サナトリウム -2ページ目

世界料理?

グローバリズムの時代でなくても、文化はどこでも混交される。


例えば食文化。

今福龍太氏とのインタビュー

http://www.cafecreole.net/food/interview.html

memo

InterCommunication No.12 1995


ハイパーメディア社会における自己・視線・権力
浅田彰
大澤真幸
柄谷行人
黒崎政男


http://www.ntticc.or.jp/pub/ic_mag/ic012/zadan/honbun_j.html

解体社


文句が書いてあるので、ファンの方は読まないでください。


劇団「解体社」の『夢の体制』というパフォーマンスを見た。


チラシには・・・世界化されてゆく戦争身体と舞台表象をテーマに・・・と書いてあり、
いったい何をもって「世界化」という単語を使っているのだろうか、
戦争身体とはいったいどのように表現されるのだろうか。
そんなことを考えながら、期待をもって見に行ったのだが、
結局途中で帰ろうかと思うくらいにつまらなかった。


最近、田中泯の舞踏、大竹しのぶ主演のブレヒト『母・肝っ玉』を見てきて、
テクストが排除された中でゆっくりと動く田中さんの肉体の力強さに打たれ、
含蓄のある多大な台詞の盛り込まれているにもかかわらず
大竹しのぶなどの演技によってメッセージ性と高揚を感じた後に、
では、ブレヒト以降に現れた概念「世界化」を身体によって

いかに表現するか、に興味があった。

でも、訳も分からぬ叫び声や身体の痙攣を多用するだけで、
かなり陳腐な印象を受けた。以前、勅使河原三郎の舞台を見たが、

彼の舞台もテクストがなく、彼とその他の人々が体を動かしているだけ

なんだけれど、その体の動きには何かしら人の目を引くところがあった。

うまく説明できないけれど。
まぁ、簡単に言ってしまうと、「解体社」のパフォーマンスには、

「世界化」や「戦争身体」という言葉に勝てるような表現はないのだ。
それは、舞台上のテクストの問題でもあり、役者の問題でもある。
まぁ、観客に全く感情移入させず、パフォーマーとの交感もなく
ただ淡々と人が動いているのを感じさせている点を指摘して、
世界化された現在で、他人(外国の人など)のことは実は全く感じることが
出来なくなっていることを表そうとした、
と、少しの皮肉を込めて言えるかもしれない。

妙に政治的なメッセージを込めようとして舞台表現をしようとしても
うまくいかないんじゃないかな。

それなら、もとよりテクストを排除して身体によって伝わる何かを

模索したらいいんじゃないかな。


あと、言葉についてだけど、田中泯は体を肉体と言い、

解体社の人たちは身体と言っている。

実はこの差は大きい。
身体は、西洋の人たちの言葉の翻訳だし。

キェシロフスキ

1973年にキェシロフスキが初の劇映画を作ろうと思って書いた脚本は

却下されてしまい、代わりに別の映画を撮りました。初めの脚本は

紛失してしまっていたのですが、今世紀に入ってドイツで発見され

彼のお気に入りの俳優、イェジィ・シュトゥールが映画化しました。


日本ではポーランド大使館と、EU映画祭の一環でスウェーデン大使館で、

日本語字幕つきで上映されました。「モラルの不安派」的作品です。


日本でも単館で上映したらある程度お客さんが入ると思うんだけどな。


以下は、英語での説明です。

http://www.milestonefilms.com/pdf/BigAnimalPK.pdf


映画と音楽

この二つの関係は、あんまり深くは論じられてこなかった。

この映画のここにはこの曲が、とかオタク的な情報を超えた批評があったらいいのにな。


武満徹、タルコフスキーを語る


http://www.imageforum.co.jp/tarkovsky/tkmt.html

アンゲロプロス

アンゲロプロスのインタビューのサイトをメモしておきます。


http://www.bowjapan.com/eleni/angelopoulos/masterclass/masterclass.pdf

しばらくぶり

まったく更新せぬまま、時間が経ってしまいました。

11月はタナカミンのお芝居を見に行ってきます。

来年二月には吉井和哉のライヴに行きます。

年末のイッセイ尾形も見に行きたいな。



気になる本

内田樹: 健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体 角川oneテーマ21 (A-41)

吉見俊哉: 万博幻想―戦後政治の呪縛 ちくま新書 (526)

yoshimi uchida


ポーランド・ジョーク?

ソクーロフ

ソクーロフの『太陽』は一体いつ公開されるのだろう、日本で。


新潮2005年10月号に沼野氏のソクーロフへのインタビューが載ってます。


   映画『太陽』と昭和天皇像をめぐって……A・ソクーロフ×沼野充義