以前「『昭和節』の都営バス」と題して、04/29に撮影した都営バスの写真をアップする記事を物したことがありますが(下記関連記事参照)、今年もやります。

今日の東京の天気は雨のち曇りで、雨が上がった後は絶好の撮りバス日和。というわけで管理人も出撃、王子・葛西・亀戸の3か所で撮りバスを敢行しました。

 

まず王子から。

王子は北営業所(N)の車が多く出入りしますが、ここは日デ(日産ディーゼル)の指定営業所だったところ。しかし車種と営業所との関係が断ち切られて久しく、しかも日デの車は都営バスから全ていなくなってしまったため、指定営業所だった当時の面影はありません。

 

まずはC240から。

 

いすゞエルガ

 

C代は平成29(2017)年度車で、この1年前からエルガはモデルチェンジがなされ、このような見た目になりました。

 

こちらは千住営業所(H)のK242(K代=令和5(2023)年度車)。

 

三菱エアロ

 

三菱もEVバスに一本化するということで、エアロの製造はなくなるとのこと。

ちなみに、都営バスではこのK代から前輪タイヤハウス上の席をなくしています。

 

そしてこちらが両者のツーショット。

 

ちょっと無理があるか

 

こちらはG代(令和3年度)のG763。

 

この車には「ヲタ席」がある

 

前輪タイヤハウス上の席、特に進行方向左側の通称「ヲタ席」があるのは、この次のH代(令和4年度)が最後になっています。

 

こちらは今のところ最新のM代(令和7年度)のM382。「王78」に充当され、長駆新宿駅西口から王子に達します。

 

杉並(D)の車

 

杉並といえば、都市新バス「グリーンアローズ」の一角「都03」を引き受ける一大営業所だったのですが、平成12(2000)年12月の都営バス路線の大リストラによる「都03」短縮・担当営業所変更から四半世紀。今は「早稲田自動車営業所杉並支所」となっています。

 

こちらは「王49」のH-F588とN-G763。

 

導入年次は1年違い

 

F代の導入された令和2年度はいすゞ車、翌令和3年度のG代は三菱車となり、三菱車はその後H・K代と3年連続となりました。L代で再びいすゞが入札、最新のM代は再び三菱となりました。

 

こちらはF588のワンショット。

 

足立ナンバー

 

「王49」「王49折返」の担当は千住営業所のため、王子駅に出入りする系統としては唯一、足立ナンバーの車が充当されています。

 

王子駅ではA代以前の「旧型エルガ」を撮ることはできませんでした。ターミナルに入らない「王40」や「草64」には充当されていたようですが。この両系統はターミナルに入らないので、撮影しにくいのですよ。なので今回はこの両系統は撮りませんでした。

 

このあとは以前に「都営バスの墓場」になった場所を見に行きましたが、何とコインパーキングに化けていましたびっくり

そこを眺めて王子駅に戻り、メトロN線→T線と乗り継いで葛西へ。

 

続く。

 

◇関連記事(一昨年の『昭和の日』に都営バスを撮影したときの記事)

 

 

 

 

長津田の次は恩田です。

長津田車両工場の側、ほとんど留置車両がおらず、僅かに8631が残っているだけでした。その他には、5000系編成が編成をバラされて留置中であることが確認できます。

 

まずは高台へ。その前にテクノシステム中庭をチェック。

 

何もなし

 

↑の写真を撮った場所から右に回り込んでさらに道沿いに進むのですが、その途中では「正門」があります。

 

こちらが「正門」です

 

では最初の写真の立派過ぎる門は何なのかというと、実は「通用門」なんだとか。

 

高台からは、テクノシステム側にいる8506-8606を眺めます。

 

方向幕が「東急テクノシステム」

 

8506の正面と、両車の側面もそうなっていました。

 

それでは8606の正面はというと。

 

何故か「臨時」

 

何故だw

 

こちらは、8522搬出後も残る8631。

 

何を思う

 

それにしても8631、留置が長引いていますが、何か理由があるんでしょうか。

どこかで静態保存されるのでは…とも思います。ってかそう思いたい。

 

中恩田橋バス停に向かう途中で、長津田車両工場の新建屋の建設状況が分かる写真を撮影。

 

だいぶ立ち上がってきた

 

そして最後は、長津田車両工場の中庭をチェックして締め。

 

何もない

 

というわけで、今日は本当に何もありませんでした。GW前日に行ったお前が悪いんだよ、というご批判は甘受いたします。

 

おまけ。

恩田駅にあった、GW期間中の臨時電車運転の告知。

 

朝から日中にかけて運転される

 

10Rから4Rと編成は短くなったものの、この4Rは昭和50(1975)年の8500系第一陣が田園都市線に配属された当時の編成と同じ構成。これがお客を乗せて走る日が来るとは。

管理人も明日は別として、どこかの日に出撃したいと思います。

 

このあとは東急バス「青55」で帰りました。

 

4月の長津田見聞録でございます。

明日から大型連休、GWですが、皆様いかがお過ごしですか。

 

さて。

管理人は本日、毎月の恒例となっている長津田・恩田の視察へ赴いて参りました。ほとんど月末ですが、今月は管理人の身辺に色々なことがあり過ぎましたので、この時期になってしまいました(^_^;)

 

まずは「谷底」から。

5000系と思しき車両が在線しています。

 

在線はあるが車号は不明

 

それでは陸橋から検車区全体を俯瞰。

まずは明日からの、こどもの国線の臨時電車運用に充当される8637Fがスタンバイしている姿を。

 

分かるかな?

 

こちらは、5000系車両の連結面が見えます。

もしかしてあれが5101F(第1編成)か?

 

5000系第1編成の再起は未だ

 

ことによると、以前キャンセルしたとされる2020系2編成(2151・2152F)を再度発注、その上で5101Fを…となることも考えられますが、どうなるでしょうか。現在田園都市線では、大井町線の急行用編成(7R)まで駆り出して朝ラッシュを捌かざるを得ないほど車両が足りていませんから。

 

こちらは、屋根がやけに綺麗な2020系編成。

 

検査の出たてだろう

 

2020系の屋根、新造当初や検査出たてのときは、こうやって白い綺麗な姿なのですが、時間が経つと右側のように汚れてしまいます。これはやはり、地下区間を走る車両の宿命でしょう。走行区間にほとんどトンネルの無い大井町線用車両は、それほど屋根が汚れていませんから。

 

ここから検車区の突端へ歩いていきます。

その途中では「派手車」のご尊顔を。

 

今日は3両ともお休み

 

やはり大型連休間近ということで、一足先にお休みに入っているのでしょう。

 

こちらは↑の写真の右側に見える建屋、通称「鳥小屋」の中にある9000系の中間車。

 

やはり他社譲渡?

 

写真が斜めっているのは平にご容赦を(^_^;)

噂では岳南に移籍するといわれていますが、本当なんでしょうか。本当だとすると両側に運転台を取り付ける改造を施す必要がありますが。

 

検車区の突端の写真。

運用を離脱して久しい9123Fの顔も見えます。

 

9023が旧型に見える

 

9000系も今年でデビュー40年、9123Fも母体となった2000系2003Fのデビューから33年ですから、旧型という印象も無理もありません。まして8500系がいなくなった今となっては猶更です。

 

9123Fの近影。

 

先月と変わりなし

 

留置中の状況は変わっていません。

 

そしてこちらが、梶が谷駅の衝突事故でダメージを受けた5101F。

 

真ん中の引っ込んでいる編成がそう

 

やはり陸橋から見た連結面は、この編成でした。

 

こちらは編成を分割されて留置されている5000系。

 

何かしら分割留置されている

 

これを最初に見たときは「リニューアル着手の準備か?」と思っていたのですが、そういうわけでもないようで。

 

最後に。

2020系の陰で留置中の8637Fのご尊顔で締め。

 

小さくなってしまった

 

いよいよ明日から、8500系の「動態保存車」としての運用が始まります。

しかし管理人は明日の出撃はいたしません。だって初日は殺到するでしょ、どうしても。

 

これだけ見回して撤収。

長津田駅まで歩き、こどもの国線で恩田へ向かいました。

 

 

その12(№6586.)から続く

前回まではSLの動態保存を取り上げてきましたが、今回以降はSL以外、具体的には電気機関車や電車などについて取り上げて参ります。
今回はJR発足時に本州3社に承継されたEF58から。
なお、EF58の来歴・スペックなどの詳細は割愛します。

【国鉄~JR移行期のEF58総説】
EF58は昭和50年代まで寝台特急・急行・荷物列車などの牽引に従事してきたが、老朽化などの理由から順次退役が進められ、昭和59(1984)年2月のダイヤ改正で東海道・山陽系統の荷物列車牽引から退き、定期運用自体もその2年後の紀勢本線のそれを最後に全て消滅した。
国鉄からJR各社に改組されるにあたり、EF58のうち61・89号機が東日本に、122号機が東海、150号機が西日本にそれぞれ承継された。これらとは別に、昭和63(1988)年に東海が国鉄清算事業団から157号機を購入し現役復帰させている。
JR3社においては、これらの5両の罐が事実上の「準動態保存機」として稼働していた。
以下、JR3社に承継されたEF58を取り上げる。

【JR東日本・61号機と89号機】
説明の必要がない「生まれながらのお召機」61号機は、これまで当ブログでも取り上げてきたし、様々なところで取り上げられているので詳述はしないが、JR発足のころには61号機+1号編成の列車の運転機会が減少してきていた。
しかし愛好家の人気は高いことから、様々なイベント列車の牽引に61号機を活用、特に「サロンエクスプレス東京」に関しては、61号機と客車の色味が似ていたためか(『サロンエクスプレス東京』の車体色は赤7号だが、61号機は『ため色』といわれる独自の調合色で、色味は似ているが全く異なる色)、事実上の専用機といえるほど、頻繁に牽引に従事していた。圧巻は「オリエント急行」の客車をD51 498との「電蒸運転」で重連牽引したこと。その他では臨時「踊り子」として14系客車を牽引したりするなどしている。
89号機は、当初廃車予定だったところ、庇付きの罐だったことから急遽全般検査を通すことを決め、検査を行って整備した。なお、検査の際茶色に塗り替えられている。
89号機は特急「つばめ」「はと」の牽引機として、白緑色+黄色の「青大将カラー」になったことがあるばかりか、その色になった初列車、つまり東海道本線全線電化完成の初列車である上り「つばめ」を牽引した実績がある。しかし、稼働時に89号機が「青大将カラー」を纏った実績はない。
89号機が平成11(1999)年に老朽化により廃車された後は、61号機が残存、お召列車やイベント列車などの牽引に従事するが、平成20(2008)年に台枠に亀裂が見つかり、自走は可能だが客車を牽引しての走行が不可能になったことが明らかになった。その後は大井の車両工場内で保管され、時折一般に公開されていたが、令和4(2022)年に整備を施したうえで鉄道博物館へ収蔵された。なお、収蔵当初は車籍を残していたが、翌年5月末日付で廃車されている。
また、89号機は解体を免れて保管されていたが、その際に茶色から青色(一般色)に塗り替えられていた。その後鉄道博物館に収蔵されることになり(収蔵は61号機よりも先)、このとき茶色に戻されている。したがって、現在は茶色の姿で収蔵・展示されている。

【JR東海・122号機と157号機】
当初JR東海には122号機のみが承継されていた。その翌年に国鉄清算事業団から157号機を購入して整備、2両体制となった。
これらの罐の車体色は青色であったところ、後述するJR西日本の150号機が茶色であったことから、「稼働する唯一の青色(一般色)のEF58」として、鉄道趣味界からかなりの注目を浴びた。後に122号機は茶色塗装とされるが、157号機はその後も青色を維持したため、より熱い注目を浴びることになる。
とはいえ牽引に従事するのは「トロッコファミリー号」などのイベント列車やその他の臨時列車など。その「トロッコファミリー号」も平成18(2006)年に運転を終了すると、122号機も休車となり浜松工場で保管、その後は時折一般公開されていたが、平成21(2009)年に解体されてしまった。
157号機も同じころに運用に入る機会がなくなり、122号機よりも早く平成19(2007)年に廃車の手続きが取られた。ただし解体にはならず保管が継続され、その途上車体色を茶色に改めている。
その後157号機は、平成23(2011)年に「リニア・鉄道館」に収蔵され、そこで展示されている。
なお、122号機は「ブルートレイン塗装」になったことがあり、実際に20系時代の「あさかぜ」などを牽引した実績がある。

【JR西日本・150号機】
JR西日本が承継したEF58としては唯一となる罐がこの150号機。実は一度廃車されているが、その後奇跡的に車籍が復活し、JR西日本に承継されたという「土壇場(本来の意味)から蘇った罐」でもある。
こちらも他の罐同様イベント列車牽引が中心となるが、特筆すべきは瀬戸大橋を通って四国へ乗り入れたことがあること。これは本州以外を走ったEF58として唯一の事例となっている。その他には、臨時列車「ムーンライト九州」などの牽引にも従事した。
しかし、2000年代に入ったころから稼働機会が減少、平成21(2009)年を最後に本線走行がなくなった。その2年後に車籍抹消、そのときに車体色を茶色から一般色に改めている。
現在は一般色のまま、京都鉄道博物館に収蔵・展示されている。

…とこのように、本州3社にEF58が承継され、「準動態保存機」として稼働していましたが、2000年代後半に入るころにどこも稼働率が低下しています。その要因は様々にあるのでしょうが、やはり罐そのものの老朽化、それと機関士の養成の問題もあることは否めないでしょう。電気車・内燃車を問わず機関車と旅客車では免許が異なるため、機関車を運転できる運転士=機関士の養成は別に行わなければなりません。しかしそれを負担に感じる会社もあり、現にJR東海は機関士の養成を止め、平成21(2009)年を最後に(最後の列車はあの『富士・はやぶさ』)、機関車牽引列車を全廃させています。それと電気車・内燃車の問題として「予備部品の確保」の問題もあります。SLなら作れば大抵の部品は片が付きますが、電気車・内燃車はそうはいきません。技術的には可能でもコストが折り合わないという問題もあります。EF58の「準動態保存」が頓挫したのは、そのような問題があったことは想像するに難くありません。

次回は、JR東日本におけるEF55の動態保存を取り上げます。
また次々回は、予告編とは内容を変え、大手私鉄で具体例が相次いでいる「電車の動態保存」を取り上げます。

-その14に続く-
 

 

写真の色味が変な点は平にご容赦を。

今回は「鉄道ファン」誌のみを取り上げます。

 

その「鉄道ファン」誌ですが、今号は「環状線」の特集。

現在の日本国内で完全な環状運転を行っている路線は

 

JR山手線

JR大阪環状線

名古屋市営地下鉄名城線

札幌市電

ディズニーリゾートライン(一方向だが)

広電←New!

 

があります。中でも広電は、去る03/28に環状線が開業、環状運転を始めたばかりということで、ある意味ではタイムリーな特集と言えます。

その他、純粋な環状運転ではないものとして、都営大江戸線や伊予鉄道松山市内線も取り上げています。都営大江戸線はともかく、松山市内線はその気になれば環状運転も可能なのですが、やらないのはやはり、松山市駅を通らないからなんでしょうか。広電の環状線も華々しく開業したものの、運転本数は少なめになっています。やはりこちらも、広島駅を通らないから?

また、終端部のループ線も取り上げられていて、ニューシャトルの大宮終点や、今はなき「ピーチライナー」の小牧・桃花台などまで取り上げられていたのには驚きました。

その他、コラムで「循環急行」に言及されていましたが、管理人としてはこっちを取り上げてほしかったな(^_^;) そう思うのは管理人がジジイだからでしょうか。

 

その他、相鉄13000系の新車ガイド、青梅鉄道公園リニューアルの記事などもあり、読み応えは抜群です。

毎回のように言っていますが、こういう雑誌を恒常的に出していれば、紙の雑誌も売れるのでは。