文章をあれするための、あれ。 -8ページ目

文章をあれするための、あれ。

日々気づいたこと、考えること、知りたいこと、など。

風邪を引いたり仕事が山積みになっていたりでショボくれモードな最近、私を元気づけるささやかな喜びのひとつに「毛虫の観察」があった。

なに?と思われようが、まんま毛虫の観察としか言いようがない。
4日ほど前、ちょうど帰宅時のマンションのエントランスでみかけた毛虫がずーーっとそこらをうねうねしているのでその様子を見るだけ。

最初はエントランスにいたのが、翌日には数メートル先の私の号室付近まで進んで、かと思えばまたエントランスの方に逆戻り。狭い空間の中を行ったり来たり面白いなぁと眺めていた。

昨日は夕飯のあと、時間があったのでじっくり観察してみることにした。
はじめは彼(彼女?)がどのように体を動かして進んでいるかに注目していただけだったのが、ふと「なんでこんなところにずっといるんだ?」と思いはじめた。 

私のマンション内はコンクリートに囲まれた無機質なものだし、毛虫はここで何をして、というか何を食べて生きているんだろう。

もしかすると、マンションから出たいのに出られなくなってるんじゃないか。ここには草木がないから食べるものもない。だけど毛虫にとったらマンションが大きすぎて出口が見つからない。とすると、彼/彼女はもう3日も絶食状態なんじゃないか。

ゾッとした。
飢餓状態かもしれぬ生き物をみながら私はひとり楽しんでいたのか。
私はすぐそうやって子供とか、動物とか、ちいさな生き物を自分を元気づけるために使ってしまう。
せめてもの懺悔にと、ちりとりを使って毛虫をマンション外の、草木の近くに移動させてその場は落ち着いた。

でも寝る時になってまた考えてしまう。
あの行動でよかったのか?毛虫は実は自分の意思でマンション内にいたんじゃないか?今頃外で野良猫に喰われてるんじゃないか?
色んな考えが頭をぐるぐるとまわる。

毛虫とは対話できないから答えはわからない。

「本能的に考えて毛虫は食べ物を探していたはずだから大丈夫」とか、自分の中で答えをつくって納得させる手法もあるけど使いたくない。

自分の気持ちの捉えようとかではなく、ただ本当のことが知りたい。
わからないならわからないままわからないということをずっと持ち続けていたい。

んーでもじっとしてられないのでひとまず探偵ナイトスクープに相談しようと思う。
記憶に残る週末だった。

選挙に台風と、テレビもツイッターも大忙しだったようだけど、
私の頭はプライベートなことでいっぱいだった。

金曜日は、前職でお世話になった人たちの結婚式だった。
2人が付き合う前から一緒に働いていて、色んな出来事を経験しているだけに、招待状が届いた時点でもうグッときていた結婚式。

当日も2人らしいとても素敵な式で、彼・彼女らが出会えたことが本当に良かったと心から思った。どストレートにそうとしか思えないほどお似合いな2人だと思う。

夜は新郎新婦含め前職の仲間や新たな仲間らと共にワァワァ飲み騒いで気づけば帰宅は午前3時半。シャワーしてドライヤーして寝る。

翌日・土曜日。起床。二日酔いのせいか、なんとなくだるいのでとりあえずベッドで海外ドラマを視聴。
なぜか寒すぎて鼻水とくしゃみがとまらないので布団を一枚追加。
夜・喉が痛くなりはじめる、風邪だと気づく。
微熱だったのでパブロンを飲んで寝る。

日曜日。38.6分。完全に熱。
背中の関節痛と喉の痛み、鼻水が酷く治らない。
一人暮らしの風邪は辛い。
とりあえず死に絶えない方法をインターネットで調べると、
水分補給とビタミンの取得とある。

家には食べられるものが賞味期限切れの納豆くらいしかない。
でも徒歩5分のコンビニに行くには、ベッドから出て、着替えて、財布を持って台風の雨の中歩いて行かなければならない。今の私にこんなハードルの高いことは無理だ。

電車で4駅くらいのとこに住む友人に頼んでいいものか、5時間くらい悩んだ。(その間寝たりもした)
晴れの日だったら頼んだだろう、でも昨日は、ここ最近でも1番の超大型台風。外に出たら死にかねない。
いや、まだ警報も出ていないレベルだったから大丈夫なのだけれど、私が呼び出すという1つの動きが引き金となって、友人を殺しかねない。
台風はそのリスクを上げる。

悩んだ挙句 自分でコンビニへ行くことにした。しんどいものの案外すんなり行けた。

でもやっぱり一人暮らしの風邪はきつい。

買い出しに行くのも、汗かいたシーツを洗うのも、全部しんどさを抱えながら1人でやらなければいけない。

3日前に結婚した2人を思い出す。
2人は、どちらかがダウンしたら相手のために台風の中でもコンビニに行ってポカリスエットを買ってきたり、着替えを用意したり、励ましの言葉をかけたりするのだろうなぁ。

そういえば、結婚式で誓う言葉にはよく、「ふたり支え合って生きていきます」みたいな一文があるけど、あれはこういうことかぁと、今更ながら腑に落ちた。

くすぶっていた中高生の頃は「なに上っ面ごとたれとんや」と思っていたけど一人暮らしでの熱を数度経た今ならわかる。

心理的・社会的距離を気にすると頼みにくくなるお願いごとも、他人でなければぐっと頼みやすくなるわけで、そういった相手が増えるというのは良いことだなぁと思った。もちろん自分が相手にとっての身内になるという意味でも。

そんなことを考えて、「私も少しは大人になりましたなぁ〜」なんてシャワー中に思っていたわけだけど、この後すぐ、二日間くらいほぼ何も食べずにペタンコになったお腹を見て、「フォーこのままあんまり食べずに鍛えればシックスパックになるんとちゃうかウヒョー」って思ったのでまだまだガキンチョだ。
ここ最近、とくに落ち込むことがあったわけでもないのに気分があがらない。
なににも興味がもてない。食べたいと思うものがない。ツイッターも流し読みばかり。
月曜日にあげるはずのブログも書けなかった。
書こうとしても、文がさらさらと流れていってしまう。
深い感情が湧いてこないので、自分の膜だけが存在している感じ。

この症状、身に覚えがある!
これ、「秋うつ」なんじゃないか?
秋うつとは、文字通り秋になる鬱である。

ここ2週間でぐっと気温が下がり、日照時間が短くなった。第一、晴れの日がほとんどなかった。

そうなると、人は自律神経が乱れて気分が下がりやすいのだ。
私にメンタルの問題があるのではない、私も人として機能している、ということだけだ。

秋うつに効果的なのは、セロトニン。俗に言う「幸せ物質」。
これがあると幸せになれるというお金を積んででも欲しい物質。

増やし方は、
・太陽の光を浴びる
・食事の際よく噛む
・スキンシップ、雑談
・規則正しい生活
など色々あるが、
リズム運動をするのも効果があるそう。

私はどうしても今日、秋うつをブチのめさなければならない。

明日は大好きな人たちの結婚式なのだ。大好きな人たちの結婚式にさらに大好きな人たちが集まるので最高のイベントだ。
最高に楽しくなることはわかっているが、自分の気分のベースも上げておくのが然るべき準備。

今日は精を出すためにステーキをよく噛んで食べ、軽く踊って早めに寝ます。


盆踊りが好きだ。
盆踊り大会という響きだけでわくわくしてくる。
輪に入って踊るのも好きだし、見ているだけでも楽しい。


日本人というシャイな人種が老若男女・プロアマ問わずあんなに踊るのって、他にないと思う。大体プロ盆ダンサーがいるのかどうかも知らないけど。


私は小さい頃からわりかしに踊ることが好きな方で、よく夕食後に家族の前で即興ダンスを披露していたものだから母はジャズダンスを習わしてくれた。
3年ほど続けたが現状、ダンサーになってないことを考えると、私にジャズダンスはハマらなかった。一緒に習っていた子で1番熱心だったリナちゃん(仮名)は現在、ささやかながらアイドルをやっているからそんな道もあり得たかもしれないが、私は他の友達が辞める時にあっさり一緒に辞め、代わりに進研ゼミを始めて赤ペン先生のポイント貯めに精を出した。
思い返しても、ダンスの発表会より赤ペン先生のポイントを商品券にしてV6のアルバムを買ったときの達成感の方が明らかに大きかった。

考えてみると、ダンスのショーや発表会を見るのも特段好きではない。逆に上手すぎるダンスを生で観るとパワーを吸いとられ疲れてしまったりする。

私が好きな踊りは見せ物でない踊りなのだと思う。
盆踊り以外にも、サマソニやクラブといったイケイケなイベントも好きで時々行く。各々が自由に踊っているのが良い。

イベントでなくても、家でなんとなく音楽を流して、なんとなくその場にいる彼氏と一緒に踊ったりする時間も、最高に好きだ。

見せ物でなく、ジャッジもされず、そもそも踊る必要のない中で踊る。
無意味なことだろうになんだか皆んな楽しそうで、おもしろい生き物だなぁと思う。


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お互いをよく知らない者同士の会話での頻出質問に「好きな食べ物はなんですか?」というものがある。

これはとても丁度いい質問で、私も愛用している。なぜかというと会話の3大タブーと言われる「政治」「宗教」「野球」に程遠いほか、プライベートな話にもならないし、誰しも各々の答えをもっている。しかも、「どこの店がおいしい」とか話が広がりやすいし、相手の嗜好がぼやっとわかる。
会話に困ったらとりあえずこれ出せば間違いないとも言える便利な質問である。


ちなみに私はこの質問に対してずっと「豚かつ」と答えていたのだが、考えなおしてやめた。
最近は「納豆」と答えている。

本質的に考えるようにしたのだ。
本当に好きなもの、とはそれがいつ出てきても喜べるものだと思う。

だって、豚かつ毎日食べられるか?いつ出てきても喜んで食べられるか?と言われたらNOなのだ。
対して納豆は、毎日、朝でも夜でもおやつにでも食べられるし、納豆があると「わーい!」といつでも思う。

好きな食べ物を聞かれるとついつい頻繁には食べないご馳走を答えがちだが、真の好きな食べ物とそれは別だ。


と、ここまで考えて気づいたが、初対面の相手にここまで考えられた好きな食べ物を答えられても気が重い。
よく知らない者同士の「好きな食べ物なんですか?」は相手をぼや〜っと知りたいだけなのに、、。私はもう何回かこの持論を声高らかに熱弁してしまった。本質を追求しているつもりが、ただ「なんか変な人だな」と思われていただけかもしれない。