話は、書店で「あなたの不安は解消できる」(石井丈三著)に出会った時点に遡る。
本をパラパラとめくってみると、私と同じような症状で悩み、それを克服した人たちの体験手記が書かれていた。その場で購入し、帰宅してからむさぼるように読んだ。この本で「森田療法」と呼ばれる神経症(不安障害)克服の精神療法を知った。
精神療法といっても禅僧や山伏のような修行をするわけではなく、単に「為すべきことを為す」という行動療法であった。この「為すべきことを為す」が実はとても大変なことだった。
詳細は覚えていないが、毎日しなければならないことを日記などに書き出し、一つ済ましたらそれを消し込むというように、自分の行動を記録していくのである。思えば「そんなつまらんことはしない」のように価値が低いと決めつけて等閑にしてきたものがたくさんあった。長い間、高慢になっており謙虚さを失っていた。両親にも祖母や弟にも……。
症状に苦しみながら、文房具屋に行ってまずは日記を買った。紺色のカバーが付いたものだった。また、今、最優先で為すべきことは運転免許の取得だと考えた。親に金を出してもらい自動車学校に通わせてもらっていることを有難いと思うようにした。アルバイトで貯めた金で免許を取っている友人も多かった。
当時「あなたの不安は解消できる」を読んで、私が「座右の銘」のように心に刻んだのは以下の項目だった。
1.どんな行動にも何らかの目的がある。常に目的本位に行動する。
2.行動している最中に嫌な感情にとらわれても行動をやめず行動自体に具体的な注意を払う。行動を続けていると嫌な感情は必ず消え去る。
3.決して周囲の人に愚痴を言わない。また周囲の人に当たらない。
4.今できることを先送りしない。今できることは必ず今やる。
5.一つの行動が終わっても休憩は不要である。次の行動の準備や行動そのもので頭が切り替わり、それが十分な休憩になる。
どれも決して簡単な事ではなかったが、行動を続けているうちに行動に「弾み」がついて上手くいくことや、早く着手すれば結果もよくなることがわかってきた。
これは、勉強やスポーツについても全く同じことが言え、最初は何をするにも時間が掛かるが、目的を忘れずにひたむきに努力を続けていれば、必ず早くも上手くもなるのである。
高校や予備校の頃は、紆余曲折や挫折を経験しながらも、上記のような努力を何とか続けることができたから、それなりの結果を得ることができたのである。何も自分に特別な才能があったわけではなく、両親や周りの友人たちのお陰で、そんな努力が続けられただけのことだった。
私がこのことを真に認識するまでには、以後も相当の時間を要した。当時は、この「座右の銘」をいつも呪文のようにひたすら唱えながら症状と向き合う日々が流れていった。