私はジョーさんの手を握れなかった。
そんな私に対し、ジョーさんは優しい表情を浮かべ、しかし真剣な顔つきで通訳を介してこう言った。
「今回の試合は王座決定戦でした。
本来、ドローならば延長で完全決着をつけなければならないところを、リングアナが間違えてシュー・イェンの『王座防衛』と言ってしまいました。
この試合はあなたの負けではありません。
申し訳ないミスをしました。
本当にごめんなさい」
団体トップのプロモーターが、試合直後の一選手に頭を下げている。
こんな光景は未だかつて経験したことがない。
【中国人が日本人に頭を下げるイメージが私の中には無かった】
「少し部屋の中で話をさせてもらえませんか？」
私は皆を部屋に招き入れた。
私はソファに、ジョーさんはデスクのイスを逆向きにして腰掛け、私と対面した。
通訳役の岩熊さんはベッドに腰掛けた。
三人を結ぶと、岩熊さんを頂点として二等辺三角形を描いているような形だ。
小森会長とマネージャーは、立ったまま、事の成り行きを静かに見守っていた。
ジョーさんは真剣な表情のまま語り始めた。
「ジャッジの判定に関しては、私は彼らに任せているので何とも言いようがない。
しかし、個人的には佐藤嘉洋の勝ちだと思いました。
また、シュー・イェンの王座獲得(間違って王座防衛とアナウンスしたこと)に関しては、すぐに訂正して間違いであったとリリースしました。
だから、あなたの負けではありません。
リング上において、負けを宣告されたことで、佐藤嘉洋に悲しい思いをさせてしまったことは、本当に申し訳ないと思っています。
私は佐藤嘉洋という選手がとても好きです。
そして今回の試合を見て、アグレッシブに攻める戦い方は、中国でも必ず受け入れられると思いました。
今回の件で、英雄伝説を、そして中国を嫌いになって日本に帰ってほしくない。
また、英雄伝説で戦ってほしい」
【再びこのリングに上がろうと思える日は来るのか】
私も自分の思いの丈をジョーさんに伝えた。
「私は一戦一戦に対して、全力を尽くしています。
もし次の試合が近くに決まっていたとしても、途中で試合を流すようなことは絶対にしないし、最後の最後まで勝つことを信じて戦っています。
私は先月の記者会見で深センに来たとき、英雄伝説は素晴らしいイベントだと感じました。
私はそのとき、英雄伝説の準レギュラー選手としてやっていきたいと思ったのです。
だから、今回の試合で必ず勝利してチャンピオンになり、英雄伝説の看板選手として戦っていきたかった。
今日の私は、チャンピオンになったと信じています。
私の勝ちだったと信じています。
お願いします。
もう一度再審議をしてください。
防衛戦は誰とでもやります。
シュー・イェンとの再戦ならそれでもいいし、クラウスやブアカーオを呼んでもらってもいい。
だから、次回英雄伝説に来るときは、チャンピオンとして私を招聘してください。
でないと私は、今後選手としての気持ちを繋げることができないかもしれません」
【選手生活初の抗議】
ジョーさんは頷いて、こう返した。
「あなたの言ったことを真摯に受け止めます。
すぐには結論を出せないかもしれないが、明日以降に競技委員会を設立し、検証を重ねます」
「私は自分がチャンピオンになったと信じています。
また英雄伝説で戦わせてください」
プロモーターがわざわざ謝罪の挨拶に来てくれたことや、結果に対して再協議にかけてくれると聞いたことで、私の心はいくらか救われた。
そして、ジョーさんの立場からすれば、とても勇気のある行動だったといえる。
もし私が怒り狂っていたとしたら……。
ドアを開けてジョーさんの顔を見た瞬間に、掴みかかっていたかもしれない。
そして、私の気持ちを慮ってくれたであろう小森会長やマネージャーは、ジョーさんと私との面会を何度か断っていたそうだ。
それを
「どうしても佐藤選手に直接会って謝罪したい」
と、彼らの制止を振り切って、こうしてわざわざ会いに来てくれたのだ。
この気持ちに対して、私は言い知れぬ感動を覚えた。
国と国の仲が悪くても、人と人との絆は成立する。
プロモーターのジョーさんは最後に私の体を抱きしめた。
そして私たちは固く握手を交わした。
あと一秒長く抱きしめられていたら、こらえていた涙がこぼれ落ちていたことだろう。
でも、この涙は決して悔し涙ではなくて、ホッとして気の緩みで滲んだ涙だったんだ。
【深夜までやっていたホテル横の中華料理店にて打ち上げ。岩熊さんがやった岡林さんのモノマネのクオリティに一同大いに盛り上がった】
「どうする？
何か食べに行く？」
マネージャーが言った。
きっと結果は正しい方向に変わるはずだと信じ、印象の変わった中国人を信じて、
「そうですね。
気持ちもスッキリしたし、せっかくなので打ち上げに行きましょう」
私はようやく笑顔を取り戻した。
2014年深セン遠征『英雄伝説』①
2014年深セン遠征『英雄伝説』⑪
2014年深セン遠征『英雄伝説』⑫
2014年深セン遠征『英雄伝説』⑬
2014年深セン遠征『英雄伝説』⑭
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本来、ドローならば延長で完全決着をつけなければならないところを、リングアナが間違えてシュー・イェンの『王座防衛』と言ってしまいました。
この試合はあなたの負けではありません。
申し訳ないミスをしました。
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【中国人が日本人に頭を下げるイメージが私の中には無かった】
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私は皆を部屋に招き入れた。
私はソファに、ジョーさんはデスクのイスを逆向きにして腰掛け、私と対面した。
通訳役の岩熊さんはベッドに腰掛けた。
三人を結ぶと、岩熊さんを頂点として二等辺三角形を描いているような形だ。
小森会長とマネージャーは、立ったまま、事の成り行きを静かに見守っていた。
ジョーさんは真剣な表情のまま語り始めた。
「ジャッジの判定に関しては、私は彼らに任せているので何とも言いようがない。
しかし、個人的には佐藤嘉洋の勝ちだと思いました。
また、シュー・イェンの王座獲得(間違って王座防衛とアナウンスしたこと)に関しては、すぐに訂正して間違いであったとリリースしました。
だから、あなたの負けではありません。
リング上において、負けを宣告されたことで、佐藤嘉洋に悲しい思いをさせてしまったことは、本当に申し訳ないと思っています。
私は佐藤嘉洋という選手がとても好きです。
そして今回の試合を見て、アグレッシブに攻める戦い方は、中国でも必ず受け入れられると思いました。
今回の件で、英雄伝説を、そして中国を嫌いになって日本に帰ってほしくない。
また、英雄伝説で戦ってほしい」
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「私は一戦一戦に対して、全力を尽くしています。
もし次の試合が近くに決まっていたとしても、途中で試合を流すようなことは絶対にしないし、最後の最後まで勝つことを信じて戦っています。
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だから、今回の試合で必ず勝利してチャンピオンになり、英雄伝説の看板選手として戦っていきたかった。
今日の私は、チャンピオンになったと信じています。
私の勝ちだったと信じています。
お願いします。
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ジョーさんは頷いて、こう返した。
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それを
「どうしても佐藤選手に直接会って謝罪したい」
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この気持ちに対して、私は言い知れぬ感動を覚えた。
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あと一秒長く抱きしめられていたら、こらえていた涙がこぼれ落ちていたことだろう。
でも、この涙は決して悔し涙ではなくて、ホッとして気の緩みで滲んだ涙だったんだ。
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「どうする？
何か食べに行く？」
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「そうですね。
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