6月特選映画コロナ編【14】★映画のMIKATA「HOKUSAⅠ」★ | 流石埜魚水の【特選映画】、★映画のMIKATA★映画をMITAKA・・・

流石埜魚水の【特選映画】、★映画のMIKATA★映画をMITAKA・・・

都市生活者の心と言葉を掌にのせた小説、電脳化社会の記号とイルージョンを巡る映画、都市の孕むシンボルと深層を探るエッセイ、街の風景と季節の色を彩る短歌…。小説と映像とエッセイと短歌をブログに・・・掲載します。

 

 

浮世絵師・葛飾北斎の生涯と画狂人生を謎解きのように描いた『HOKUSAI』 (2020年、 橋本一監督、河原連脚本 )を横浜ララポート内のTOHOに見に行きました。映画関係者の強力な呼びかけと訴えによって、映画館の上映が時間短縮とは言え、緩和されました。が、5月28日公開の翌日に『HOKUSAI』を早速見に行きましたが、お客はやはり少なかったです・・・。映画の面白さよりも、コロナ感染の恐れの方が客を映画館から遠ざけているようですーネ。やはり、どんなに「安心安全」と気休めの言葉を総理大臣に言われてもね、日本全体が「新型コロナ」を完全に押さえ込み、新規感染者がゼロにならないと、恐らく日本経済は賑わないだろう・・・ナ。まして、見識のある市民ならば感染の危険がある競技場やパブリック・ビューインク会場に足を運ぶだろうかーネ???8万人のボランティアのうち約1万人が辞退したそうです・・・、オリンピックに浮かれてボランティアに参加する市民は人一倍感染の危機に見舞われますーヨ、辞退するのが賢明です。

 

更に、消費経済を元に戻すためには、商業店舗へ協力金を支援すると共に、衣食住にこと欠く庶民の貧困生活をもっと余裕ができる家計に戻さないと、不況に陥った日本経済は再生しないだろうー。更には、「カーボンゼロ」にこじつけていまだー、またぞろ原子力の夢を捨てきれずに虎視眈々と新しい原子炉施設の建設を始めてもーネ、そんな誤った経済開発では復活しませんーネ!!!寧ろ、日本独自の新しい先端産業と斬新なグリーン経済を見つけるべきでしょうね。コロナが世界規模で蔓延している今、どこかの作家が書いていたのだが、日本を地球の救急病院として、世界の病人が救命のために日本に押し寄せる医療政策と医療技術開発に力を入れるべきかもしれません。最早観光国家日本の観光立国では古いですね。今どき日本国政府も、オリンピック開催に中止の決断を迷っているべきではないですーヨ。オリンピック村を新型コロナの大規模病院に利用して、世界中の金持ちが押しよせるぐらいの病院を建設する、世界の医療国家「日本」を目指すような斬新な発想の政治家は日本にいないものなのかーネ・・・。

 

どこぞのオリンピックのアスリートや、オリンピックの女性大臣が、スポーツによって国民を元気にしたい・・・勇気を与えたい・・・日本を強くしたい???などと、戯けたことを発言していたが、いくらアスリートが金メダルを首にぶら下げようとも、市民が励まされることはないだろうーヨ、もしもそんなことを本心から思っているとするならばアスリートの肉体の思い上がりですーヨ。

 

地球規模の情報化社会の今日、インターネットに情報が掲載されればたちどころに世界中に拡散されます。だから、隠れた才能をもった芸術家がいれば、すぐにネットに流れテレビの話題に上り、インタビューが放送され、マイクを向けられて作品と作家は取材で一躍マスコミの寵児になるでしょうーね。そうなると投資目的で、彼が貧乏画家で無名でも、金満家が絵に高額な値段で投資するだろう。江戸時代の版元・蔦屋と言えば現代の出版社だろうか、マスコミがない江戸時代に、大名のお抱え絵師しか職業としてなりたたないこの時代に、プロの芸術家として有名になるためには蔦屋重三郎のような浮世絵の版元によて支えられるほかはない。西洋の宮廷音楽家のように、貴族のパトロンの元で優雅に暮らせる時代ではない。だから、庶民絵師として庶民の人気を博するほかはない・・・のだ。無名だった浮世絵師の喜多川歌麿(玉木宏)、東洲斎写楽(浦上晟周)を世に出したのが版元・蔦屋重三郎だった。彼に発掘された絵師の一人が葛飾北斎でした。

 

北斎の創作意欲がどのように燃え上がったのかは、これも謎の一つです。或は、歌麿のような女性の妖艶な姿を描いた風俗画は江戸の男たちには、性欲が燃え上がるり評判を呼ぶだろうーネ。写楽の歌舞伎役者や大相撲の力士の姿は、今のアイドルタレントのブロマイドのようにうっとり眺める容姿なのだろうーネ。彼の全生涯で描いた作品は三万点以上と言われていますが、その中でも70歳を超えて描いた「富嶽三十六景 」はもっとも有名な絵図です。しかし、どうして北斎が自然と風景を絵の素材対象として発見したのは、普通如何考えても「謎」に満ちています。大地の自然は農民には、農耕の対象としか目に映らないはずです、広がる風景は、庶民には自然の驚異と崇拝の対象としてしか視野に映らないはずです、荒海は猟師の魚場としてしか映らない筈です・・・。それが何故絵の創作対象になったのかが、私は不思議に思っていました・・・。貨幣経済の発達とともに、職業から離れた自由人が増えたからだろうかーネ。芸術家もその一群です。映画は貧乏絵師の勝川春朗(柳楽優弥)の青年時代から「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」の晩年(田中泯)まで描いているが、北斎が誕生し、北斎がどうやって荒波と向き合う風景を発見し、どのようにして赤富士を描くようになったのかが知りたかったです。私は、作品群の誕生の瞬間の秘密を知りたいと想っのですが、映画からは創作の原動力と源泉が想像できなかったですー。率直に言って、それが何か物足りなさを感じました。

 

私はこの映画で初めて戯作者の柳亭 種彦(永山瑛太)を知りました。映画の中では戯作者になった彼を取り囲んで、武士の一族が、戯作者を切り殺す場面が挿入されていましたがーね、うー、私には蛇足のような気がしました。

 

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