続・英語の散歩道(その34)-「優越的地位」のShallとWill-「納会」とカラオケ | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

2010年11月上旬。中学3年時のクラス会の幹事を行った。ペアは兵庫県西宮市在住の同級生で、小学校6年、中学の1~3年、さらに小倉西高でも同窓の女子だった。

 

小学校の時は家も近くて時々一緒に帰っていた。優しい子で恋心に近い感情を持った時期もあったが、2010年当時、彼女はご主人と別居状態にあったようである。人の人生はわからない。

 

 

彼女が遠方なので、幹事はほぼ一人でやった。一次会は見栄を張って「リーガロイヤルホテル 小倉」の洋間個室の宴席を用意した。さらに当時お世話になった英語のN先生に声をおかけした。快くご参加いただいた。

 

会場が「リーガロイヤルホテル」だと同級生に知らせると「着ていく服がない」などとのブーイングが女性陣から出たが「化粧でカバーしろ(笑)!」と返答しておいた。

 

 

一次会は、例の大手新聞社の酒乱男、Fの吊るし上げと各自の近況報告でたいそう盛り上がった。二次会は「なべげん」へ。殆どの同級生が参加した。こちらでも会話を存分に楽しんだ。英語のN先生も楽しそうにお話しされていた。当時78歳と仰っていたのでご存命なら今年90歳になられる筈である。

 

同級生たちと話しているとき、自分の心が幽体離脱して中学3年の教室に一時的にワープしているような不思議な感覚を覚えた。

 

 

2010年も暮れが迫った頃、Gさんから「私を社員として採用したい」旨、K社長に話してみると告げられた。「わかりました。よろしくお願いします。」と答えておいた。

 

 

2010年の11月から暮れにかけて、日鉄エンジニアリング㈱の他社との技術ミーティングの議事録を多数英訳した。この中で修得したのが、助動詞 shall と will の使い分けだった。

 

相手方当事者(取引先)には shall 用い、一方で自ら(日鉄エンジ)には will を用いる。これは契約条件の交渉において自らが相手方よりも優位に立っていることを反映しており、契約上の「優越的地位」(superior (or dominant) bargaining position)という。

 

因みに shall は「~しなければならない」「~するものとする」と訳し、shall not は「~してはならない」「~できない(しない)」と訳す。これを「立法のshall」(shall of legislation)という。

 

一方で will は「shallよりも柔らかい義務」を表す。同一文書内で shall とwill の両方が用いられている場合、will 側(優越的地位がある方)が 作った文書であることが殆どである。

 

 

S社のような日本製鉄㈱関連企業は、年内の最終営業日に「納会」を催すところが多い。S社の場合、当日は午前中が営業、午後15:00まで大掃除、15:00~各部門にて納会というスケジュールだった。

 

Gさんから「○○さん!納会には参加してくださいね!」と言われていたので、大吟醸の4合瓶2本を差し入れて参加した。久しぶりに男が中心の大宴会を経験した。「技術屋の会社はやっぱちょっと違うな!?」と感じた。

 

 

「納会」を終えて会社を出たのは18:00近かった。それからGEOSの仲間のYIとのカラオケが待っていた。結局明け方まで歌い続けることになった。