英語の迷い道(その57)-前置詞3年冠詞8年-目の前のヴェールがはがれるとき | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

「前置詞3年冠詞8年」という言葉がある。それくらい冠詞は難しい。自分なりに理解するまでずいぶん時間が掛かった。それでもまだ不明瞭なところがある。

 

 

 

翻訳会社勤務時に英文法を中心テーマとしたメルマガを発行していた。メルマガは登録翻訳者・通訳者を始め翻訳・通訳依頼先(企業など)の担当者に送付していた。

 

そんなある日、メルマガ送付先の大学の教授から問い合わせがあった。「今度冠詞をテーマとしたものを書いて貰えないか」というものだった。また「一度お会いして英語談義を楽しみたい」とも仰った。光栄な話である。

 

 

冠詞については、それまで専門書を2冊読んでいた。以下のものである。

 

・「英語の冠詞ドリル」(椎名照雄著・The Japan Times)

・「英語冠詞講義」(石田秀雄著・大修館書店)

 

 

 

 

大学教授と英語談義と思うと畏まったが、研究室に伺うと先生はコーヒー淹れてくれお菓子を出してくれた。穏やかな方だった。

 

冠詞の使い方を人に説明するのは実に難しかったが、自分なりに頭が整理された気がした。他にも英語の蘊蓄に関する様々なお話がうかがえとても楽しいひと時となった。

 

 

冠詞がどうにか論理的に理解できるようになったのは、翻訳者になって3年目くらいのことだった。突然ではなかったが、頭の中のモヤモヤがいつの間にか晴れていた。以下はそんな趣旨の問題である。

 

 

(問題)

何によらず、これまでにできないと思っていたことが何かの拍子に突然できるようになったり、これまでよくわからずにもやもやしていたものが突然理解できたりするのは人生における大いなる喜びのひとつだと思う。そういう時はあたかも目の前の不透明なヴェールが一枚すっとはがれたような気がするものである。

(京都大学 1991年前期)

 

(拙・和文英訳)

Regardless of what it may be, I think it is one of the great joys in life that we suddenly, by some chance, become able to do something that we thought we could not do before, or that we suddenly come to understand something that we did not understand well and felt unclear. At such times, we feel as if an opaque veil in front of us suddenly peeled off.