オイル・ショック以上の最悪な景気だと報道されています。
オイル・ショックは昭和49年、私は社会人2年目でした。
大学を卒業して放送界に入り、その時はすでに、何本かレギュラー番組をさせていただくようになっていました。
仕事にもやっと慣れてきたのもつかの間、オイル・ショック到来。
結果、二つのレギュラー番組が急遽終了ということになったことを思い出します。
スポンサーは両方とも石油がらみの企業でした。
1つは日本石油提供の「日石チューンナップジョッキー」、
もう一つが、レコード会社ビクター提供の番組でした。
まだ新人でしたし、はっきり言って親がかりの私にはそのことがすぐに生活をどうこうする話ではなかったのですが、一生懸命やっていた番組が無くなったということで、とても悲しい出来事だったと懐かしく思い出します。
昨日キンキンが文化放送の番組を突然終了した話が伝えられています。
私は関西ですので、その番組を聴くことができないので、詳しいことは分かりませんが、
スポンサーがこの不景気に年末をもって降りたとか・・・・・・。
そして、キンキンも次のスポンサー探しをしている中、先週の木曜日に3月で番組終了ということを
局側から提示され、キンキンがきれたとか・・・・・・。
キンキン曰く、「次の番組がもうすでに決まっていた!」と・・・・・・。
キンキンが文化放送の功労者という認識を持つなら、番組を打ち切る時は誰よりも先に彼にそのことを伝えるべきだったのだろうと思います。
もちろん営業やそのほか局側の調整はあるとおもいますが・・・・・。
ですから、局がキンキンに伝えるのが遅すぎたのでしょう。だって3月末をもって終了ということを先週伝えるなんて、いくらなんでも遅いと思いますよ。
番組は始まりがあれば必ず終わりがあります。私なんかもいくつの番組の終了にたちあったことか!!
直近で言えば、MBS「鋭ちゃん・・」ですが、ちょうど昨年の今頃は最終回に向けてのカウントダウンに入ってました。でも、終了するということは、もっと早い段階で、我々には伝えられていましたし、局側の気遣いはこちらが恐縮するほどのものでした。
こちらも永年聴いていただいたリスナーに精一杯の放送をしようと、中村鋭一さんはじめ、スタッフと話し合ったものです。
サンリクの終了時もABCではいち早く私に伝えてきましたし、リスナーのみなさんが見てくださるこのブログでは、
早い段階でその終了を伝えることをOKしてくれました。
先輩であるキンキンに生意気にも一言言わせていただけるなら、お怒りは分からなくもないですが、キンキンの判断に、聴いてくださったリスナーのみなさんが不在だったのでは?と思います。
多分、「お通夜のような放送をみなさんに向けて出来なかった」とおっしゃるのでしょうが、それはキンキンの勝手ではないでしょうか。
後輩の私としては、ちょっぴり残念でなりません。
それもこれも戦後最大の景気悪化が始まりです。
そんな時、わが国の財務大臣は世界中に向けてわが国に大恥をかかせてくれました。
総理は総理であれですし・・・・・
しかし、そんな中、イスラエルでエルサレム賞を受賞された村上春樹さんのスピーチは素晴らしかったですよね。
あのようなスピーチを聞くと、「日本人もまだまだ捨てたものではないなあ~!」と思ってしまいます。
村上春樹さんのニュース、聞きたくもないニュースが多い中、ホッとする話題でしたわ。
多恵子