その12(№6586.)から続く

前回まではSLの動態保存を取り上げてきましたが、今回以降はSL以外、具体的には電気機関車や電車などについて取り上げて参ります。
今回はJR発足時に本州3社に承継されたEF58から。
なお、EF58の来歴・スペックなどの詳細は割愛します。

【国鉄~JR移行期のEF58総説】
EF58は昭和50年代まで寝台特急・急行・荷物列車などの牽引に従事してきたが、老朽化などの理由から順次退役が進められ、昭和59(1984)年2月のダイヤ改正で東海道・山陽系統の荷物列車牽引から退き、定期運用自体もその2年後の紀勢本線のそれを最後に全て消滅した。
国鉄からJR各社に改組されるにあたり、EF58のうち61・89号機が東日本に、122号機が東海、150号機が西日本にそれぞれ承継された。これらとは別に、昭和63(1988)年に東海が国鉄清算事業団から157号機を購入し現役復帰させている。
JR3社においては、これらの5両の罐が事実上の「準動態保存機」として稼働していた。
以下、JR3社に承継されたEF58を取り上げる。

【JR東日本・61号機と89号機】
説明の必要がない「生まれながらのお召機」61号機は、これまで当ブログでも取り上げてきたし、様々なところで取り上げられているので詳述はしないが、JR発足のころには61号機+1号編成の列車の運転機会が減少してきていた。
しかし愛好家の人気は高いことから、様々なイベント列車の牽引に61号機を活用、特に「サロンエクスプレス東京」に関しては、61号機と客車の色味が似ていたためか(『サロンエクスプレス東京』の車体色は赤7号だが、61号機は『ため色』といわれる独自の調合色で、色味は似ているが全く異なる色)、事実上の専用機といえるほど、頻繁に牽引に従事していた。圧巻は「オリエント急行」の客車をD51 498との「電蒸運転」で重連牽引したこと。その他では臨時「踊り子」として14系客車を牽引したりするなどしている。
89号機は、当初廃車予定だったところ、庇付きの罐だったことから急遽全般検査を通すことを決め、検査を行って整備した。なお、検査の際茶色に塗り替えられている。
89号機は特急「つばめ」「はと」の牽引機として、白緑色+黄色の「青大将カラー」になったことがあるばかりか、その色になった初列車、つまり東海道本線全線電化完成の初列車である上り「つばめ」を牽引した実績がある。しかし、稼働時に89号機が「青大将カラー」を纏った実績はない。
89号機が平成11(1999)年に老朽化により廃車された後は、61号機が残存、お召列車やイベント列車などの牽引に従事するが、平成20(2008)年に台枠に亀裂が見つかり、自走は可能だが客車を牽引しての走行が不可能になったことが明らかになった。その後は大井の車両工場内で保管され、時折一般に公開されていたが、令和4(2022)年に整備を施したうえで鉄道博物館へ収蔵された。なお、収蔵当初は車籍を残していたが、翌年5月末日付で廃車されている。
また、89号機は解体を免れて保管されていたが、その際に茶色から青色(一般色)に塗り替えられていた。その後鉄道博物館に収蔵されることになり(収蔵は61号機よりも先)、このとき茶色に戻されている。したがって、現在は茶色の姿で収蔵・展示されている。

【JR東海・122号機と157号機】
当初JR東海には122号機のみが承継されていた。その翌年に国鉄清算事業団から157号機を購入して整備、2両体制となった。
これらの罐の車体色は青色であったところ、後述するJR西日本の150号機が茶色であったことから、「稼働する唯一の青色(一般色)のEF58」として、鉄道趣味界からかなりの注目を浴びた。後に122号機は茶色塗装とされるが、157号機はその後も青色を維持したため、より熱い注目を浴びることになる。
とはいえ牽引に従事するのは「トロッコファミリー号」などのイベント列車やその他の臨時列車など。その「トロッコファミリー号」も平成18(2006)年に運転を終了すると、122号機も休車となり浜松工場で保管、その後は時折一般公開されていたが、平成21(2009)年に解体されてしまった。
157号機も同じころに運用に入る機会がなくなり、122号機よりも早く平成19(2007)年に廃車の手続きが取られた。ただし解体にはならず保管が継続され、その途上車体色を茶色に改めている。
その後157号機は、平成23(2011)年に「リニア・鉄道館」に収蔵され、そこで展示されている。
なお、122号機は「ブルートレイン塗装」になったことがあり、実際に20系時代の「あさかぜ」などを牽引した実績がある。

【JR西日本・150号機】
JR西日本が承継したEF58としては唯一となる罐がこの150号機。実は一度廃車されているが、その後奇跡的に車籍が復活し、JR西日本に承継されたという「土壇場(本来の意味)から蘇った罐」でもある。
こちらも他の罐同様イベント列車牽引が中心となるが、特筆すべきは瀬戸大橋を通って四国へ乗り入れたことがあること。これは本州以外を走ったEF58として唯一の事例となっている。その他には、臨時列車「ムーンライト九州」などの牽引にも従事した。
しかし、2000年代に入ったころから稼働機会が減少、平成21(2009)年を最後に本線走行がなくなった。その2年後に車籍抹消、そのときに車体色を茶色から一般色に改めている。
現在は一般色のまま、京都鉄道博物館に収蔵・展示されている。

…とこのように、本州3社にEF58が承継され、「準動態保存機」として稼働していましたが、2000年代後半に入るころにどこも稼働率が低下しています。その要因は様々にあるのでしょうが、やはり罐そのものの老朽化、それと機関士の養成の問題もあることは否めないでしょう。電気車・内燃車を問わず機関車と旅客車では免許が異なるため、機関車を運転できる運転士=機関士の養成は別に行わなければなりません。しかしそれを負担に感じる会社もあり、現にJR東海は機関士の養成を止め、平成21(2009)年を最後に(最後の列車はあの『富士・はやぶさ』)、機関車牽引列車を全廃させています。それと電気車・内燃車の問題として「予備部品の確保」の問題もあります。SLなら作れば大抵の部品は片が付きますが、電気車・内燃車はそうはいきません。技術的には可能でもコストが折り合わないという問題もあります。EF58の「準動態保存」が頓挫したのは、そのような問題があったことは想像するに難くありません。

次回は、JR東日本におけるEF55の動態保存を取り上げます。
また次々回は、予告編とは内容を変え、大手私鉄で具体例が相次いでいる「電車の動態保存」を取り上げます。

-その14に続く-
 

 

写真の色味が変な点は平にご容赦を。

今回は「鉄道ファン」誌のみを取り上げます。

 

その「鉄道ファン」誌ですが、今号は「環状線」の特集。

現在の日本国内で完全な環状運転を行っている路線は

 

JR山手線

JR大阪環状線

名古屋市営地下鉄名城線

札幌市電

ディズニーリゾートライン(一方向だが)

広電←New!

 

があります。中でも広電は、去る03/28に環状線が開業、環状運転を始めたばかりということで、ある意味ではタイムリーな特集と言えます。

その他、純粋な環状運転ではないものとして、都営大江戸線や伊予鉄道松山市内線も取り上げています。都営大江戸線はともかく、松山市内線はその気になれば環状運転も可能なのですが、やらないのはやはり、松山市駅を通らないからなんでしょうか。広電の環状線も華々しく開業したものの、運転本数は少なめになっています。やはりこちらも、広島駅を通らないから?

また、終端部のループ線も取り上げられていて、ニューシャトルの大宮終点や、今はなき「ピーチライナー」の小牧・桃花台などまで取り上げられていたのには驚きました。

その他、コラムで「循環急行」に言及されていましたが、管理人としてはこっちを取り上げてほしかったな(^_^;) そう思うのは管理人がジジイだからでしょうか。

 

その他、相鉄13000系の新車ガイド、青梅鉄道公園リニューアルの記事などもあり、読み応えは抜群です。

毎回のように言っていますが、こういう雑誌を恒常的に出していれば、紙の雑誌も売れるのでは。

8637F「復活」に関するニュースで鉄道趣味界が沸いていますが、数日前にはこのような悲しいニュースもありました。

永らく恩田(長津田車両工場)に留置されていた、8500系の下り方先頭車8522が、遂に搬出されたとのこと。恐らくこのまま解体ではないかといわれています。

 

奥に屋根だけ写っているのが8522(分かるかな?)

(以前の記事から転載)

 

↑の写真は先月に撮影したもの。

ネット上では売却の話がまとまらなかったとか、売却が決定していたもののその後白紙になったとか、色々と言われていますが、とにかく8522がここから搬出されたことは事実です。

 

さて。そうなると。

次なる関心事は、ここに残る8631はどうなるかということ。

やはり早晩搬出され、解体されてしまうのでしょうか。

 

 

 

一昨年初頭、最後の8500系現役編成であった8637Fが退役。

そしてその半年後、4連を組成されて恩田(長津田車両工場)で留置されているのを目撃しました。

さらにそこから、まさかの動態保存化。

その動態保存化を取り上げた記事はこちら↓

 

 

このときは、4Rで団体臨時列車又はこどもの国線の臨時列車として使用する旨がアナウンスされていたのですが、時折試運転で本線上に顔を出すくらいで、そのような乗客を乗せる運用はこれまでありませんでした。

 

それが。

しかしというか、遂にというか。

いよいよ今年のゴールデンウイーク(GW)期間中、こどもの国線で臨時列車として運転されることになりました。

東急の大本営発表はこちら↓

 

 

上記大本営発表によると、

 

運転日 04/29、05/02~06(04/30と05/01は通常体制・Y000系2Rのみで運行)

上記運転日は8637FとY000系を重連(2R×2)で運用

 

いよいよ8637Fが臨時運用に登板することになりますが、この姿で走るのでしょう↓

 

山側は青帯なし・8537は赤帯

 

 

海側は青帯あり・8637は青帯

 

これは喜ばしいことには違いないんでしょうが、懸念事項も。

それは愛好家の暴走。

東急大本営も、直截的な表現ではないものの、このような形で警告を発しています。

 

それは上記ページの「その他」の記述。

これによると、

 

天候や混雑状況などにより、定期列車を2両編成で運転する場合や臨時列車の車両変更や増発を中止する場合があります。

(赤字は管理人)

 

とあります。

ということは。

愛好家の暴走、そこまでいかなくとも愛好家が殺到して混乱状態に陥ることが必定な状況に陥った場合には、運行を取り止める場合もあるということです。

管理人も出撃を考えていますが、節度ある振る舞いは心掛けたいと思います。

 

【おことわり】

当記事で使用している写真は、全て以前の記事からの転載です。

その11(№6580.)から続く

今回は、大手私鉄で唯一SL列車を運行する東武鉄道を取り上げます。
大手私鉄16社のうち、東京メトロを別にすれば、東急などのように郊外電車の運転から始まった会社、京阪や京王などのように路面電車を出自とする会社がありますが、SL牽引の列車を運行していたことがあるのは、東武の他には南海しかありません。それだけこの両社の歴史が長いということですが、南海は大正末期に電化が完成してSLを放逐したのに対し、東武は昭和41(1966)年まで現役でSLが稼働していました。これは貨物線に非電化路線が多かったことが理由です。

東武は、日光・鬼怒川の観光需要へのテコ入れとしてSL列車の運転を計画、南栗橋に検修施設を設け、下今市に機関区を開設。さらに下今市と鬼怒川温泉には転車台を設けるという徹底ぶり。両駅の転車台はそれぞれ、JR長門市駅と三次駅のものを譲り受けて移設したものです。
そして平成28(2016)年、JR北海道の項で述べたとおり、C11(207号機)を借り入れ、翌年8月10日から、下今市-鬼怒川温泉間で「SL大樹」の運行を開始しました。
この列車の運行に当たっては、SL乗務員を養成する必要がありますが、これは既にSLを運行している事業者に協力を依頼、秩父鉄道や大井川鉄道、真岡鐡道などで養成されています。その後は、自社による研修・養成が可能になったようですが、各社の協力体制によって「SL大樹」運行が可能になりました。
牽引される客車は、JR四国から14系と12系を購入、運転開始当初は前者をオリジナルの内外装のままで使用していました。後に12系も整備されましたが、これは中間車でありながらオープンデッキ方式の展望スペースを設けるなど、眺望とSLの煙などを体感できるスペースとなっています。またこれらとは別に、JR北海道から「はまなす」に使用していた14系客車(500番代)を購入、同列車で指定席車として運用していた「ドリームカー」を当時の内装のままで運用しています。
ただし編成は3両と短く押さえられていますが、これは鬼怒川線の線路条件と、牽引機の牽引力の兼ね合いと思われます。

「SL大樹」で面白いのは、貨物列車に連結されていた車掌車(ヨ8000)が連結されていること。
これは、牽引機に東武線内の保安装置を搭載することが難しかったため(後述のとおり、C11 123には保安装置が搭載されていることから、技術的ではなく法的な問題、つまり牽引機が『借り物』だからだと思われる)、ヨ8000に保安装置を搭載。そのため「SL大樹」の運転時には、必ずこの車両が連結されます(C11 123の牽引時を除く)。

しばらく「SL大樹」は207号機の「一枚看板」で推移してきましたが、東武鉄道では2両目のSLとして、真岡鉄道から同じC11の325号機を譲り受けることにしました。この罐は令和2(2020)年7月に東武に譲渡され、12月26日付で車籍編入、同日から「SL大樹」の運行に従事しています。
3両目の罐として、C11の123号機についても言及しておきましょう。
これは実は国有鉄道オリジナルの罐ではなく、江若鉄道が導入した「C111」。その後湧別炭礦鉄道→釧路開発埠頭と譲渡され廃車されています。このころ、つまり昭和戦前期は、国有鉄道と同型のSLを導入する私鉄も多かったものですが、この罐はまさにそれ。
この罐の譲受自体は、325号機に先んじて平成30(2018)年になされていましたが、動態復活は325号機入籍の翌年となり、営業運転開始はさらにその翌年の令和4(2022)年となっています。
ところで何故この罐が「123」号機になったかといえば、動態復活・運行開始を予定していた令和2(2020)年が、東武鉄道の創立123周年だったから。そして3両目の罐ということで末尾を3とした「123」としたものです。
したがってこの罐は、国有鉄道に在籍したC11 1ともC11 123とも何の関係もありません(ちなみに国有鉄道のC11 1は青梅鉄道公園で静態保存されている)。
123号機の特徴は、自車に保安装置を搭載していること。これにより、この罐が牽引するときにはヨ8000の連結が不要となります。
また3両のSLとは別に、ディーゼル機関車(DL)DE10を2両JR東日本から譲り受け、SL列車の補機などに使用するほか、時折「DL大樹」として牽引機を務めることもあります。これはSL列車の先達「やまぐち号」と同じですが、こちらも先達同様「DL大樹」として運転されるときには、その旨の告知が時刻表でなされます。
「SL大樹」は当初、下今市-鬼怒川温泉間の運転でしたが、後に東武日光発着の列車も出現、こちらは「SL大樹ふたら」と命名されています。なお、「SL大樹」に対する「DL大樹」は何度か運転された実績がありますが、「DL大樹ふたら」は今のところ運転されたことはありません。

「SL大樹」運転で注目されるのは、リピーターの取り込みを行っていること。
列車運行開始と同時に「SL「大樹」完全乗車キャンペーン」が展開されましたが、これは各列車の記念乗車証を集めると枚数に応じて「今市報徳二宮神社の御守」「ピンバッジ」「完全乗車記念ブック」の各景品が受け取れるというものでした。このときのキャンペーンの期間は翌年8月9日まででしたが、その後も記念乗車証のデザインの変更や景品を変更しながら、断続的に同様のキャンペーンが行われています。このあたりは、愛好家の蒐集欲をくすぐるという意味で、非常に巧みなものであり、なおかつリピーターを増やすことでさらなる収益の増加を狙おうという、実に抜け目のない商売ということもできます。「SL大樹」の運転開始時には、首都圏ではJR東日本の群馬地区は勿論のこと、真岡鐡道や秩父鉄道でもSL列車の運転を行っていたため、これらとの差別化を図り、集客を図るためには有効な取り組みではないかと思います。やはりいくら「SLの動態保存という文化的価値」があるものだとしても、「商売」にならなければ維持は難しいですから。

ところで。
文化的価値というなら、よそから連れてきたC11ではなく、かつて自社で活躍していた「ピーコック」と呼ばれる機関車を動態復元させた方がいいのでは、と思いますが、東武はそれはやりませんでした。東武博物館などに「ピーコック」が良好な状態で静態保存されているのですから、動態復元するのはそれほどの困難はないと思いますが、やはり牽引力の問題なのでしょうか。

東武は現在、3両のSLで「SL大樹」「SL大樹ふたら」を運行しており、しかも最近では自前での乗務員(機関助士)の養成も可能になっているということで、この辺りは流石大手私鉄という感じがします。

当連載では、これまでSLの動態保存を取り上げてきましたが、次回からSL以外の車両、具体的には電気機関車や電車などの動態保存とその問題点を取り上げます。

その13(№6590)に続く