効率化の牙城にて(その10)-房総・千倉の海へ | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

山口県には温泉や観光地が多くあちこちドライブする。食べ物屋などに入ると「どちらからお越しですか?」と時々聞かれる。「北九州からです」と答えると、決まって「えっ!九州からですか?」と返される。

 

この返答にいつも違和感を感じる。北九州市と下関市は関門橋と関門トンネルで繋がっており距離も近い。下関に住んで北九州で働いている人も多いし、勿論人口も北九州の方が遥かに多い。

 

JR下関駅には「九州島方面」と書かれた案内板ある。JR西日本とJR九州の分岐点だからかも知れないが、北九州(九州)の人間にとっては良い気持ちがしない。確かに「島」だが北九州には「島国根性」はない。下関市だって本州島の西端に過ぎない。「えっ!九州からですか?」と返す方が、私には何となく島国根性的に感じるのだが ……。

 

因みに「島国根性」は英語では “insularity” という。定義は以下の通り。

 

Insularity:

The quality of only being interested in your own country or group and not being willing to accept different or foreign ideas:

「自国または自己の集団にのみ関心を持ち、異なったまたは外国のアイデアを好んで受け入れようとしない気質(島嶼(とうしょ)性)」

 

 

閑話休題……。時期は少し遡る。19866月主任に昇格した。病気で休職したりしていない限り同期全員が昇格したものと思われる。初めての役職だった。

 

当時の安田火災は6月に辞令が交付され、6月から9月までの給与・賞与の差額が9月に支給されるシステムになっていた。昇格すれば9月にも賞与並みの支給があった。

 

 

1986年の夏はあまり記憶がない。7月の終わりに大学時代の親友Hと房総・千倉の海に遊びに行ったことくらいか。この小旅行でのエピソードを幾つか覚えている。

 

往路の内房線は混んでいた。私もHも座れず立ちっぱなしだった。途中の駅から趣味悪く着飾った太ったおばさんが乗車してきた。我々のそばで草履を履いた学生風の男性が立って漫画を読んでいた。そのおばさんが男性のそばを通り過ぎた。その瞬間 ……。男性が「あっ!痛っ!」と悲鳴をあげた。おばさんのハイヒールの(かかと)が男性の足の小指を踏みつけたらしかった。

 

そのおばさんは「あ~ら!失礼!」と言うと、ちゃんと謝りもせずに他の車両へそそくさと移動していった。態度も体格も太々(ふてぶて)しい女性だった。私は男性に「大丈夫ですか?」と声を掛けた。彼は「次の駅で降りて病院を探します」と弱々しく答えた。

 

次の駅で男性が降りてから、Hが「確かに、圧力は表面積に反比例するからなぁ~」と感慨深げに言った。暫らくして列車は千倉駅に着いた。

 

 

駅を降り水着や浮き輪などを置いている店に入った。私には買わなければならないものがあった。着替えのパンツ(ブリーフ)である。洗濯済みのパンツが切れていた。

 

店のおばさんに「普通のパンツありますか?!」と聞くと「あるよ」と出してくれた。Hが「パンツくらい持っとけよ!」と言ったので「千倉のパンツが有名なのを知らんのか?!ねぇ!おばさん!」と言うと、おばさんは「そうよ!千倉のパンツは有名よ!」と答え、3人で大笑いになった。

 

 

海に入る前に名物「鮑蕎麦」を食べた。新鮮で歯ごたえがあり舌を噛みそうになった。泊まったのは「天乃家」という割烹旅館で海も近くて料理も実に美味かった。「なめろう」を初めて食べた。酒が進んだ。泳ぎ疲れとほろ酔いの中、房総・千倉の夜が更けていった。

 

 

週明け、真っ黒になって出社した。朝、運用管理チームの同僚の女性が「○○ちゃん!焼けたねぇ~!何処に行ったん?!」と聞いてきたので、「友だちと房総の千倉に行ったんよ!」と答えた。

 

毎週、月曜日には朝礼があった。朝礼では3分間スピーチが順番に回っており、その日はたまたま彼女の順番だった。彼女は即興で「男は日焼けしている方が格好いい!」という話をした。何となく気分が良かった。

 

 

この割烹旅館「天乃家」には、それから2年後、安田火災の「いいとも会」(何処かで記述する予定)の面々と再度訪れることになった。

 

房総・千倉の海。梅雨が明けたばかりの1986727日(土)から28日(日)。若き日の夏の思い出となった。