一応「神社も関わっています」と称した前提で、助けられているな~とか恩恵を受けている?
人生歴史の中で、30代に味わった毎年の厄年だったよな~と縋る、神社の参拝とおみくじは
これで救われる?!という漠然とした抽象的な捉え方の中でも、神って何だろ~と思いつつ
紙によるお告げを頼りにしていたかもしれないな~という「今」でこそ振りかえられる事。
年を重ねる中で、本や人から聞く語り部がいたらしぃ事はわかったが、啓発活動や継承部分で
うまく巡らなかったのであろうネットの普及は、ものすごい勢いだった。
足りを知るという部分が、埋め合ってきたので私自身は、あ~こういう事だったんだとか
あの頃の違和感と、答え合わせのような場として良かったんだけどな~。
すごいハッテンバと化していないか?!と言う持論も構築中である最中で、
どんと焼きもその日に行かなくちゃ!という古来なら、1月11日でしたっけ?!10じゃなかった?
とか、もはや時間や日付、曜日感覚もわからない位「時間軸」の感覚が鈍っている。と、
肌身に感じていて、一応「おみくじ」を引いてみる。一応と叫びたくなる位おみくじ界隈は、
選択肢が増えたんだよな~。言葉を用いての神社を使用しての利権じゃないか?と、
100円から500円まで幅が広くなった。
30代の頃は、セイゼィ2択くらいだった・・。
引き寄せの法則もなんとなくわかるところだが、決まって「中吉」を引く確率が高く、
今回も「中吉」(ずっとある100円のおみくじ)
実はコロナ禍もあり?!神社に行くのは数年ぶり。毎年言っていたのは正月飾りの払いだった
りするところ。
この数年が経ち、神社光景は、あ~~屋根が~~バイト若者が多い。と実情を知るところで
選択肢多いおみくじ価値は、所詮・・・と思うところも、300円を払い、新しい表現として、
「筆みくじ」を引いたらね・・。
「なんとかなるって思えるひとは、きっとね、なんとかするんだね」
あ~~なんて素敵なお言葉。おっしゃる通りでございますと腑に落ちる言葉を
おみくじを通していただけるなんて~と思うけれど
数日たてば忘れるのよね~と言う、指針にするところで、信念にはならず・・。
という心に響く言葉は一瞬だな・・・。という事も、年を重ねてわかるところ。
それにしても、この作家であろう創造主っているんだよな~と、1人1人が創造ダヨウンと
フムフムと今後の展開をご期待せずに、見守るのが楽しみなくらいでいいのかね~と
自問自答しつつも、もしかして呼ばれる?!と言う事案が目白押しという
独り言も、共有できる相手がいないからこその綴りになってしまう。