新・英語の散歩道(その59)-吉田の町並みと幻の「中華丼」 | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

吉田二本松町の下宿は、通りに面した母屋の二階、三室の真ん中にある四畳半の部屋だった。両隣には、医学部の5回生と理学部・数学科の3回生という硬派な学生が住んでいた。

 

下宿の窓からは吉田山や京都の古い町並みが見えた。机、椅子、本棚、炬燵、冷蔵庫、カラーボックスなどが届くにつれ、次第に自分の部屋らしくなっていった。

 

平日の朝・昼・夜の食事は大学生協の食堂で済ませた。おおよそ300円くらいで食べることができた。しかし、土曜の夜と日曜は生協が営業していないため、吉田界隈で食事をする店を探した。

 

「小料理〇〇」という店を見つけて入ってみると、女将さんに「学生さん向けの食堂なら、通りを南へ下がったところにぎょうさんありますし」と教えられた。そこで初めて、「小料理屋は食堂ではない」ことを知った。

 

 

そうして訪れたのが、「喜楽飯店」という中華料理屋だった。メニューは最初に中国語で書かれ、その後ろの(    )内に日本語が添えられていた。

 

よくわからなかったので、「柳麺(ラーメン)」を注文した。値段は300円ほど。店員の中国人が「ヤナギ!イー!」と厨房に向かって叫んだ。「イー」は中国語で「1人前」という意味だった。

 

しばらくして運ばれてきた「ヤナギ」は、マルタイの棒ラーメンに具をのせたような一品だったが、不味くはなかった。ただ、豚骨ラーメンしか知らなかった私には、やや物足りなく感じられた。

 

ある日、同じクラスの友人と「喜楽飯店」で食事をすることになった。実のところ、私は中華料理といえばラーメン、炒飯、餃子、酢豚くらいしか知らなかった。四国・松山出身の彼は、席に着くなり開口一番「中華丼!」と注文した。つられて私も「僕も中華丼!」と頼んだ。

 

実は、それまで「中華丼」なるものを食べたことがなかった。飯の上にラーメンや餃子が乗った妙なものを想像していたが、実際に運ばれてきたのは、丼にたっぷり盛られたご飯の上に「八宝菜」がかかった一品だった。そして、それは驚くほど美味しかった。様々な野菜と豚肉のほかにレバーも入っており、空腹の学生の胃袋を満たすスタミナ満点の料理だった。

 

「喜楽飯店」には、三田村邦彦に似た若い料理人がいた。腕が良く、何を食べても美味しかったが、とりわけこの中華丼は絶品だった。しかし、残念ながら私の在学中に料理人が変わり、味が落ちてしまった。あの「中華丼」は二度と食べられなくなり、「喜楽飯店」からも次第に足が遠のいていった。

 

 

大学を卒業した後、店は閉店してしまったようで、店の跡も、あの料理人の消息もわからない。それ以来、あの「幻の中華丼」は、私が生涯でぜひもう一度食べたいものの一つとなっている。こうなったら、いっそ「探偵ナイトスクープ」に依頼するしかないかもしれない。

 

 

 

 

 

以下は「英文表現法」から「下宿から眺めた春の町並み」に関する文章である。

 

(問題)

下宿の窓から外を眺めると、暖かい日差しをうけた畑地から、靄がゆらゆらと立ちのぼり、遠く神社の森や、南側の斜面の新しい町並の中に目立つ、赤い教会の塔はその軟らかい大気の中に、かすむように漂っている。春も次第次第に深まり、これで、色づきはじめた桜のつぼみがほころんで、そして、一夜の雨風に散ってしまえば、あとはただ、濃い緑と輝く日射しの初夏へと、移り変って行くばかりだ。(柴田 翔)

 

(拙・和文英訳)

Looking out from the window of the rooming house, I see a haze rising slowly from the fields under the warm sunlight. The distant forest around the shrine and the red church tower standing out in the new townscape on the southern slope are shimmering faintly in the soft air. As spring deepens gradually, cherry blossom buds begin to change the colors. Once the buds open and are scattered by one night wind and rain, the season alone moves to the early summer with deep greenery and bright sunshine.