文章をあれするための、あれ。 -10ページ目

文章をあれするための、あれ。

日々気づいたこと、考えること、知りたいこと、など。

『ボクたちはみんな大人になれなかった』(燃え殻著、新潮社刊)という本がツイッターを始め、新聞の書評欄などあらゆるメディアで話題になっている。

各人が絶賛するこの小説、とても読みたいという気持ちと同時に思うことがある。

私は「大人になれなかった」より、
「大人になってしまった」と感じることのほうが多い。

小学生が描く絵に癒される。
ときどき図書館や駅で展示をみつけると
足を止めて一つ一つじっくり見ては、そのまっすぐな絵たちに心の混沌を浄化してもらっている。

私も当時はやたらめったら
じぶんの住む街や、環境保全のための絵を描かせられたが、今になってみると大人のためなんだなと気づく。

彼らの絵は、「子供が描いた」というフィルターを通して、もう子供でなくなった人を癒すために使われる。

人気テレビ番組「はじめてのおつかい」だってそうだ。あんなもん、当事者側からみたらSASUKEみたいな番組で、逆にアドレナリンが湧くんじゃなかろうか。

「子供がしている」というフィルターがかかるということは、こちらはその逆の立場なのだと思う。

曲がりなりにも、生きしものの平等を願う私なのに、
彼らの絵を見かけると、「子供の絵だ〜!」と心を癒そうとしてしまう。

もう描く側にはもどれそうもない。
大人になってしまった。
最近、遺伝子レベルで考える
ということをよくする。

例えば生理痛。
女性が月に一度苦しむあれ。

あんなもの、なんであるんだ。
なんで苦しまなきゃならんのだ。
しかもなんで人によって大差があるんだ。

これを遺伝子レベルで考えてみると
生理痛は遺伝子の怒りであり私たちへの罰なんじゃないかと思う。

遺伝子の目的である子孫繁栄に逆らうことで生理はくるので、
「準備だけさせておいてこの野郎!」と遺伝子はキレた末、
我々に苦痛を与えるのではないだろうか。

そう考えると、生理痛の重い人は遺伝子の子孫繁栄への思いが強く、
逆に軽い人はそれが弱い遺伝子の持ち主なのではないか。

な〜んて妄想を繰り広げたのち、
あることに気づく。

もし生理痛が子孫繁栄をしない女性への遺伝子の罰なら
なぜ妊娠・出産はつわりがあったり死の危険も伴うのだ。

妊娠・出産がもっと辛そうでなければ出産率も増えるだろうになぁ。

もしかしたら出産というもの自体がとてつもなく大変なものだから、遺伝子もそれなりの努力をしているけど、力が及んでいないのか。

遺伝子レベルでの妄想をよくする人がいれば見識を伺いたい。
先週の土曜日の町探検をレポート。

場所は東京、池袋北口。

下町風だという北池袋を目指していたとき、
私はあるアーケードに吸い込まれた。

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周りにいかがわしいお店などもあり
全く平和そうでない平和通り。


歩いて行くと、居酒屋、マンション、スーパー、整骨院などがあった。

どれも個人経営系の小さなお店ばかり。
こういう通りがいちばん面白い。

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さらに歩きすすめると空き地があった。

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ひまわりのある空き地の奥にみえるのは
隣のお店の主張。

「6年目
あと29年は
店を続けます」

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空き地はかつて同業者だったのか、
こうはならないぞという
強い意志が感じられる。

そして隣が空き地になったからこそ
出来る形の宣伝にこの店のずぶとさも伺え
本当に29年続けるんじゃないかと思わせる。

色々なことはあるだろうが
是非あと29年ずうずうしく頑張ってほしい。

その後みつけたのはおしゃれなメーター。



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東京という限られた土地の中で生まれたアイデアなのか、
メーターのための窓みたいでかわいい。


そしてお腹がすいた私は
ふと見つけた中華料理屋にはいり
山盛りのトマトたまご炒めを食べたとさ。

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近くにあった手書きの地図には
いかがわしいお店の名前もしっかりと書かれていて
みな社会の一部と認識されているのだと好感を持った。

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最初に目指していたところとは全く違う場所の散策になったが、
色々と面白いものを見つけられた。

東京はまだまだこういったエリアが
ありそうなのでたくさん散策したい。
週末、東京に行っていた。

ずっと苦手意識があり行くのも嫌々だったのだが、
結果的にはとても楽しかった。
それも、会った人が良かったとかでなく、
(もちろんそれもあるけど)
街自体に面白みをおぼえてまた行きたいな〜と思ったのだ。なんなら住んでもいいなと思えた。

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(WE TOPIAという名前の公衆トイレ/池袋北口)



生まれて初めて東京に対してやさしくなれた。

なぜだろう。
考えると、色々な要素の一つに心の余裕があげられる。


やさしい人には余裕があるように思う。

落としたハンカチを届けてくれたお兄さん。
慣れないスキー靴を履くのにモタつく私をいくらでも待ってくれたホストファザー。
私の洗濯物をたたんでくれる友だち。
お菓子をくれる上司。

それぞれ時間だったり、お金だったり、心に余裕があるから、
やさしくしてくれたのだろう。


前回東京に行ったのは去年の春。
勤めていた旅行会社で働き倒していたころ、
心身ともに大変疲れていた。

対してホワイト会社に転職した今、
ストレスは2000分の1ほどになった。


余裕がないときは大抵、
「〇〇しなければいけない」と思いがちだ。

忙しいと余裕がなくなるのは、
「これもしなきゃ、あれもしなきゃ」状態だからだろう。

そういった義務意識を少し遠ざけることで、やさしいはつくれる。

またひとつ、人付き合いクエストの手助けアイテムが増えた。

もちろん、やさしさには色々な種類があって、
もっと大切なやさしさもあるのだけれど
とりあえず第一歩として役に立たないことはないだろう。


寝ても覚めてもツイッター!の

ツイッター依存者なので

ちょっとした発見なんかはすぐに

ツイートしてしまう。

 

 

 

 

でも時々、

ちょっと待てよ、それでいいのか?と

自分に突っ込みたくなるときがある。

 

ツイッターに何でもかんでも書いてしまうと

現実で話すときに困るからだ。

 

1か月以上ぶりに会う友達と

近況報告なんかをしながら、

最近あった、とっておきの小話をしたいと思っても、相手がフォロワーだったら

「もしかしたらツイッターで読んだかもなんやけどさ…」

なんて前置きをしないといけない。

 

ただこれをしたところで相手が件のツイートを読んでいなければ

「いつも読んでもらえてると思ってこの自意識過剰小娘が!」と思われ、


読んでいても

「そんな前置きしてこの噺家気取り小娘が!」と思われる。

 

しかし前置きをしなくとも

「それツイッターにも書いてたやろ、ネタ使い回し小娘が!」と思われる可能性があるので

結局この前置きは毎回少しおびえながらする。

そして結果少し不穏な空気が流れる。

 

それは嫌だと、この前発見したことは誰かに会ったときに初めて話そうと決めていた。

私にとっては結構大きな発見で、3日間くらいはそれについて考えていたし、

さらに2週間くらい熟成させて、ついに口にした。

 

3,4年ぶりくらいに会う、大学時代の先輩に。とても影響を受けた人だ。

 

私は興奮気味に話す。


「この前発見したんですけど、

本当にゾゾゾってしたときに立つ鳥肌って、

鋭くて服に刺さるから痛いんです!」

 

「真の鳥肌は痛い」

これが今年のベスト3に入るであろうとっておきの発見だ。

 

一拍おいて、先輩、笑いながら

 

「それ、毛ちゃうん?」

 

完全なる盲点だった。

つまり鳥肌によって毛が逆立ちそれが刺さっているという。

2週間も熟成させたのに気付かなかった。やはり先輩は偉大。

 

私の剃毛が甘いことをなぜ知っているかは謎だが、

彼に指摘され心底ほっとした。

 

だってもし誰にも言わずツイッターに書いてしまっていたら

不特定多数の人に「毛ちゃうん?」と思われながら、しかし指摘はされず、

私は2017年のスペシャル発見をしたと浮かれていたままだった。

 

は~~っ言って良かった!ツイッターで恥さらすところだった!

 

それに今はしっかり腕の毛を剃って鳥肌を立たせてみるという楽しみができた。


こういった発展も楽しい。


ツイッターも楽しいけど、会話も楽しい。

今年はいっぱいツイッターをして、いっぱい会話をしようと思う。