島倉千代子さんが亡くなりました。
その訃報は日本中を駆け巡り、その死を悼んだ夜でしたね。
私は仕事帰りに乗った車の中で、訃報を知り、
「最近テレビでお見かけしないけれど、お元気なのかしら?」と思ったばかりだったので、
驚いてしまいました。
つい、2,3日前のことです。
何気なく私の部屋の大きな本棚を眺めていた時にふと、
日経の記者でコラムニストの田勢康弘さんの書いた、
「島倉千代子という人生」という本の背表紙が目に留まったからです。
政治ジャーナリストである田勢さんの記したこの本は出版された当時、話題になりました。
単なるタレント本ではありません。
島倉さんの人生が鮮やかに綴られていて、とても読後感のいい本でした。
今でもアマゾンで買えるようです。
島倉さんとの個人的なお付き合いはありませんでしたが、
20年ほど前までは、ラジオと歌謡界が今よりずっと近かったので、
大スターでも、新曲が出ると、また、大阪公演が迫ると、必ず番組を訪ねて宣伝なんてことが日常だったので、よくお会いしてました。
可愛い方でした。
「お酒が飲めなかった私ですが、最近、勉強して飲めるようになったの」って、
近況を話されたこと、懐かしく思い出されます。
「えっ、何をどれほどの飲めるようになったんですか??」
「それがね、ビールを1センチ」
報道されているように、たくさんの苦労をされて、一つ乗り越えられた後のインタビューだったと思いますが、それは嬉しそうでした。
40周年記念のパーティーが北新地の全日空シェラトンホテルで開催された時のことです。
その時の司会は故安達治彦さん。
当時の私は、ABCのお昼の番組、「歌謡曲ぶっつけ本番」を安達さんと担当していました。
パーティーの当日、安達さんのお母さんが大きな手術をすることになってしまいました。
安達さんはそんな中でも勿論司会をキャンセルすることはありませんでした。
そんななか誰かに手術のことを島倉さんはお聞きになったんでしょう。
パーティーが始まる前だっか後だったか忘れましたが、
安達さんが病院に行くと、廊下の椅子にポツンと一人、座ってる島倉さんがいらしたそうです。
手術は無事成功し、お元気になられたのですが、
その時訪ねてくれた島倉さんのことを、安達さんはいつまでも嬉しそうに話していました。
島倉さんってそんな方だったんですよね。
あっ、そうそう、40周年のパーティー、私も招待されていましたので、うかがいましたが、
会場で、ABCのある方から、
「今日は阪神の岡田が一人で来るから、このような場所に彼は知り合いもいないだろうし、
一緒に居てくれる??」って言われ、岡田さんとずっとご一緒させてもらいました。
どうして岡田さんがと思われるでしょう?
岡田さんのお母さんが大ファンだったので、岡田さんは代理で来てらしたと思っていましたら、
新聞に岡田さんのコメントがありました。
お父さんがタイガースの後援会の有力者だったので、彼女が結婚しているとき、夫の藤本選手と
岡田家を訪れたりする古くからのお付き合いだったようです。
ということは、岡田選手は子供のころから、可愛がってもらってたんですよね。
そんなこんな、懐かしい、もう忘れてしまっていたことを次々と思い出す夜になりました。
ご冥福をお祈りいたします。
多恵子