試合終了のゴングが鳴り、自分のコーナーに戻る途中、小森会長が感情を爆発させてガッツポーズをしてリングに上がってきた。
こんな会長を見たのはいつぶりだろうか。
魔裟斗と戦ったときも、クラウスやヘンリー・オプスタルに勝ったときも、ユーリ・メスと戦ったときも、判定時には

「勝ったと思うけど、必ず延長のことを頭に入れておけ。絶対に気を抜くな」

という指示があった。
こと判定勝利においては2003年のガオラン戦以来だった。
会長の勝利を確信したガッツポーズを見れたのは。

そのとき私は、間違いなく勝ったと思ったんだ。

2010年から続いた海外遠征での連敗がとうとうストップした。
やっと報われた。
海外で一度も勝つところを見せられていないマネージャーに、ようやく勝利の姿を見せることができた。
3年前のイタリアで悔しい思いを分かち合った私の真の理解者である『隊長』とも今度は喜びを分かち合える。
そして、何より自分の心が救われる

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【ここまで心の底から神に祈ったのは生まれて初めてだったかもしれない】

判定を待つ間、何やら本部席が慌ただしく動いている。
タイトルマッチだから念には念を入れて確認作業をしているのか、それとも……。
私は2008年のあの判定までの長い空白の時間を思い出した。

おい……冗談じゃねえぞ……
頼む……神様……

自分の心に手を置いて、ずっとずっと祈った。

マジかよ……頼むよ……
お願いします……神様……

リングアナが勝利のアナウンスをしたのは、シュー・イェンだった。
英雄伝説のチャンピオンベルトは、シュー・イェンの腰に巻かれた。

私は崩れ落ちた。
思考が完全に停止した。
体に力が入らない。
自分の影で薄暗くなったマットの一点を見つめながら、

……これで終わった

と思ったのが最後の思考だった。

「もうリングを降りよう」と会長がロープを上げ、私もそれに従おうとロープをくぐろうとしていると、リングアナが私を呼び止める。
記念撮影をしようと言う。
敗者のトロフィーを受取り、シャッターが切られるが、このときの私は何も考えることができなかった。
ただただ、呆然としていた。
感情というものがどこかに消し飛んでしまったかのようだった。
目の前で起きている現実がただ目に入って、そして通り過ぎていくだけだった。
悔しいという気持ちすら無かった。
当然涙も沸いてこない。

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【シュー・イェンに対して悪い感情は何も持っていない】

控え室に戻り、グローブとバンテージだけ外して、すぐさま横付けされた車に上半身裸のまま乗り込んだ。
途中、記者が写真を一枚撮らせてくれ、と言ってきたが、言葉を発せない私は首を横に振って断った。
負けて写真を撮らないでくれ、と意思表示したのは初めてだった。
プロとしてあるまじき行為である。

でもいいんだ、もう終わりなんだから……

勝っても負けても態度を変えない佐藤嘉洋の姿はそこにはいなかった。
もう何もかもがどうでもよくて、ふらふらと幽霊のように会場を後にする。
ちゃんと荷物を持ってきてくれたセコンド陣には感謝している。
おかげで忘れ物は一つも無かった。

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【先月の記者会見の写真を代用。写真を撮る気力さえ無かった(当たり前だが……)】

車窓から外の景色を無言で見つめていた。
人間のメンタルって限界を超えるとこんな状態になるんだな。
言葉を発する気力も全くない。

共に車に乗り込みチャンピオンになった伊澤波人選手一行には申し訳ないことをしたと思っている。
本来ならば勝利の余韻に浸って、みんなとワイワイ騒ぎながら帰りたかったろうに……。
すまないと思ったが、どうしても一言二言しか言葉が出なかった。

運命には負けたくなかったけど、4連敗という事実はあまりにも重い現実。

絶対に確信を持った勝利が敗北になった。

自分の戦いに何の落ち度もなかった。
パーフェクトな戦いができた。
それが負けだった。
イコール「ここでストップ」だった。

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俺はいつだって逆境に打ち克ってきた

深センの夜のネオンを見ながら、今までの選手生活を振り返った。
今までの自分は逆境の中に敢えて飛び込んで行くことで、絶望的な状況を打開してきた。
今回も3連敗という最悪の状況に、敢えて飛び込んだ。
えいや、と飛び込んだ。
そして、自分の中では間違いなく打開した。
会長の魂のガッツポーズがその証拠だ。
しかし、中国のリングが選んだ答えは「シュー・イェンの勝利」だった。

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【会場出発前のロビーにて】

ホテルに着き、部屋に向かうエレベーターの中で、

「しかし72kgでの動きは、相当良かったですね。これからは72kgで試合をするのも良いかもしれないですね」
「いやあ、でもシュー・イェン自体が元々は70kgの選手ですからねえ」

と、軽い失語症に陥っていた私を挟んで、隊長と会長が会話をした。
隊長は初めて見せた絶望的な私の姿を見て、あえて次に向けて切り替えるために言ってくれたんだろう。
たが会話は耳に入ってきたが、今の私には次のことなんて何も考えられなかった。

言葉を発することができないまま自分の部屋の前に到着した。

「今回に関しては、かける言葉が無いわ。それじゃあな……」

と会長は言った。
私はどんな敗北のときも、セコンドや応援者には必ず別れ際にお礼を言ってきた。
でも、今回は無理だった。
何も言えなかった。

真っ暗な部屋のベッドに電気もつけずに倒れ込み、そのまま仰向けになった。
そして、白色に暗闇が混じって黒色に近くなった灰色の天井を見つめた。

2014年深セン遠征『英雄伝説』①

2014年深セン遠征『英雄伝説』⑩
2014年深セン遠征『英雄伝説』⑪
2014年深セン遠征『英雄伝説』⑫
2014年深セン遠征『英雄伝説』⑬

明るく生こまいの言葉を完全に忘れていた数時間
佐藤嘉洋

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