高校生のとき、トム・ハンクス主演の映画『フォレスト・ガンプ一期一会』に感動し、数年に一度見返しています。知能はやや低かったけれど、素直で愚直な男の物語です。
「人生はチョコレート箱と一緒よ。開けてみるまで中身はわからないわ」と主人公フォレストの母は事あるごとに言いました。話題の量子力学と同じですね。
この映画は、観る度に印象が変わります。若いときは若いフォレストに自分を重ね合わせ、年上になった主人公に憧れました。大人になれば大人のフォレストに自分を投影し、年下となった彼を懐古するようになりました。もうしばらくぶりなので、久しぶりに観たいなあ。
ところで、私は2013年に辞書の旅を始めました。辞書を一から読み進めていくと、あ行の「い」でフォレスト・ガンプのサブタイトルの一期一会が出てきます。
一番最初に読破した新明解の一期一会の語釈には「茶の湯」が、続いての明鏡には「茶道」。併読した新明解四字熟語辞典には「茶道」「茶会」「千利休」、故事ことわざ辞典には「茶会」「茶人 千利休」。ただいま挑戦中の広辞苑には「茶会」「利休」という言葉が含まれます。
そう、一期一会はもともと、茶道の心得を表した言葉だったのです。どの茶会も一生にただ一度のものと心得て、主人も客も共に誠意を尽くすべきであり、誠実な心で人と交わるべきだ、という教えです。粋であり、思いやりであり、そしてまた、愛に繋がりますね。
四字熟語辞典には、一生に一度だけの機会。生涯に一度限りであること。生涯に一回しかないと考えて、そのことに専念する意、とあります。これを踏まえると、フォレスト・ガンプの内容はまさに一期一会と呼べます。人生で何度も観る映画は貴重です。その副題として使われた語が茶道由来とわかり、より興味を持ちました。
人のご縁というのは本当に面白いです。本誌協賛会社主催の勉強会(34p)で、なんと茶道に触れる機会に恵まれたのです。
昔、お茶の世界は社交場としても使われていたそうです。なぜ最初に、わざわざ狭い入り口(躙口)に頭をかがめて入って行くのかも理由がありました。まず、刀を外さなければ入れません。丸腰になり、そして脳天を見せて入ることにより、相手に対しての信頼を示したのです。また、茶室は小宇宙とも考えられています。先月、宇宙を旅した者としては勝手に縁を感じています(笑)
茶道は口伝です。だから、目で見て耳で聞いて、最終的には身体で覚えます。四字熟語辞典で見つけた弓道の言葉、千射万箭(たとえ千本万本の矢を射ようとも、今射るその矢の一本をおろそかにしてはならない)の精神で集中したいものです。だから作法に関しては、記録に残さないゲームに勝手に挑戦したいと思っています。
茶道とともに伝統芸能である書道の専門誌『墨』の編集後記にも、「単なる勉強不足の質問は、考えた結果の疑問とは違う」とありました。学ぶ側の姿勢を整えておくと、教わったときの吸収率が段違いになります。
私は若いときから、バイトでもスポーツでも、車の運転でも、最初の能力は平均よりも劣っていました。しかし、言われたことをそのままやれる能力はあったようです。順応力には優れていたのではと分析しています。
わかりやすい挫折は、自動車学校の仮免許試験で坂道を逆走し落ちたことです。同乗した教官から「男では珍しい」と言われ、自動車学校近くの公園で、肩を落としてブランコを漕いだ思い出があります(笑)
話を戻します。茶道をいわゆるクールなものした千利休の逸話も面白く、聞くほどに好きになりそうです。ちなみに一期一会は、千利休の弟子の中でも特に優れた茶人 山上宗二(やまのうえのそうじ)が記した茶の湯の基本史料から来ています。彼の名もまた辞書で知りました。また今はそれをウィキペディアなどで概要を知られるので、本当に凄い時代だなと思います。ラッキーですね。
ということで今月もブルート通信、始まります。毎月読んでくださってありがとうございます。まずはなにとぞグルメ紀行をお楽しみください。グルメ紀行では最多回数を誇るラーメン特集第7弾です。
それでは、なにとぞ君、よろしく。