その15(№6095.)から続く

しばらく中断してしまい申し訳ございません。
また、今回以降、予告編で告知しておりました内容を変更してお送りいたしますので、その点も併せてご了承ください。

では参りましょう。

既に述べたところですが、平成13(2001)年のキハ187系投入以降、振子式車両はしばらく製造されなくなります。
その理由として考えられるのは、ざっと挙げると以下のようなものです。

① 電車・気動車問わず既に必要な列車には投入が一段落したこと。
② 振子式車両の投入には軌道の強化などが必要であるところ、それには多額の投資が必要で、その投資が難しくなってきたこと(費用対効果が見込めないという意味)。
③ 重心低下などの車両設計の工夫により、振子式車両でなくてもそれなりのスピードアップを図ることができるようになったこと。
④ 振子式でなくても車体傾斜を行う技術が確立されたこと。

そもそも振子式車両は、それがなければ劇的なスピードアップが不可能な列車に投入されるものですから、そのような列車への投入が済めば、振子式車両導入の必要がなくなります(①)。振子式車両は機構が複雑でそれ故に通常型車両以上に初期コストが大きく、なおかつその複雑な機構のため保守点検も面倒でそのコストもかかるというデメリットがありますから、振子式車両の投入には、それらのデメリットを凌駕するだけのメリットがなければ、会社としては投入に踏み切るわけにはいきません。また、振子式車両は軌道にかかる負荷が通常型車両よりも大きく、それ故に軌道強化などの初期投資、その後の保線のコストが嵩みます(②)。
このように、上記①②だけでも振子式車両の安易な投入は憚られるものですが、さらに振子式でなくともそれなりのスピードアップを図ることができるようになったことも、振子式車両の投入がストップした要因に挙げることができます(③④)。
そこで、以下では上記③④の具体例を見ていくことにします。

まず③の「車両設計の工夫」について。
ここで触れている、重心低下の工夫とは「機器の配置を見直して重心が高くなり過ぎないようにし、それによって曲線通過速度を向上させる」というものです。このような発想の萌芽は、既に平成4(1992)年にJR西日本が投入した681系試作車に見ることができます。実際に681系は機器の配置を見直して重心低下を図っており、その発想は683系にも引き継がれました。現在683系の一部が交流対応機器を取り外して直流専用となり「289系」として活躍していますが、あれも重心低下策が奏功しています。
JR東日本でも、E351系が投入された中央東線「あずさ」系統において、当時残っていた183・189系の置換え用として投入されたE257系は、やはり機器の配置を見直して重心低下を図り、曲線通過速度を向上させています。
このような車両であれば、振子式のような複雑な機構は不要ですから、メンテナンスコストも通常型車両と変わりません。それでいてそれなりの(振子式車両には及ばないまでも)スピードアップが可能となりますから、どうしても振子式車両を投入しなければならないほどシビアな条件ではない路線においては、コスト削減の観点からこのような車両を導入する合理性があることになります。

続いて④の「振子式でなくとも車体傾斜を行う技術が確立されたこと」について。
これについては、既に小田急SE車のころから構想としては存在していましたが、当時は曲線区間に合わせて適切に車体を傾けることができる技術的な裏付けがなく、しばらく実現しないままでした。
しかし、その後のエレクトロニクス技術の長足の進歩により、走行路線の状況を克明に記憶させることにより、曲線区間で適切に車体傾斜を作動させることが可能になり、この機能を搭載した車両が続々と世に出るようになりました。ただし空気ばね(空気の量)を適切にチューニングする必要から、最大傾斜角は振子式車両よりも小さい2度~3度に抑えられています。
嚆矢は平成9(1997)年にJR北海道に投入されたキハ201系。特急用ではない一般用であることが注目されますが、この車両は電車(731系)との併結・協調運転を可能としており、その面からも注目される車両です。この車両の最大傾斜角は2度で、以下の空気ばね車体傾斜機構を搭載した車両は、新幹線を含めて、どれも最大傾斜角が2度となっています(新幹線の試験車及び小田急VSEを除く)。
キハ201系登場の3年後、同じJR北海道にキハ261系0番代が登場、宗谷本線の特急「スーパー宗谷」に投入されました。これは同線旭川-名寄間の高速化工事と対応しており、それまでの急行列車よりも時間短縮が図られました。
さらに空気ばねによる車体傾斜機構の導入は新幹線にも広がり、平成17(2005)年登場のN700系試作車にも搭載されました(量産車にも搭載)。その他E5系・E6系にも搭載されています。新幹線の場合、この機構の搭載は最高速度向上よりも、乗り心地の向上のために重きが置かれているようです。
私鉄にも採用例が現れ、それが名鉄1600系と小田急50000形「VSE」。いずれも平成17(2005)年の登場となっています。前者は第1編成に搭載されたのみであり試験的要素が強かったようで、のちに1700系に改造される際、車体傾斜機構を撤去しています。もっとも名鉄ではその後、車体傾斜機構を本格的に採用した「ミュースカイ」用2000系が登場、名古屋市内と中部国際空港を短時間で結んでいます。
後者は連接車としては初の採用で、連接構造を生かし空気ばねを高い位置に置く特異な構造が注目されましたが(最大傾斜角は1.8度)、それがメンテナンス等では仇になったようで、先輩格のロマンスカーよりも早く退役がアナウンスされ、令和4(2022)年に定期運用を離脱しました。現在は団体・臨時列車にのみ使用されていますが、今年9月に第2編成が退役することが小田急大本営から発表されています。

キハ261系の出現以降、日本の鉄道界・鉄道趣味界では「もはや振子式車両は不要」という、いわば「振子無用論」「空気ばね車体傾斜万能論」が叫ばれるようになりました。
しかし、およそどのような技術においても、メリットがあればデメリットがあるもの。キハ261系の出現当時、あるいは小田急VSEの出現当時はまだ「空気ばね車体傾斜」のデメリットないし限界はあまり意識されていませんでした。
それでも当時は、振子式車両と比べてのイニシャルコスト・メンテナンスコストの低さは鉄道事業者にとっては非常に魅力的であり、このあと数多の「振子式ではない車体傾斜式車両」が出現します。


次回はそのような「振子式ではない車体傾斜車両列伝」といたします。

その17(№6115.)に続く