サポマケ?アンチ価格競争・お客さん熱狂的サポーター化戦略 -32ページ目

サポマケ?アンチ価格競争・お客さん熱狂的サポーター化戦略

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サポマケ(サポーターマーケティング)を広めたく活動してます


体力のない会社・お店が牛丼大手のような価格競争に走るのを止めさせたい!お店を盛り上げるには違うやり方もあるんだ!と教えてあげたい


そんな想いをみなさんに伝えます。是非活用して欲しい!

起業家としてデッカイ事業を夢見る社長さんならば、身に着けておきたいトーク術があります。

それは、エレベーター・ピッチというもの。

これは、とある伝説から来ています。

かの有名な投資家ウォーレン・バフェットに出資をお願いしたというチャレンジャーがいました。ハーツバーグJrという方です。

有名な投資家という人達というのは、いきなり会おうとしたってそんな簡単には会ってくれません。いかんせん時間がありません。
それに、会ったところで、顔も知らない人の話なんてまず聞いてももらえません。
著名人は連日いろんな人と会いして、おいしいビジネス話たくさんもらってます。

とはいえど

「そんなこっちゃ百も承知。一か八か斬り込んでみるぜ!」
起業家たるもの、ちょっとやそっとじゃめげてはいけません。

「そう、そうですよねー。どうせオレなんか相手にされないよね・・・」
こんなことは、死んでも口にしてはいけません。

そんな好例です。

実際、斬り込むぜ!と言ったかどうかはわかりませんが、ハーツバーグJrは忙しいバフェットをたまたまホテルの前で見掛けたそうです。
そして、本人とわかるや否や、とっさに彼の元に飛び込んで女性と一緒にいたにも拘わらずいきなりオファーを持ちかけたそうです。


その間わずか30秒ほど

彼はそのわずか30秒ほどで、自分が何者でバフェットに自己の会社が投資に値するよと簡潔に説明しました。

そしたらその結果、運よく資料を送ってくれと言ってもらえ、後日、自分の会社を買収してもらいました。


人生、チャンスは待っていても、いつ来るかなんてホントわかりません。
来たときに、とっさの対応が出来るかどうかが勝負です。

インターネットの時代となってから、世の中のビジネススピードは速くなってきています。
ソーシャルの時代を迎えますます加速化されてきています。

キャッチアップは一瞬の判断で行わないとチャンスを逃します。情報は直ぐ拡散されてしまうからです。

そんなときの備えとして、チャンスが着たら直ぐ動けるよう自分を身軽にしておくのは勿論のことですが、トークのストックも用意できておくとイザというとき役に立つかもしれません。

慌ててしどろもどろになってしまっては、忙しいバフェットもいちいち付き合ってはくれません。そそくさと立ち去ってしまうでしょう。

そんなとき、サラッとトークでさわやかな印象を与えられたら、いい記憶が残りますよね?


On a lovely morning in May 1994, Barnett Helzberg, Jr. was walking past the Plaza Hotel in New York City when he heard someone yell, “Mr. Buffett!” Helzberg turned and saw a woman in a red dress talking to a man he recognized as Warren Buffett. Recalls Helzberg: “I walked up to him and said, ‘I’m Barnett Helzberg of Helzberg Diamonds in Kansas City. I’m a shareholder in Berkshire Hathaway, I really enjoy your annual meetings, and I believe that my company fits your criteria for investments.’”

Within weeks, Buffet had bought the company from Helzberg and his family for an undisclosed price. “My luck is uncanny,” says Helzberg. “The more you believe that you’re lucky, the luckier you are.”

1739
今年のプレミアリーグが終わった。シティが優勝しました。

Manchester City 3 - 2 Queens Park Rangers

このチームはプレミアリーグでは初優勝。旧リーグ入れると実に44年ぶりらしい。

ワンチョペとかシュマイケルがいた頃なんて昇格降格行ったり来たりのエレベーターチームに過ぎなかったのに、よくもまぁここまで変われたものだ。オイルマネー恐るべし。

最終節のゲームは同時刻開催なので、あまり観れてはいなかった。

当初、ユナイテッドがアウェーで先制した中、ホームなのにスコアレス
雰囲気的にちょっとマズい雰囲気に・・・でも、そうこうしてるうちに無事先制、そしてQPRに退場者が出た。
こうなると順当勝ちのパターンかと思いしばし放置してましたら、後半いつのまにか10人なのに逆転されていた。

あかん、シティ気負い過ぎ、こうなるとダメかなぁと思い、チェックするのやめてしまいました。

また、今年もユナイテッドかぁ、つまらない。でもまぁチームの経験値からすればこの結果は仕方ない。
なんだかなぁ、というところに、歓喜のポーズのひとコマがどこからかフト飛び込んでくる

え?なにこれ?
よく観るとスコアが変わってる!

うそー!勝ったのにファーガソン腐ってる・・・

その後はエティハドは大騒ぎ
信じられない結末でした。3-2でシティの逆転優勝。
ここまで劇的なロスタイムでの逆転劇は、久々に観ました。


このゲーム、後半ロスタイムにってから一気に動きました。

90+4'GOAL Sergio Aguero scores

90+2'GOAL Dzeko scores

だいたいどんなゲームも80分も過ぎてるとオープンな展開になって接戦だと心理戦に突入していくもの。

数的不利のQPRからしてみればもう前に出る必要もなく引き篭もり戦術でよい。
それだけに、90分過ぎれば自分たちのゲームプランに確信が出ていたはず。

そういうとき、通常ロスタイムでゲームがひっくり返るなんてことはそうはない。1点返しドローがせいぜい。
なので、スタンドの観客も結構帰りはじめてしまったりします。

退場者が出たのに、66分に2点目を決められた瞬間、選手たちはどれほど凹んだことだろう。
ユナイテッドはしっかりリードを保っていたのだ。

シティの選手たちは焦りまくっていたに違いない。

そして、戦況は80分、85分と経っていっても戦況に変化なし。

諦めの心理は、どうだったか?
自分はこの時点で、このゲームもうないな、まんまとヤラれちゃったねと思ってしまった。

しかし、選手たちは強かった。1点のみならず2点まで取り、ゲームを一気にひっくり返してしまった。

QPRからしてみりゃ、土壇場で追い付かれた瞬間ちょっとしたパニック状態に陥ってしまったのではと思う。

なので、一気にひっくり返ってしまった。

後になってみて、あれこれ言ってみるのは愚かなことではありますが

あらためて思いました。

勝負はルールの中で行われる。時間も決まっている。
だから、笛が鳴らないうちは、どんなに戦況が悪くとも何も結果は決まっていないのだ。


「勝負は下駄を履くまでわからない。」

世の中なんでもそうですが、勝敗を自分で勝手に決めてしまうのは、勿体ないお話です。

あらためて反省させられました。シティおめでとう。1381
カーネル・サンダースといえば?

フツーは人物どうこう言う前に、ケンタのロゴ、または、どういうわけかまた1985年の阪神のリーグ優勝時に道頓堀に放り込まれちゃったあの像という感じで思い浮かべる方がほとんどかと思います。
「カーネル・サンダースの呪い」というヤツ(笑)

それ以外で、カーネル・サンダースの人物像?となりますと、ご存知の方は結構稀な部類に入るのではないかと思います。

しかし、私なんかみたいに起業やら経営に関与する人間なんかからしたら、最初に浮かぶそのイメージは道頓堀の都市伝説ではなく、また違った意味での伝説が出てまいります。


ひと言で言えば

「伝説の失敗王」(笑)


ご存知の通り、彼はKFC、ケンタッキー・フライドチキンの創業者です。

今でこそ、フライドチキンといえばケンタ、ケンタといえばフライドチキンでアメリカ文化の象徴ともいえるような存在となっておりますが、最初の頃は今の姿からは想像も付かないようなスタートでした。

当時はもちろんフランチャイズなんてありません。ていうか、そもそも世界のフランチャイズの始まりがこのケンタッキー・フライドチキンだったりするのですから(笑)

商売にやり方は至って原始的なものでした。
なんと、カーネルおじさん直々にワゴン車にフライドチキンを積んで各地を回っていました。

営業エリアは、アメリカ全土、とてつもなく広いです。まして彼はカナダまで足を伸ばしていたそうです。
当時、網もへったくれもなかったフランチャイズをゼロから築き上げていきました。

ここまで聞けば、そう簡単に軌道に乗ると思う方はいないと思います。

そうです!
ここからが彼の武勇伝の始まりです。

彼は、最初のフランチャイズ加盟契約を勝ち取るまで、果たしてどのくらい手間を掛けているでしょうか?

なんと、カーネルサンダースは1009社からフランチャイズ契約を断られました。

つまり、1010社目にしてケンタッキーフランチャイズははじめて形になったわけです。
それ以降は順調に加盟店を増やし続け、8年後には400店までなりました。

それにしても、アメリカ、カナダにまたがって1000件以上も断られ続けた・・・

私たちの日常、仕事でもプライベートでも、断られるというのはとても辛い経験です。

この数は身近なところで言えば(?)「101回目のプロポーズ」のあの武田鉄也さんも目じゃない!
というか、武田鉄也さんも1,000回フラれたらさすがにどうなんでしょうね(笑)


だけど、どんなにつらい思いをしても、続けていればいつかそれは実を結ぶ!そんなお話です。

2回・3回断られても、世の中わからない。

また、99回断られたからといって、それが世の真理なのか?
そんなことを考えることもあまり意味がないということもわかります。
100回目にして大成功を収めてしまえば、99回に何があったかなんて誰も見向きもしません。

100回目の1回のチャンスを掴んだこと、それだけが賞賛されるんですから。世の中そんなもんです。


道頓堀に放り込まれちゃったあのおじさんは、私からしてみれば「伝説の失敗王」です(笑)1327