「青海島」と「金子みすゞ記念館」 | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

山口県に「青海島(おうみじま)」というところがある。ここを最初に訪ねたのは実は高校1年の夏休みで、クラスの仲間たちとキャンプに行った。男子5人でたぶん4泊ぐらいしたと思う。


キャンプ場は海岸沿いで、海水浴場にもなっていて、夕立はあったものの基本的には夏の強い日差しに恵まれ、自宅に戻ったときには真っ黒に日焼けしていた。


夜になって砂浜に寝転がると、真っ暗な夜空には満天に星が輝き、時折り流星も見ることができた。それだけでも来た甲斐があった、と思った。


ただ不思議なことに、この時の仲間、つまり私以外の残りの4人の誰一人とも友人にはなれなかった。寝食をともにして、各人の本性を知ってしまったからかも知れない。


・・・・


この青海島周辺は、昨年来何度か車で走っている。走行中に「金子みすゞ記念館」という標識を見かけたが、「誰?何やった人?」という程度の認識しか持っておらず、立ち寄りもしなかった。


震災の後のCMで初めて「金子みすゞ」さんの存在を知った。あの「こだまでしょうか、いいえ、誰でも」という詩を詠んだ人である。地元の人でなければ、たぶん知らなかった人がほとんどだろう。でもなんとなく心に沁みるフレーズである。


・・・・


「こだまでしょうか」


「遊ぼう」っていうと

「遊ぼう」っていう。


「馬鹿」っていうと

「馬鹿」っていう。


「もう遊ばない」っていうと

「遊ばない」っていう。


そうして、あとで

さみしくなって、


「ごめんね」っていうと

「ごめんね」っていう。


こだまでしょうか、

いいえ、誰でも。


流離の翻訳者 果てしない旅路はどこまでも-青海島


http://www.city.nagato.yamaguchi.jp/misuzu/