ふと思い立ってブログを移転しました。
おもしろいブログを書くなぁと思っている人と同じのにしてみました。
お暇なとき、のぞいてみてください。
昔の記事も移そうかな~と。思っています。
ふと思い立ってブログを移転しました。
おもしろいブログを書くなぁと思っている人と同じのにしてみました。
お暇なとき、のぞいてみてください。
昔の記事も移そうかな~と。思っています。
2017年もいつのま間にやらあと3か月とちょっと。
今年の私的大ニュースを考えてみると「中華にハマったこと」一択じゃないかなとおもう。
人とごはんに行くとなると必ずあらわれる面倒な質問、「何食べたい?」にほぼ毎回「そばか中華以外!」と答えていた私が今では中華を食べにいくことを考えるだけで心に幸せな気持ちが充満するようになったのは今年の3月くらいのこと。
もともと、「そばか中華以外!」と答えていたのは別にその二つが嫌いだからではなく、こう答えとけば相手が「じゃあ私は○○以外!」とか「じゃあとんかつは?」とか答えてササッと食べるものが決まりやすくなるから。
「なんでもいいよ~」「ん~なんにしよ~」という無駄な時間が嫌いなのだ。
でも実際中華には「油っこい」「胃もたれする」といったイメージがあって、なかなか食べたいと思うものではなかった。
ところがどっこい、友人がおいしいというので連れて行ってもらった(私は人のおススメにすぐ乗っかるタイプ)珉珉というお店。みんみんの餃子でも有名な大衆的な中華屋なのだけど、
http://www.minminhonten.com/about/index.html
とてもおいしかった!
確かに油は使われているけれど、胃もたれなんてもってのほか、疲れた体にはこの油がいい。
元気が湧いてくる!!
こういう大衆的な中華の良い所は他にも
安い・美味い・はやいし、店員さん(中国系が多い)の接客がマイペース(無理がない)、装飾が鮮やかだったり不自然で見応えがある、メニューが多いので飽きない、家でなかなか作れる料理じゃないから支払甲斐がある、などなど総じてコスパの良い中華に私はぞっこんになった。
中華を愛しはじめてから、街の見方が変わった。実はあらゆるところに中華料理屋はある。
この前東京にいったときも、通りすがりに何軒もの個人経営的な中華料理屋をみつけ、中の装飾や人をを盗み見、メニューから味を想像するだけで私は笑いたくなっちゃう程たのしかった。
(実際、選び抜いたお店で食べたトマトと玉子の炒め物もすごくおいしかった。)
苦手だった東京を楽しめたのは中華のおかげもあると思う。
中華は今私の人生に彩りを与えてくれている。
趣味を持つことの良さって、こうやって、人生を楽しめる視点が増えることなんだなぁと、23歳半にして(やっと)気づいたのであった。
私は詰めが甘い。
これまで幾度となくこの欠点にやられてきた。
パッと10個は
詰めの甘いエピソードが浮かぶ。
小学校は何かと特別な持ち物を求める。
新学期の際にはぞうきん、
図工に使うペットボトルや牛乳パック。
その他習字セットや裁縫道具など、
イレギュラーな持ち物が1か月に1度程度はあった。
こういった持ち物が必要なとき
学校側はプリントや連絡ノートなどで
一週間ほど前には知らせてくれるのだが、
私は大抵そういうことを忘却し、前日に気づく。
そして前夜にあれがないこれがないと大騒ぎし、
母親は怒りマックス。
あらゆる叫び声が飛び交う地獄と我が家は化す。
これが子供の頃だけならいいものの、
悲しいことに23歳半になった今もそれは変わらない。
こないだもフラッと実家に泊まりに行き
翌日が社長との会食だと気づいた私は
「着ていく服がない!」と大騒ぎし
母のお古のカーディガンやスカート、靴をもらい、
インナーは腹巻きで社長とのすき焼きを乗り切った。
これだけ周り(主に母)に迷惑をかけ、
自分もヒヤヒヤしているのだから、
少しは成長してもっと詰めたらどうなんだ!
と言いたくなるのが普通だと思う。
でも仕方ないのだ。
いつもギリギリのところで助かっているから学ばない。
小学校の頃だって、大抵母がなんとかしてくれたし、
腹巻きで行った会食だって、
社長は腹巻きには目もくれず
「なんか顔ちっさくなった?」
と言ってくださった。
昨日だって、台風のなか
予約した美容院へ歩く途中、
あまりの強風に生命の危機を感じた私は
泣く泣くキャンセルをしようとメールを確認した。
予約していたのは9/18(月)。
今日だった。
おかげで命を危険にさらしながら美容院まで行かずにすんだ。
偉人は失敗は成功のもとだと言う。
失敗のぶんだけ成長するとも言う。
私の詰めの甘さはなんだかんだで
失敗とまではならない。
だから成長もしない。
なんなら私は、自分の詰めの甘さの原因は
私ではなく座敷わらしの仕業だと
少しまじめに信じている。
私になついている座敷わらし(イメージはおかっぱ幼女)は
暇つぶしに私の持ち物をどこかへやったり、
記憶を改ざんしたり色々ないじわるをしかけ、
私がひとしきりヒヤヒヤしたら元に戻す。
母よ、許してくれ。
この問題は私一人で解決できるものではない。
座敷わらしと上手に付き合っていくことが大切なのだ。
ハリーとトビーのように。