その7(№4393.)から続く

 

今回は、2100形投入や平成11(1999)年のダイヤ改正の話題に進む前に、京急の車両、特に快特に充当される車両として、外すことのできない車両を取り上げようと思います。

その車両こそが、3代目600形です。

 

3代目600形(以下『600形(Ⅲ)』又は単に600形という)は、第1陣が平成6(1994)年に登場した、クロスシート車の快適性と3扉車の乗降性を両立させることを狙った意欲作。しかもこの車両は、都営浅草線などへの乗り入れ規格である「1号線規格」を充たす車両として設計・製造されたため、この車両の概要が明らかになった当時、鉄道趣味界では「クロスシート車が地下鉄を走る!」と、かなり話題になったものです。

実は、地下鉄を走るクロスシート車は、海外、特に欧米諸国ではそれほど珍しいものではありません。しかし、日本、特に東京の地下鉄の場合、混雑率が欧米諸国とは段違いだったので、床面積を食うクロスシート車の導入は非現実的と見られていました。京急による600形の導入は、果敢にもそのような常識に挑戦した、という面もあります。

600形(Ⅲ)のスペックは以下のとおり。

 

① 車体はアルミ合金製・塗装。

② 塗装は2000形に倣った赤地に窓周り白のツートン。

③ 先頭形状は丸みを帯びた「新京急顔」、1500形まであったアンチクライマーはなくなる。

④ 制御方式は1500形VVVF車に倣い、VVVFインバーター制御の6M2T。

⑤ 扉部には2000形に倣い補助椅子を設置。

⑥ 座席は扉間・車端部ともボックス席、運転台真後ろの席は2人掛けのクロスシート。

⑦ ボックス席の一部を可変座席「ツイングルシート」とし、ラッシュ時は収納、閑散時及び土休日は展開して運用。

⑧ 快特充当時を考慮し中央扉締切機能及び締切表示装置を搭載(2次車以降は装備せず)。

⑨ 車椅子スペースを京急の新造車としては初めて導入。

⑩ 車号は800形(Ⅱ)と同じ、3桁にハイフンつき数字を付けて号車を示す。4連は十の位を5として8連と区別。

 

性能に関する事項は既に色々なところで語られていますので、ここで詳述することはしませんが、やはり「オールクロスシートであること」は取り上げるべきでしょう。2000形ですら、運転台真後ろの席はロングシートであり、クロスシート100%は達成できませんでした。しかし、2扉車ではないはずの600形がそれを達成したのですから、面白いものだと思います。

そしてなぜ京急が「オールクロスシート」の車両を導入したのか。これには、「乗客の『個の尊重』」というコンセプトがありました。当時はバブルがはじけて景気が減速傾向にあったとはいえ、関東の他事業者では多扉車(JR東日本サハ204、営団地下鉄03系5扉車など)やワイド扉車(小田急1000形など)が続々導入されていました。当時の他事業者においては、乗降性や詰込みが優先される一方で乗客の快適性は二の次にされる傾向が強かったものです。しかし、京急は、そのような中にあってあえて正反対の方向性を持つ600形を投入することで、他事業者の動向に敢然と異を唱えたといえます。「個の尊重」というコンセプトは、言うまでもなく自家用車をライバルと位置付けたもの。600形に遡ること約10年前に2000形を導入したときに、自家用車をライバルと位置付けて開発していますが、600形についても、自家用車を意識して開発されたことは間違いなかろうと思われます。

 

そこで注目したいのが、⑦の可変座席の導入です。これは当時の鉄道趣味界では大きな驚きをもって受け止められましたが、「個の尊重」コンセプトに基づくクロスシート導入とラッシュ時の詰込みの両立を狙って導入されたものです。ラッシュ時は収納して2人掛けのボックス席として立席スペースを確保、閑散時及び土休日は展開して4人掛けボックス席として使用するというものでした。

この「ツイングルシート」、京急としては相当に気合を入れて開発したようで、実用新案まで取得していました。しかし、展開される座席の座り心地が正規の座席のそれに比べて明らかに劣ること、機構が複雑でメンテナンスが大変なこと、それによるコストが無視できないことなどから、後に常時展開した状態で運用されるようになりました。

なお、600形は、快特充当時には中央扉を締め切って2扉で運用することが想定されていて、1次車はそのような機能を実装し、実際に快特充当時に中央扉を締め切って運用したこともあったようですが、乗客からかなりの不評を買ったため、中央扉締切扱いは中止され、2次車以降には中央扉締切の機能は実装されていません。

 

600形は1~3次車が8連7本投入され、平成8(1996)年には4次車が8連1本・4連6本投入されました。

このグループはMT比率が従来の3:1から1:1となり、代わりに主電動機の出力が増強され、かつ1台の制御装置で1両の電動車を制御する方式に改められています(1C4M。1~3次車までは制御装置1台で2両の電動車を制御する1C8M)。あわせてシングルアームパンタグラフを採用しています。

内装も変更が加えられ、鳴り物入りで導入したはずの「ツイングルシート」を放棄、扉間をボックス席と片方向固定の2人掛け席のみとし、実用的な座席配置としています。

これら4次車の投入により、600形は8連8本・4連6本の合計88両に達します。600形だけで12連を組むことが可能になり、2000形が「京急ウイング号」に召し上げられる平日夕方ラッシュ時においても、600形が快特に充当されることで、帰宅時間帯の快特にもクロスシート車が充当されるようになりました。また、これまではロングシート車ばかりだった都営浅草線直通列車にも600形が充当され、こちらにもクロスシート車充当の恩恵を及ぼしています。

 

しかし、クロスシート車の宿命である「床面積(立席スペース)の狭さ」はいかんともしがたく、600形は平成17(2005)年から順次、扉間の座席をロングシート化する改造を受けました。これにより、600形の内装は1000形(Ⅱ)の初期型とほぼ同一となっています。

ロングシート化されたのは8連が先で、4連は8連が全てロングシート化された後も、快特の増結用という用途のためか、しばらくの間クロスシートのまま残っていました。4連はクロスシートのまま残るのかという期待もあったのですが、こちらも追って8連と同じロングシート化改造が施され、現在、600形は全てロングシート化されてしまいました。

しかし、8連・4連とも赤地に窓周り白のカラーリングは変更されず、ここに至って、「窓周り白はクロスシート車を表す」という建前は有名無実になってしまいました。600形は「日本ではクロスシート車は通勤輸送には適さない」という常識に果敢に挑戦した意欲作ですが、残念ながらその結果は失敗だったと言わざるを得ません。

 

600形登場の4年後、本格的な2扉クロスシート車が登場します。次回はそのお話を。

 

その9(№4403.)に続く