太鼓大好き小僧「龍士」のままの日記 -29ページ目

ひなまつり

私が働いている所は、その地域のお年寄りがケアーを受けるべく通われるデイサービスセンターだ。
昨日から3月に入り、季節のレクリエーションとしてひな祭り間違い探しゲームを行なった。
一度皆様によ~くご覧頂いて、幕に閉じたら持ち物を変えたり置物を変えたり。
再び幕をあげて、さ~変わったのは何でしょう?というわけ。
何しろ大掛かりなセッティング。
屏風は川崎太鼓仲間響からお借りしました。


~「親なき後」の子(知的障害者)の幸せな人生を守る 親の記録~



 「親亡きあと」の事って考えることある?

あるある。
私が龍士に生活の中のいろいろを伝えたり教えたりすることの殆どは、十中八九私がいなくなって龍士が一人で暮らすことになっても困らないようにーーーなんてことを考えています。

つまり「親亡きあと」です。

私がいなくなったら、いったい誰が龍士の身の回りのことを見守ってくれるのだろう。

私がいなくなったら、いったい誰が龍士の健康を気遣ってくれるのだろう。

私がいなくなったら、いったい誰が龍士が暮せているのか確認してくれるのだろう。

私がいなくなったら、いったい誰が龍士が生きていけているのか確認してくれるのだろう。

私がいなくなったら、いったい誰が龍士を楽しいところに誘い出してくれるのだろう。

私より年下の方、私より長生きの方、どうかお願い、困ってないか時々顔を見てください。

私より年下の方、私より長生きの方、どうかお願い、病気になってないか確かめてください。

私より年下の方、私より長生きの方、どうかお願い、暮らしが回っているか様子を見てください。

私より年下の方、私より長生きの方、どうかお願い、どうにか生きていけてるか確認してください。

私より年下の方、私より長生きの方、どうかお願い、龍士を楽しいところに誘ってやって下さい。

そりゃーー毎日じゃないけど、時々考える。

そりゃーー毎日じゃないけど、いつも頭の中のどこかに必ずある。



今日、横浜で障害者支援を行っているTさんにお会いした。
そして、親の会のさきがけ大先輩のSさんにもお会いした。

お二人とも、障害のある人たちの幸せを願って、惜しげなく働いて下さってる偉大な方々だ。感謝。

そんなお二人とのい話の中で、出てきた一つの冊子。
ご紹介していただいたので、皆様にもおすそ分け。

~「親なき後」の子(知的障害者)の幸せな人生を守る 親の記録~

というもの。

ある日突然の出来事に対し「この子なりの幸せな人生を全うさせたい」という親の思いがまっすぐに伝わるように。

成年後見人が法律行為を事務的に代理するだけでなくて、その子の特性などを理解して、親身になった支援を受けられるように。

さまざまな立場の支援者の連係プレイの輪に、「親の思い」が筋となって通って行くように。

そんな時のために書き残す「親心の記録」。

名前や住所などの基本的な事項に始まり、療育手帳などの番号や保管場所。

成年後見人などの名前や連絡先。その書類の保管場所。

年金や、手当などの明記や金融機関や保管場所とか。

そのほかにも加入している保険などの番号や支払方法とか。

福祉サービスはどんなものを利用してたの?

利用してた施設はどこ?そこでどのような日常生活を送っていたの?

保護者が加入していた団体はどこ?

かかっていた病院は?ドクターは?
持病は?健康診断ではどうだったの?

財産の目録とか、どのような生計で暮らしていたのか?

本人の特性やエピソードや思い出話。
育成歴。親族の名や連絡先。
親しく交友を持っている人連絡先を改めて。

成年後見人にお願いしたい事。

親族にお願いしたいこと。

施設にお願い事。

子の人生に思う事。

親の入院から葬儀などの一連のことを運ぶために必要な情報。
知らせてほしい人の連絡先まで。

ありとあらゆる情報は、子が一人ぼっちになったときに困らないように。
困らないだけでなく、育ててきた、一緒に暮らしてきた親の思いが引き継がれるように。
そんな情報を書き込むことができる一冊だ。



私、龍士に話していることがあるの。

「母さんが毎日同じものばかりを買って帰ってきたら、ケアプラザの窓口に行って、誰でもいいから、「うちのお母さんが大変だから見に来て下さい」って言いに行くんだよ。」って。

「毎日毎日、同じことばかり話していたら、ケアプラザの窓口に行って、誰でもいいから、「うちのお母さんが大変だから見に来て下さい」って言いに行くんだよ。」って。

ここのところの私、豆乳に凝っていて、毎日のように買って帰る。

龍士が、私が買ってきた豆乳の前に、仁王立ちになって腕組みして、「ケアプラザに言いに行くべきか、これまた結構真剣に考えてる。

まずい。
私は、まだ、大丈夫なはずだ。
たぶん。



私の花丸便利グッズ


太鼓を打つとき、足袋をはくでしょ。

私も長年愛用してきましたが、何を隠そうこの私、隠しようのない立派な足の持ち主。

だから、足袋をはくと、「はせ」が全部は締まらない。

いつもね、衣裳のズボンで隠れちゃうから、いいかーーーなんて、あけっぴろげていた私。

しかーーし。

つい先日、龍士の勤める浅草の太鼓センターに行ったとき、何気なく眺めていた商品棚に、こんな物みーーーつけた。

その名も、ふくらはぎ調整自由自在!「ハセプラス」
実用新案登録済みらしい。

長年、愛用してきた足袋を、ただの一度も上までハセを止めたことはなかったが、もう大丈夫。

一番幅の広いところで5センチくらい。

狭いところで1センチくらいだ。

皆様も本当は締まってないでしょーーー。

ご入用の方は、龍ちゃんまで。(笑)





y イコール 龍士エックス プラス まま


訳あって、一般教養の試験を受けました。

この私に、いったい一般的な教養がどれほど残っているのだろうか?

方程式とか持ってこられてもねーーー。

ここのところ、Xの値もYの値も、若い人に任せておいたからねーーー。

お釣りの計算とか、消費税とかね、生活に密着した計算がいいですね。

いやーー、近頃あまり使わなくなって眠っていた部分の脳みそを、使ってしまったような心持。

あ・き・ま・へ・ん

しかし近頃は計算機ばかり使うから、ちっとも暗算をしなくなった。

文字もキーボード打つことを覚えてから、ペンを持って書くことが減り、文字が書けなくなってきました。

ちょっと、心がけていかないといけないですね。

と、今頃心がけても、お・そ・い・ね。

大切に   添う



生き生きと太鼓を打ち、我が道を進む龍士。
一人ではない。
大勢の仲間が支えてくださっている。

そんな龍士も時には不安定になる。
季節の行事か??

「僕には脳みそが入っているの?」

そんな事を私に泣いて聞いてきたのは小学5年生くらいだったか。

一瞬絶句してしまったけど、すぐにそんな思いをしている龍士を一人にするものか!と、「龍士にはとびっきり素敵な脳みそがいっぱい入ってる」と言ってしまった。

周りのみんなとの違いに気がつき、自分自身に疑問を感じるのだ。

その時の事を思い出すと今でも涙が出るけど、もっと小さかったある日、一生懸命生きる姿勢を見せる龍士に、親である私は、この人を精一杯大切に育てなければと心に決めた。

粘膜下口蓋裂だった龍士は鼻から息が漏れ発音が不明瞭で、鼻腔に開いてしまっている大きな空間を埋めるために、大きな玉のついたスピーチエイドを口から挿入するのだ。

のどの奥に異物を入れようとすると、反射を起こして「オエーー」となるでしょ。
スピーチエイドについた玉を咽喉の奥から鼻腔に入るように装着するのは、涙目ものなのだ。

幼い龍士がその不器用な手でそのスピーチエイドを扱って自力で装着するのは大変なことだった。
一気に入れられないと、何度も反射が起こる。
そんな思いをする物なんて、「エイ」と投げ捨ててしまっても仕方がないほど幼い龍士だったけど、龍士は私に(うまく入れられないから)「入れてーー」と差し出すのだった。
当時の龍士はまだ長い言葉を話せなかった。

そんな不快なものを頑張って使おうとする龍士の姿勢に、私は、この人を誠心誠意大切に育てなければならないと心に決めた。

自分の子供だもの当たり前!?

そんなんじゃない、そんな龍士の姿勢に、本当に心からそう思ったのだ。

今も気持は変わらない。

そんな変わらない気持で一緒に暮らしてきたら、龍士は二十歳になっていた。

龍士がなにかを話したいとき、私は誠心誠意それを大切に聞くのだ。
龍士が話してほしいと望むとき、私は誠心誠意大切に龍士に話すのだ。
龍士が見ててと望むとき、私は誠心誠意大切に見つめるのだ。

龍士は季節の行事か?ストレスからか、不安定だった。

そんな時こそ大切に大切にそばにいるのだ。
幸い、すっきりした顔をし始めた龍士。

いつまでも大切に大切にと心に決めて、ここにいます。

夜遅くにたまたまついていたテレビから、障害者の雇用の話題で、チョークの製造をしている企業の話題だった。

雇われている障害者は生き生きと働いている。
その企業の社長の言葉は「ほめられる愛される役に立つ必要とされる“4つの幸せ”を大事にする企業になるという事だそうだ。

またひとつ、龍士のおかげで学んだ私だ。

春うらら お急ぎください

なんだか忙しくしておりましてーーーなんて、おサボりの言い訳。
ごめんなさい。

そんな間に、3月20日に浅草で行うライブ、
友野龍士20歳の春に何かが起こる「春うらら」ライブVOL3
のチケットが、残りわずか、あと数枚となっていることがわかりました。
まだ一月以上あると思ってのんびりしておりました。

皆様、ぜひ慌てて頂いて、このライブをお見逃しなく。
だって、私が言うのもなんですが、構想を聞いていいると、えらく面白そう。



スキーの巻(美味しいもの)

新潟県塩沢は、日本一おいしいお米の産地。
魚沼産のコシヒカリは、もうピカピカに光っていて、湯気のたった茶碗に盛ったご飯は、おかずなど何もいらない。
しかーーし、富徳旅館の奥さんが漬けた野沢菜と一緒なら、もう本当に最高に贅沢な気持になる。

メタボ健診以来、ご飯を少しにしてきた私も、今回は「イベント」と決め込み、めいいっぱい食べちゃいました。



さて、経由地でもある越後湯沢駅。
ここには乗り換えの時間調整で度々構内を探検する。
塩沢に繰り返し来ている私はもうすでに「ここに来たらこれ」というものを幾つも幾つも発見してしまって、大変だ。
新幹線に乗り遅れないように時間との競争のように走り回る。

そこで出会った美味しいものとは、

定番の笹団子
ここに来たら絶対食べないと。



美味しいご飯を使った五平餅
串に刺して炭火であぶった焦げ目は何とも香ばしい。
地元の甘味噌にゴマをまぶして、もうたまらない。
(写真を撮る前に食べちゃいました。(笑))


地酒シャーベット。
何しろお米が美味しいんだから、お酒だって美味しい。
それをシャーベットにしてしまった。
溶けて口の中にお酒独特の’ほわん’とした風味とアルコールがなんとも美味しい。



柿の種は定番ですね。
昔からどこの家にも一つはあった柿の種のカン。
かやぶき屋根の家の前で遊ぶ子供たちの絵が書いてある缶入りの柿の種。
ピリッと辛いけど、やめられない。



新潟地酒ゆべし。
くるみが入ったり、ゴマが入ったり、ゆべしはいろんなところで売られていますが、真っ白で透きとおりそうな綺麗なもちもちした柔らかさ。
甘いけど、口に広がるお酒の風味。



新潟やま柿
ほんものの味!と書いてあるこのやま柿。
干し柿を皮をむくように平たく長く切ったものを、クルクルと巻いてある。
巻き寿司を一口大に切ってあるのと同じように、カットされている。
干し柿を食べるのも美味しいけど、この一口大のやま柿。
素朴な柿の美味しさを最大限に生かし、口にいれると唸ってしまう。



雪ん洞名物「爆弾おにぎり」ってご存知ですか?
ご飯を一合分使ってる。
ハンドボールのようなまんまるおむすび。
両手で持たないと重たい。
中に入る具は味噌漬け・ふき味噌・しゃけ・生姜たまり漬け・ちびきゅう味噌・梅・焼きたらこ・きゃらぶき・しそ味噌・昆布佃煮から選ぶ。
お結びにとってもマッチする味噌類は、もうどの味噌も格別。
爆弾おにぎりの姉妹品で、お米を4合使っている大爆おにぎりもある。
こちらは中身に11種類全部入ってる。
とても一人では食べきれない。
顔とどっちが大きいか?!?!?!





このポン酒館の中には、酒湯もある。
お風呂だ。
体があったまる。



そして、利き酒。
何種類のお酒が並んでいるのだろう。
500円で5種類の好きなお酒を選んで比べる。
さっきのおいしかったのどれだっけーーーなんて戻りたくなる。



そんなことしている間に、新幹線に乗り遅れないように気をつけましょう。
美味しかった!!


スキーの巻(経験を広げる)

三年ぶりのスキー、若い龍士はともかく、私は大丈夫だろうか?と心配しながら板をつけてみたら、やったーー。まだ滑れました。

万年ボーゲンですがね。(苦笑)



懐かしい馴染みの富徳旅館に泊まったこと、仲間と一緒に滑ったことを龍士自身が、自分のブログで書いている(リンク集の一番上からどうぞ)ので、違う角度からつづる。

「スキー」は数あるレジャーの中でも、とっつくのにハードルの高いスポーツだ。
この私も、子供のころに一度もスキーの経験はなく、初めて行く事を決めるまでの尻の重さは、並ではなかった。

龍士が小さい頃、大人になったらいろんな人とお出かけして楽しく暮らせるといいなと思った。

誰かと出かけようという話になったとき、「スキー?ぼくやったことないし、どうすればいいのか分からないから、やめておこうかなー」と消極的な気持になる。

事実、今回初めてだった亮太さんは、はじめ消極的だったけど、彼は気持に元気をもっているし、周りも大丈夫と進めたし、そんな後押しのなかで初めの一歩の決断をするのだ。

もし、気持に元気が無かったら、そして大丈夫だよと後押しが無かったら、自分から初めの一歩を踏み出す勇気を出すのは、相当エネルギーを使うはずだ。

さて、龍士が大人になったら、いろんな人とお出かけして楽しく暮らせるといいなと思った私は、親が連れて歩けるうちに、そして一緒に遊んでくれる仲間や支援者と一緒に、広く浅くいろんな体験をして育てようと考えた。

だって自分だけじゃ連れていけない。

自分も未経験だし、多動だった龍士とのお出かけは、とてもじゃないけど親だけじゃつれて歩けなかった。

山に海に、飛んだり潜ったり泳いだり、走ったり滑ったり、見たり触ったり、乗ったり漕いだり、いろんな事を仲間と、そして連れ添ってくださった人たちと楽しんだ。

太鼓も、そんな中のひとつだったかもしれないけど、本人のお気に入り度がとびぬけでしたが、そんなに素晴らしく出来なくても、ほんのちょっとたしなめる程度で十分。

経験値1とか2とか、レベル1とか2とか。

でもぜんぜんやったことないのとでは、安心して気楽に参加することを考える時に大きな違いがあるはずです。

今回も楽しんできました。
龍士なりに仕事に影響しないように気をつけながら楽しんでこれました。

今の仲間と、そして懐かしい場所で、懐かしい人たちとも一緒に、楽しんでこれました。

龍士が小学校に上がったころ、Tさんは大学生で、龍士や仲間たちの活動を手伝ってくれてました。
あれからずっと、一緒に育つのを応援してくれました。
一緒にいろいろなところに行きました。

今、彼は社会人になって、結婚もして、子供も生まれ、その子供さんが、当時私たちが出会ったころの龍士と同じくらいの年に育ちました。

私はTさんが青年から大人になって行くのを見せてもらいましたし、彼は子供だった龍士が、初めて出会った時の自分と同じ年になって行くのを見つめてきました。

有り難い経験です。

これから育ついろいろなお子さんが、特に障害のあるお子さんが、世界をめいいっぱい広げて、自分が大好きなものを見つけたり、楽しいことをたくさんみつけていけるように祈っています。

そして龍士もまだまだ世界を広げて、たくさんの人と出会ってほしいし、楽しいことを見つけてほしい。



スキーの巻

新潟県は魚沼産お米のふるさとにいる。
お楽しみはスキーだ。
久しぶりに雪の上に立ち、懐かしい山々の景色を見た



コンサートの準備開始

皆さんのおかげ様で、5月30日に横浜市神奈川公会堂で、三年目のコンサートをすることになった。

実行委員会が立ち上がり、準備が開始した。

今年の龍士は20歳。

20歳だからできること、20歳にしかできないこと、ワクワクすること。
実行委員会の皆さんと創るコンサート。

楽しみだ。

ボランティアで、実行委員の運営にお手伝いを下さる方大募集です。
コンサートを一緒に創りましょう。

すでに動き始めてくださっています実行委員会の皆さんとお待ちしております。

写真は、運営委員長のたまちゃんとtvkカフェの前でパチリ。