「胡笳歌 送顏眞卿使赴河隴」 岑参 | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

私は高校時代の芸術で書道をとったので「顔眞卿」(がんしんけい)と聞くと書道家のイメージが強い。でも顔真卿は進士(科挙)試験に合格した官僚であり、また武芸にも秀でた人であった。実に多才な人である。


この顔眞卿を詠んだ漢詩がある。作者は「岑参」(しんしん)(715-770、盛唐の詩人である。実は私の翻訳の師匠が大好きな詩である。


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「胡笳歌送顏眞卿使赴河隴」 岑参  胡笳の歌 顏眞卿が使いして河隴(かろう)に赴くを送る      


君不聞胡笳聲最悲             君聞かずや 胡笳(こか)の声最も悲しきを

紫髯緑眼胡人吹              紫髯緑眼(しぜんりょくがん)の胡人吹く

吹之一曲猶未了              之を吹きて 一曲猶未だ了(おわ)らざるに

愁殺樓蘭征戍兒              愁殺(しゅうさつ)す 楼蘭征戍(せいじゅ)の児(じ)

涼秋八月蕭關道              涼秋八月 蕭関(しょうかん)の道

北風吹斷天山草              北風吹き断つ 天山の草

崑崙山南月欲斜              崑崙山南(なん) 月斜(なな)めならんと欲す  

胡人向月吹胡笳              胡人月に向かひて 胡笳を吹く

胡笳怨兮將送君              胡笳の怨み 将に君を送らんとす

秦山遙望隴山雲              秦山(しんざん)遥かに望む 隴山(ろうざん)の雲

邊城夜夜多愁夢              辺城夜夜(へんじょうやや) 愁夢(しゅうむ)多く

向月胡笳誰喜聞              月に向かひて 胡笳誰か聞くを喜ばん


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(現代語訳)

君は胡笳のあの悲しい音色を聞いただろうか。あれは紫の髭、青い眼の胡人が吹いているのだ。

笛が未だ一曲終わらないうちにも、桜蘭の守備に赴く若い兵士達の心をひどく悲しませる。

涼風が吹く八月、君が赴く蕭關(しょうかん)の道には、天山の草をちぎるほどの北風が吹いているだろう。

また崑崙山の南に月が傾く頃、胡人が月に向かって胡笳を吹くだろう。

今こそこの胡笳の悲しい調べを君の門出の餞に送ろう。ここ秦山から君が赴く隴山にかかる雲を眺めながら。

辺境の地で君が見る夢はきっと郷愁に満ち溢れたものとなろう。そんな夜に、誰が月に向かって吹く胡笳の音色など喜んで聞くだろうか、誰も聞きはしない。


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なお「胡笳」(こか)とは、古代中国の北方民族「胡人」が吹いた、葦の葉で作った笛のことをいう。

流離の翻訳者 果てしない旅路はどこまでも-koka