「滕王閣」 王勃 | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

季節は節分・立春を越え春へと向かいつつあるが、今日は冷たい雨になった。


珈琲より紅茶を好むようになって一年が経つが、リーフで淹れた紅茶をゆっくりと冷ますと濁る。これを「クリームダウン」(“creamdown”)と呼ぶらしい。


これは紅茶の葉に含まれるタンニン(渋み)とカフェイン(苦み)が結合して結晶化するからで、この濁った紅茶をレンジなどでもう一度温めると結晶が分解して元の透明に戻る。


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「江南の三大名楼」の最後の一つ「滕王閣」(“Pavilion of Prince Teng”)を詠んだ漢詩を探してみた。これで三部作は完結である。


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「滕王閣」      王勃(おうぼつ) 


滕王高閣臨江渚    滕王の高閣 江渚(こうしょ)に臨み

佩玉鳴鸞罷歌舞    佩玉鳴鸞(はいぎょくめいらん)歌舞(かぶ)罷(や)みぬ

畫棟朝飛南浦雲    画棟(がとう)朝に飛ぶ 南浦(なんぽ)の雲

珠簾暮捲西山雨    珠簾(しゅれん)暮に捲く 西山の雨

閑雲潭影日悠悠    閑雲潭影(かんうんたんえい)日に悠悠

物換星移幾度秋    物換(かわ)り星移りて 幾秋をか度(わた)る

閣中帝子今何在    閣中の帝子 今何(いず)くにか在る

檻外長江空自流    檻外(かんがい)の長江 空しく自ずから流る



(現代語訳)

滕王の楼閣は渚の辺(ほとり)に建てられ、そこで佩玉(腰に下げる玉)や鸞(車につける鈴)を鳴らして貴族たちが歌い踊ったのも今は昔のこととなった。

毎朝美しく色づけられた柱の間から南浦の雲が浮かぶのが見え、夕方には朱色の簾(すだれ)を巻き上げて西山に降る雨を眺めることができた。

静かに流れる雲や、悠久の水を湛えた深い淵に映える光は日々ゆっくりと流れてゆき、万物は移ろい幾多の星霜を経て何度の秋が過ぎていったことだろうか。

この楼閣にいた滕王は今は何処へ逝ってしまったのか?ただ手摺りの向こうに見える長江だけが空しく流れる続けるばかりである。


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王勃(650676は初唐の夭折の詩人である。この詩に流れる無常観や儚さは、同じく夭折の劉希夷(651679「代悲白頭翁」 に勝るとも劣らない。


たまたま見つけた詩であったが同世代に生きた夭折の二人の詩人に思いを馳せることができた。


流離の翻訳者 果てしない旅路はどこまでも