を武器にして見に行った。
蝮は床下にとぐろを巻いて静かにしていた。
鍬で引きずり出して首をギロチンのように切断した。
首が千切れても胴体がくねくねと動くのは不気味である。
きれいに洗って蝮酒にするつもりだ。
「パックス・モンゴリカ」 (3)クビライの夢

2009年8月7日(金)記
「パックス・モンゴリカ」(3)クビライの夢
モンゴルでアマゾンに発注した「パックス・モンゴリカ」が届いていたが、雨になった今日になってやっと読み始めた。
副題は、チンギス・ハンがつくった新世界。
今年のハワリン・バヤルで出会ったI氏のお勧めの書。
関連動画 「クビライの夢-ユーラシア帝国の完成」
http://channel.pandora.tv/channel/video.ptv/?ref=newch&ch_userid=lbk1030&prgid=41867509&target=email
「ノホーズ」の瓢箪


「ノホーズ」の瓢箪
ソビエトにはコルホーズとかソホーズとか呼ばれる農場があったが、吾の畑は苗を植えた後はほったらかしの野放図な粗放農業もどきである。
なずけて「ノホーズ」。
それでも瓢箪が立派にぶらりとぶら下がっていました。
小さいのは千成瓢箪。
世の中を
なんのへちまとおもえども
ぶらりとしては
暮らされもせず
へちまも瓢箪も似たようなもの。
「こしみず畑」の近況

「こしみず畑」の近況
モンゴル滞在の30日ほどほったらかしでしたが、「こしみず畑」のそばが立派に育っていました。
ネットの中の豆類はまだ実がついていません。
今日から梅雨明けの夏らしい日差しが戻りました。
『草原の記』より


2009年8月6日(木)記
『草原の記』より
司馬遼太郎の『草原の記』(新潮文庫)のなかの一節
「そこは、空と草だけでできあがっている。人影はまばらで、そのくらしは天に棲んでいるとしかおもえない」
「ゴルバチョフ夫妻と並んで撮った写真(5)」 ワイナプレン(捕囚)


2009年7月31日(木)記
「ゴルバチョフ夫妻と並んで撮った写真(5)」 ワイナプレン(捕囚)
ゴルバチョフ氏がライサ夫人を伴って来日した1995年(平成7年)の2月3日、東京の新高輪プリンスホテルで「ゴルビー・その人と政治哲学 冷戦終結後の平和の再構築」と題する講演会が開催された。
政界・財界の大物が集まるパーティに叔父のような中小企業の一経営者が招待されたのは、シベリア抑留者でブラックリストに載っていたためらしい。
招待されたとはいえ会費も7万円とかで高かったそうである。
会の後半に講演を終えたゴルバチョフ氏が、参加者のテーブルを挨拶して回り始めたという。
ところが、末席に近い叔父の席にはまだまだ時間が掛かりそうである。
終宴の時間迫ってきている。
折角、高い会費を払ってきているのに、この程度の料理だけ食べて引き下がっては元が取れないと中小企業経営者の意地汚い判断が働いたようである。
思わず立ち上がってゴルバチョフ氏の方に歩み寄ろうとしたら、待機していた警備員に取り囲まれてしまった。
そのとき、シベリア抑留時代に覚えていたロシア語の捕虜と言う言葉「ワイナプレン」を思わず叫んだ。
そのロシア語を耳にしたゴルバチョフ氏がつかつかと叔父の方に歩み寄り、日本式の腰を45度に曲げる深々としたお辞儀(不祥事を起こして企業の経営陣が記者会見の席でする最近頻繁に見るようになったあのお辞儀の作法で)をして、「申し訳なかった」と謝罪したと言う。
その後、同席していたライサ夫人を呼び寄せて撮った写真がこの小伝の冒頭に掲げた写真である。(写真1)
この話を聞くまでは、心臓の強い叔父がゴルバチョフ氏に「謝れ!」と迫ったのだと思っていた。
そのことを言うと叔父は「いくら俺でも、そんな失礼なことは言えないよ」と笑った。
写真を撮った後、ゴルバチョフ氏は名刺を出してそれにサインをして差し出したと言う。
ゴルバチョフ氏はサインをしないことで有名な人らしく、その名刺は叔父のもっとも大切なものとして額に入れられ、佐藤電設工業の重役室に飾られている。(写真2)
Discover Mongolia のロシア語版



2009年7月20日(月)記
Intercom社を訪れ、Discover Mongoliaの日本語版の2009年版の編集について打ち合わせをした。
今年からこのシリーズにロシア語版が加わったという。
ロシアの若者が三人で三ヶ月かけて仕上げたそうだ。
日本語版も急いで作ってくれとはっぱを掛けられたが、日本の夏は暑くて仕事する気になれないと弁解じみた返事をしたらモンゴルで仕事をすればよいと言われた。
モンゴルにいれば草原に旅行をしたくなる。
いずれにしろ、面倒な仕事をしないで済ませる口実ばかりが先に思いつくのは、半ばモンゴル人化したためだろうか?
こちらはロシアと違い、還暦をとうに過ぎたご老体が一人で一年がかりで完成させたものだ。
韓国版とドイツ語版が続いて進行中だか、いつできるかと聞いたら「メデフグイ(判らない)」だそうだ。
今年のカバーの写真はこれでどうだと私の案を示したら「サイン・ゾラグ(いい写真)」と同意してくれたのでほぼこれで決まり。

