冒頭のメッセージボードでご案内のとおり、去る5月25日付で東京圏の1都3県及び北海道に継続していた緊急事態宣言が解除されました。当面の間は他県への移動は控え、6月19日以降に県を跨いだ移動を解禁すべきという指針が示されております。

ということは、管理人のライフワークとしている長津田・恩田の視察ですが、あれも「都県境を跨ぐ」ことになるので、決行するかは検討中です。同じ東急の沿線であり、生活圏が同一なので問題はない気もしますが。

 

さて、もうすぐ5月が終わりますが、いよいよ北神急行線の神戸市営地下鉄への編入が間近になってきました。5月31日限りで北神急行としての運営は終了し、西神中央-三宮-新神戸-谷上間が、神戸市営地下鉄の路線として一体的に運営されるようになります。

 

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車両はしばらく残る

 

この車両、3年後をめどに置き換えられるそうで、退役へのカウントダウンが始まってしまいました。3年後といえば北神急行としての新神戸-谷上の開業から35年、車両の経年も同じですから、置き換えになっても無理はないんですな。

 

そして神戸市営地下鉄の方でも、写真の1000形は淘汰が進められています。1000形だけではなく、お隣の車も置き換えが予定されています。

 

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最古参となった1000形

 

もっとも、6月1日の神戸市営地下鉄への変更に関しては、引き継ぎイベントなどは実施しないとのこと。これは、緊急事態宣言が解除されたとはいえ、新型コロナウイルスの感染が起こりやすい「人の密集状態」を作らせないためだとか。残念ですが仕方ありません。

 

前置きが長くなりましたが本題。

標記の件、今後の当ブログの運営方針ですが、6月から通常モードの更新に戻していこうと思います。現在、連載記事の更新は毎週土曜日としていますが、これも従来の毎週火曜日更新に戻します。具体的には、「グリーン車・半世紀の歩み」の第8回を5月30日に、第9回を6月9日にそれぞれアップすることとし、第10回以降は毎週火曜日にアップすることにいたします。

ただ、緊急事態宣言解除とはいえ決して「完全収束」とイコールではありませんので、所謂「三密」を避ける、手洗い・うがいは欠かさないなどの、根本的な対策は取っていきたいと思います。そのように気をつけながら、ネタを拾っていければ、と考えております。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

※ 当記事で使用している写真は、全て以前の記事からの転載です。

 

浜の真砂は尽きるとも、世に騙しのネタは尽きまじ。

というわけで、今回は「鉄分」ゼロの注意喚起の記事です。

 

連日のように、何らかの詐欺のニュースがメディアで取り上げられますが、その多くは「特殊詐欺」といわれる、架空請求詐欺とか所謂オレオレ詐欺のようなもの。そして架空請求詐欺のひとつの類型としてあるのは、携帯電話やPCに手当たり次第にメールを送付し、返信あるいはコールバックをしてきた人を相手に詐欺を働くというもの。

管理人のところに、昨日こんなメールが来ました。

 

詐欺メールの文面

 

これが何故詐欺メールとわかるかといいますと、管理人は携帯・タブレットの利用代金は銀行預金口座からの自動引き落としになっているから。その他の各種公共料金はコンビニ等で支払っています。だから「ご利用料金」といわれても、一発で詐欺であろうと見抜けるわけで。

 

話はそれで終わりなのですが、そのまま放置しておくのも気持ち悪いので、メールに記載されていた電話番号を検索してみました。

 

やっぱり詐欺じゃねえか

 

はい。詐欺電話でビンゴでしたw

 

そしてこちら↓が、検索で出てきたページを表示したもの。3点ありますが、ノーキャプションとします。

 

 

 

 

やはり架空請求だったようです。

 

このような架空請求詐欺に引っかかる事例は枚挙に暇がありませんが、最近は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い政府が各種給付金の給付を決めたこともあり、ウイルス対策その他の名目での詐欺が急増しているとのこと。警視庁も「新型コロナウィルス感染症に便乗した詐欺に注意」というページを作成し、注意を喚起しています。

 

というわけで、身に覚えのない請求には十分に気をつけましょう。迂闊に返信、コールバックをしてはいけません。

 

※ 新型コロナウイルス対策としての各種給付金にまつわる話題及びそれに対する政府の対応などに対しては、コメントをご遠慮願います。

 

こんなご時世でも鉄道雑誌は発行され、発売日に書店に並べられるわけで。まずは書店の関係者の皆さん、そしてこの本を運んでくださった物流関係者の皆さん、そして勿論本を作ってくださった編集部の皆さんに、この場において感謝の意を。ありがとうございます(^o^)

 

さて本題。

今回の「鉄道ファン」誌は、毎年恒例の「JR車両ファイル」。

JR旅客会社の車両の動向がまとめられた、資料性の高い号ですが、気になったこと。あまり詳細に述べてもネタバレになる危険性があるので注意しながらやりますが、それは「車号」。

 

昨年度、GV-E400系やYC1系、HC85系など様々な車両が世に出ています。前2者は量産車が世に出ていますが、これらは量産先行車の車号の追番となっています。国鉄時代であれば、量産先行車はその後の量産車と細かな仕様が異なるのが常なので、「試作車」を意味する900番代に分類することが多いのですが、最近はそういうのは流行らないのでしょうか。

900番の付番方法と基準に関しては、以前に当ブログでも記事としてまとめたことがありますが(下記関連記事参照)、「900番代」の意味を尊重し墨守していたのがJR北海道・東日本・東海だったはず。これに対し、JR九州は必ずしもこだわっていません。だからYC1系の量産車が量産先行車の追番なのは不思議はないのですが、ではJR東日本のGV-E400系やJR東海のHC85系はどうなるのか。もっとも、これだけで「東日本と東海は国鉄時代の基準を緩めた」というのも早計かもしれません。量産先行車のスペックが量産車のそれと大差ない場合もあるからです。GV-E400系の場合は、仕様差が少ないので追番になったともいえます。問題はHC85系。同系はまだ量産先行車4連1本が出ただけですから、もしかすると量産車が出た暁には、900番代に改番されるかもしれません。

 

試作車を意味する「900番代」の付番事例が減っていくことになれば、それだけまた「国鉄時代が遠くなる」のでしょう。それも無理からぬことかもしれません。国鉄がJRに改組されて今年で33年。国鉄時代を少しでもリアルタイムで知っているのは、管理人と同じか上の世代ですから。

 

◇関連記事

№149.コードナンバー900

 

 

冒頭の写真は以前の記事からの転載です。なお、当記事では全ての写真が以前の記事からの転載となっております。

 

さて、表題のとおり、また1本8500系の退役が進められ、8626Fが退役となりました。8626Fの写っている写真、もしかしたらあるかもしれませんが、探すのが面倒なので、冒頭の写真で代用しました。ごめんなさい。

この編成には、13次車のサハ8947(でしたっけ?)が組み込まれていて、これが東急に唯一残る13次車となります。13次車の特徴は、張り上げ屋根とつるつるの肩部。これが東急では見られなくなったことになります(車両自体は秩父鉄道と長電で現存)。

 

さて、8626F退役に伴って、いよいよ残りは以下のとおりとなります。

 

とすると、やはり次にヤバいのはこちらの編成か?

 

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8500系編成現存最古参となった8614F「伊豆のなつ」編成

 

8614Fは以前の記事でも取り上げましたが、内装のリニューアルを行っていませんからねえ…。走行キロもかなり行っているのではないかと思われます。

残るネタ編成は、元「TOQ-BOX」8634Fと「Bunkamura号」8637Fですが、こちらもどうなるか。どちらも車齢は比較的若いですが、それでも35年前後が経過しています。

 

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以上とは別に、ゾロ目車号「8888」を4号車に組み込む8636F、初期型でありながら側面の行先表示をフルカラーLEDにしている8616Fなど、特徴的な編成はまだ残っています。

猛威を振るった新型コロナウイルスの感染拡大も一応の落ち着きを見せており、首都圏ではそろそろ緊急事態宣言解除も…といわれていますが、解除された暁には、8500系を追いかけていきたいものです。勿論、「緊急事態宣言解除」イコール自粛解除ではありませんから、「三密」には十分気を付けながら。

その6(№5153.)から続く

今回は普通列車グリーン車の展開を取り上げます。
普通列車用グリーン車は、往年の「並ロ」、即ちリクライニングシートではないクロスシート(転換・回転又はボックス席)を装備した車両であるのが常となっています。昭和30年代までは、急行列車にもこのような「並ロ」が連結されていましたが、昭和40年代に入ると、優等列車用としてはサービスレベルが低いと見られたためか、続々と二等車(普通車)に格下げされていきます。
「グリーン車」発足当時の普通列車グリーン車は、急行列車の間合い運用で連結されているものを除けば、東京圏の東海道線または横須賀線、関西圏の東海道・山陽線に多く見られました。その他、宇野線快速にも見られましたが、こちらは通勤輸送ではなく四国連絡という特殊な任務を負った系統であり、東京圏や関西圏とは異なります。

当時の普通列車グリーン車は、回転クロスシートを装備したサロ110・111が主で、その他急行用の格下げ(サロ112)もありました。
これは特に東京圏に顕著なのですが、普通列車グリーン車は、企業の重役などセレブリティの通勤・日常利用という需要があったがゆえに連結されていたものであり、そのためグリーン車のサービスとしては「着席」が求められました。それ故に「並ロ」、具体的には特急列車の普通車クラスの内装で良しとされたものです。
しかし、関西圏の普通列車グリーン車は、新快速用117系の登場により存在意義が怪しくなったことと、もともとの利用率低迷とグリーン料金の徴収が満足にできず収益が上げられなかったことなどにより、昭和55(1980)年に連結が廃止されています。これと同時期に、宇野線の四国連絡快速からもグリーン車が消えました。これは、関西圏の113系編成からグリーン車が抜かれたのと、急行「鷲羽」が廃止されグリーン車入りの153系編成の配置がなくなったのも理由です。
なお、この年には横須賀線と総武快速線とのスルー運転が始まり、総武快速線にもグリーン車2両入りの編成が乗り入れることになりますが、当時の国鉄当局は、総武快速線ではグリーン車の需要が見込めないと頭を抱えていたそうです。そのため、総武快速線にグリーン車入りの編成が乗り入れるようになったのは、単なる運用上の都合でしかなかったのですが、蓋を開けてみれば、総武快速線でもグリーン車は安定した利用を掴み、国鉄当局の懸念は杞憂に終わりました。このときの「成功体験」が、後の東京圏各線区へのグリーン車連結への伏線となったともいえます。

その後、昭和58(1983)年ころから、東京圏の東海道・横須賀・総武快速線の列車増発に伴い、グリーン車が不足しますが、国鉄は驚くべき奇策に出ます。その奇策とは、当時特急の短編成化に伴って余剰気味だった、特急用のグリーン車を転用したこと。勿論塗色は113系に揃えましたが、元が特急用のため車体断面も屋根の高さも全く異なり、強烈な凸凹編成となりました。この強烈な見た目のコントラストにより、これら改造車は、鉄道趣味界では「化けサロ」と親しまれました。なお「化けサロ」は座席の交換までは行わず、特急時代のままのフルリクライニングシートが変わらず装備されていましたが、このころになると、列車自体の増発の効果もあるのか、座れないというセレブリティからの非難の声は聞かれなくなりました。
ところで、JR発足後のバブルと呼ばれる好景気の出来に伴い、普通列車グリーン車の利用が増加していきます。しかし当時は、まだ朝夕ラッシュ時と日中閑散時の利用に大きな落差があった時代。そのため、一時期は真剣に検討されたグリーン車の3両連結は早々に断念されました。
そこで指向されたのが「1両あたりの定員を増やすこと」で、当時の大船工場でモックアップを作って検討されました。車両限界の大きな新幹線とは異なり、小さく、しかも上方に窄まっている在来線の車両限界内に収めるには、大変な苦労があったようです。
そのような苦労を乗り越えて、平成元(1989)年、2階建てグリーン車が初めて世に出ることになります。2階建てにしたことで、サロ110-1200やサロ210・211の60人の実に1.5倍、90人の座席定員を確保しています。この2階建てグリーン車、最初は東海道線のみでしたが、翌年には横須賀・総武快速線にも連結。ただしこのころは、2階建てグリーン車を連結した編成は少なかったことから、時刻表にはそのことを示すマークが付けられました。
2階建てグリーン車の出現により、旧来の回転クロスシートを備えるサロ110・111は、サービスレベルの陳腐化が顕著となりました。これら両形式は、車両自体の老朽化とも相まって、平成4(1992)年までには姿を消しています。
なお、横須賀・総武快速線系統では、平成6(1994)年からE217系の投入が始まり、5年後の11(1999)年に完了しています。E217系では、グリーン車を2階建て2両とし、113系時代と比べてグリーン車の座席定員は1.5倍になりました。またE217系の投入と前後して、元特急用の「化けサロ」淘汰も進められ、平成10(1998)年までに、こちらも全車退役しています。

他方、一度は姿を消した四国連絡快速のグリーン車ですが、昭和63(1988)年の瀬戸大橋開業により快速「マリンライナー」が岡山-高松間を直結するようになった際、グリーン車を連結するようになり、四国連絡快速以来8年ぶりのグリーン車復活となりました。しかしこちらは、前身の四国連絡快速と同様、通勤輸送ではなく都市間輸送・観光輸送の任務を負うもので、それ故に特急・急行列車に近い性格を有しています。運転開始当初は、ハイデッカー仕様のパノラマグリーン車が連結され、観光利用者向けに眺望をアピールしましたが、その後2階建てとして1階を普通指定席、2階をグリーン席とし、眺望には配慮しながらも実用性を重視した新型車両が投入され、現在まで活躍を続けています。

東京圏のグリーン車の転機は、平成13(2001)年の「湘南新宿ライン」開業でした。
このとき、新宿を経由して東海道・横須賀線と東北(宇都宮)・高崎線とのスルー運転が実現したのですが、東海道・横須賀線の利用者からは、新宿方面への列車にグリーン車があったりなかったりすることにクレームが寄せられることになります。
そこで、JR東日本は、それまで東海道・横須賀・総武快速線に限られていた普通列車グリーン車を、東京圏の近郊路線に拡大することとし、当時東北・高崎線系統に115系置き換えのために投入されていたE231系編成にグリーン車を組み込むことにしました。同時に、東海道線に残っていた113系をE231系で置き換えることも決定されます。
まず平成16(2004)年に「湘南新宿ライン」全列車がE231系のグリーン車連結編成で運用されるように改められ、211系にもグリーン車組込みが行われました。他方で113系編成は退役が進められ、東海道線用の編成は平成18(2006)年3月のダイヤ改正で全て退役しています。このとき、往年の「並ロ」の雰囲気を残すサロ110-1200が全車退役しました。そしてこの改正に伴い、東北・高崎線系統の全普通列車にグリーン車連結が実現します。
普通列車グリーン車の組み込みは、当時運転系統が完全に独立していた常磐線でも行われ、E531系編成に順次グリーン車が組み込まれていきました。組込み開始当初は普通車として運用されましたが、全編成出揃った平成19(2007)年のダイヤ改正に伴い、グリーン車としての運用を開始しています。

これで「5方面」のうち4方面でグリーン車連結が実現したことになりますが、これまで唯一実現していなかった中央線方面にも(急行『かいじ』用にサロ165を組み込んだ115系編成が普通列車として運用されたことはある)、グリーン車連結計画があり、現在その計画に基づいて準備が進められています。
また、グリーン車連結がなくなった関西圏でも、223系の投入の前後から、新快速へのグリーン車連結が真剣に検討され、その結果として、グリーン車そのものの連結は実現しなかったものの、その発想が指定席車「Aシート」として実現しました。

以上が普通列車グリーン車の展開です。
次回と次々回は番外編として、私鉄のグリーン車に相当するサービスと、グリーン車の変わり種を取り上げます。

-その8へ続く-